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2013年4月12日

幽明の糸紡ぎ

 以前に未定稿として掲載していたものに手を加え、再度アップロードしておきます。「言葉の振る舞い」の中で参照しているのに、リンク先がない状態を放置しておけませんので......。

 これは縦糸系、つまりスッタのひとつですね。

 いわば、詩の詞書きの部分だけを連ねたもので、これに新たな横糸が織り込まれていくことになる。

               『 幽明の糸紡ぎ

 ナナフシの意匠

 ナナフシというのは下の写真の昆虫です。夏になると、庭のつげの木などで見かけます。カマキリと違って、おとなしい虫ですね。

   言葉は、
   一匹の 虫さへ なぞる こと が でき ない

 上の記述を、7つに分節したのでは言語学的には厳密でないのですが、この文では「7節」(ななせつ)に分けることに意味がある。
 つまり七節に分けたことから、次のナナフシという昆虫を像として呼び出す構成上の布石です。

 ナナフシは漢字にすると七節と書きますが、腹が七段腹になっています。
 「節」の読みが、<セツ>から<ふし>にかわる、ということですね。

ナナフシ

 羽のないカマキリという感じでしょう。(羽を持つ種類もいますけど)

 <ナナフシ>は言語学的に「分節」すると、この生き物ではなく、類的な概念の虫になってしまう。
 ところが、生物学でも「分節」という言葉が使われて、頭部とか前脚とか、節々に名前をつけることを意味するそうです。

 この場合でも、部分を集めたからといって、生きたナナフシにはならないということです。
 ハサミで胴をチョキ・チョキ・チョキとやってみれば、バラバラ死体ということになる。

 結局、どのように分節しても、ナナフシという類的概念だけが成立するだけだね。歩かない、息をしない、命の霊妙さに感動することもない虫、......。

 いま、ここで、このナナフシが生きている、ということが大事なことなのだから、分節してはならん。つまり、名付けてはならない、ということになる。安易なラベリングで言葉を考えては詩にならず、言葉の死を招くのだよ、と。

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このページは、小林由典が2013年4月12日 22:42に書いた記事です。

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