わが自我観の変遷(5)実存思想 ブランショ

 人間の実存論的な在り方を考えてみると、不安であるとか孤独感、あるいは欠如の意識……

……そして世界・内・存在としてあるいは多層的人間関係の網の目に拘束されている不自由さなどは、「いくらかんがえてもどうしょうもない」ことではなく、<意識>を持つ人間存在が避けがたく当面する<無>の本質的現象なのだと。そして、それこそが想像力のみなもとのひとつである、ということになる。

 しかし、カフカにとって、文学は彼の実存の救いになったわけではない。(カフカの)文学そのものが彼の実存そのものであった。一言でいえば、書くことと生きることとは、カフカにおいて同じ一つの無限運動だったのだ。


 この無限運動の繰り返しのかなたに、カフカが超越的現実を絶望と希望とのうちにもとめたように、それを一つの空間として開示しようとしたのがブランショといえよう。カフカを知らずして、ほとんどカフカの小説に近い作品をうんだブランショは、カフカを知ることによって、カフカの体験を自己の文学的空間に構成することに意識的になった作家である。そのことがもっともよくあらわれているのは、ブランショの死についての観念である。


サルトル…実存にとって死は一つの予期されない偶然的な事実であり、死によって対自は永遠に即自へと変じる。死ぬとは、私の実存の永遠に回復することのできない絶望的な疎外である。
ハイデッガー…死は現存在の本来的可能性であり、人間は「死への存在」として規定し、「絶対へむかって開かれた明り窓」(サルトル)のごとくみなした。
カフカ「死の残酷さは、それが終末という現実的苦痛をもたらして、終末をもたらさない点にある」

 サルトルの哲学はあくまでも生の哲学であり、死に対する考え方は、実存論の範疇を超えてはいないといってよい。
 ハイデッガーの死生観は、超越的存在を前提としていることで、実存論の範疇を踏み外しているところがある。
 カフカにあっては「死が終末をもたらさない」ということで、実存が死との関係においてあると感じていた、と。
 これは実存論からの逸脱といえるのだが、想像力のみなもとという点では大きな意味のあることであろう。

 人間の実存が開始するためには、存在の欠如すなわち虚無が必要であるというのが、ブランショの根本的立場である。なぜなら、実存とは本質的に世界内の孤独であり、「わたくしが世界内に在る」という孤独は、わたくしが存在から身を引き離すことができるときにのみ在るという意味だからである。


「死の侵害に委ねられることを恐れず、死に耐え、死をいだき、死の中で、自己を維持する」
生が、ブランショの存在了解となる。要するに、死という絶対的矛盾に可能な限り接近するとき、人間精神にとっての最大の可能性があり、「死は人間の最大の希望」となるというのだ。
「死をいだき、死の中で、自己を維持する」とは、存在の不在の底にある現存のことであり、なにものも存在しないときになおかつ存在することである。すなわち存在が欠如しながら、存在はまだ深く隠されていることである。逆にいえば、ここにおいて実存の孤独に訪れるものとは、存在の不在つまり虚無が存在せしめる存在、深く隠されてあるかぎりでの存在である。さらにいえば、実存の最大の可能性のなかに、深く隠されてあるかぎりの存在が出現しようとしているのだ。
「すべてが消え去った」中に、「すべてが消え去った」が出現する。すなわち、すべてが欠如するとき、この欠如は存在が欠如しているその場所になおかつ存在するという存在、深く隠されてあるかぎりにおいて存在するという存在の本質を出現せしめる。この「非人称的な」空間を、ブランショは「死の空間」と名づける。


 この「死の空間」とは、作品という「文学空間」であり、それは対象の不在、対象の空虚を基盤とした空間である。しかもブランショにとってこの空間は、実存がその根源的な自己を保持する現存的空間なのである。つまり、ブランショの実存は、実在の世界と決定的に断絶された空間において、目に見えない到達不可能な極点にむかっての絶えざる接近、撤退という無限の彷徨の反復をおこなうのだ。

 ブランショについては、とりあえずここまでにしておきたい。ヨーロッパのニヒリズムに対するアンチテーゼとしてスタートした実存哲学は個別的な存在の実存を追求したが、次第に実存の範疇を逸脱して論じられることとなる。その反動として、構造主義的思想が台頭してゆくのだが、様々な自我観を通過していくことは言語の表現者として必須の過程ではないだろうか。

          「わが自我観の変遷(6)実存思想 ロブ・グリエ」に続く