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2011年2月 7日

森羅の散策:幻化、野の道、五柱の元に

 2011年2月にまとめた詩を三部作としてアップしました。
 現在、未来、過去という感じかな。

     「 「森羅の散策」

  も く じ

  『 幻化 』(げんけ) 
 モルトくさい息を吐いているのは田村隆一翁ではないかな。
 感覚に頼ってばかりでは、勘違いをする恐れがある。そういう詩も書いているのだけれど、
 かといって、仏教者らしく「五蘊皆空」などと言ってしまえば、ポエジーは霧散するだろう。

 〈春の花にあくがれいずる〉のは西行だね。
 〈吹くだに悲しき秋風〉は和泉式部であり、
 〈なにやらゆかしすみれ草〉はご存じ芭蕉翁
 〈言葉なんて知るんじゃなかった〉は田村隆一です。念のため。

  『 野の道
 人は寝ている間に、日常体験を整理して記憶していくらしい。
 この場合、顕在意識のような論理的区分はできなくて、良い悪いの感情的な区分が働くようだ。
 複雑な感情を伴う特異な経験は、整理作用を司る海馬も迷うのだろう。
 不条理劇のような夢を提示してくるように思う。
 論理的には「戻ろうとしないことだ」とケリをつけているのだけれど、夢の中では「今、この場所」に戻ろうとするのだね。世界内存在ですから。

  『 五柱の元に 』(いつはしら)
 「柱」とは神様のことだね。以前住んでいた町には文字通り「五柱神社」というのがありました。
 元々はインドの寺院にこの形態があるかと思える。
 私がシタールの修行をしていたバラナシのグルの家は、本家・五柱寺院に隣接していた。
 この寺院は予知夢の中に出てきたもので、その一室で私はシタールを弾いている。
 ...わが行く末を暗示しているのか、と考えていました。

 その後友人のゴパールが紹介してくれたグルの家に移り住み、夏、暑くなって屋上で寝るようになった翌朝、朝日に染まるこの寺院を見た時、たいへん驚きました。
 夢で見た寺院だ!と、運命を感じましたね。いろいろと......。

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この記事について

このページは、小林由典が2011年2月 7日 22:14に書いた記事です。

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