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2013年6月18日

古典力学

1969年秋田村隆一の「虹色の渚から」に衝撃を受け、長谷川龍生や岩田宏、吉増剛造、鈴木志郎康、渡辺武信らの詩を読んでいた70年代前半にまとめた詩集『古典力学』から抜粋して掲載します。

この詩群は私の学生時代、1970年代前半に書いたものですが、ここでいう「古典力学」とは、直接的な意味では「エネルギー不滅の法則」を指しています。けれども、結果として表象されているのは少し異なるものだ。

 69年と70年という二つの大情況の時期に、ロシア文学科の学生として、仲間たちとのつながりから否応なしの状態で自己企投した「情況へのアンガージュ」を総括するものとして、記述されたものです。

     「 場の遷移への序章

     「アンモライト幻想

     「夕日のガンマンそーらん節

     「広場を横切る三人の影

     「背中合わせのカリアティード


 アンガージュというのはサルトルが独自の意味を付与した言葉で、「知識人は机上の論理を述べているだけではなく、現実の問題に自ら取り組み、社会運動などに参加すること」くらいの意味あいですね。

 この政治の季節に背を向けて通過した荒川洋治は批判的な言辞を述べているけれども、この仲間たちは本当はアドレッセンスを謳歌していたのだといってよい。
 タヴァーリッシ(同志)という「暗黙の認受」のもと、毎日が今日の合コンのような状態だったのだから。

 この自由で開放感につつまれたアドレッセンスは突然のように終わりを迎えたのだけれど、私は政治思想的な自由を求めて一匹狼として群れを離れていった。何よりも私は、情況を納得のいくまで理解したかったからに他ならない。

 そして気づいたのは、岡目八目でなければ客観的な認識は難しいという伝承的な知恵であった。つまり、
 ・情況のただ中(運動エネルギーMax/位置エネルギーMin)にあっては、客観は成立しない。
 ・岡目八目(位置エネルギーMax/運動エネルギーMin)にあれば、見者たり得る、と。

 終始一貫した傍観者ではなく、かといって非転向を貫くでもなく、あえて転向者となるために必敗者の道を選択していったといってよい。この認識はエネルギー保存の法則と軌を一にしていることから、古典力学という総タイトルが生まれたのだけれど、詩のスタイルから言ってもやはり古典的な範疇に入るのだろうと考えられた。

 なぜならば当時の詩の方向性が、荒地派からスタートした私の感性にそぐわないものを感じていたから。ひとことで言えば、まだ言葉の意味性を味わい尽くしていない、捨てるには未練がある、ということだろう。

 書棚には読み終えたフッサールの著作のいくつかと、積ん読状態のメルロ=ポンティの著作群があった。

 『古典力学』の詩は、古典的な詩の枠組みの中では決して完成はしない、つねに未完の草稿として止まらざるを得ない。なぜならば、その認識論は実にメルロ=ポンティの現象学的言語論を待たねばならなかったからだ、と言わねばならないだろう。この問題については、ホームページの方で取り扱います。

参考図版

 ・ アンモナイト&アンモライト...化石化して虹色の宝石となったアンモナイト

 ・ La Caryatid...女性の柱。モディリアニのカリアティードを紹介します。

  アトランタ......男性の柱。写真左がアトラント/右がカリアティードですね。
  男女の柱が背中合わせになったように見える非具象画(伊藤雄人・画)を紹介。
   この絵はわたしが勝手に想像的解釈をして、詩集の表紙絵に利用したもの。

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このページは、小林由典が2013年6月18日 18:37に書いた記事です。

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