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    <title>言葉の綾織り・詩と批評</title>
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    <updated>2012-05-17T14:03:58Z</updated>
    <subtitle><![CDATA[&nbsp;小林由典・詩的世界]]></subtitle>
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    <title>庭木を切り倒してシュペルヴィエルを思う</title>
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    <published>2012-05-17T13:58:27Z</published>
    <updated>2012-05-17T14:03:58Z</updated>

    <summary>　樹木を伐採するのいつも気分がよくない。大きな樹であればなおさら、その命を奪うという感覚が強くなってくる。先日、懸案事項であった古い棗（なつめ）の木を切り倒した。　そして、昨日吉増剛造の『燃え上がる映...</summary>
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        <name>小林由典</name>
        
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    <category term="シュペルヴィエル" label="シュペルヴィエル" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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        <![CDATA[　樹木を伐採するのいつも気分がよくない。大きな樹であればなおさら、その命を奪うという感覚が強くなってくる。先日、懸案事項であった古い棗（なつめ）の木を切り倒した。<br />　そして、昨日吉増剛造の『燃え上がる映画小屋』を読み始めて、引用されているシュペルヴィエルを再読した。<br /> ]]>
        <![CDATA[　なんか、三題噺みたいな書き出しとなってしまった。<br />　検索エンジンが表示する該当ブログ記事の要約は、投稿者が自分で書かない場合、自動的に冒頭の部分が指定文字数だけピックアップされるブログシステムの仕組みになっています。それを考慮して、必要な情報を折り込むための書き方なのだ。<br /><br />　シュペルヴィエル （<span class="st">1884年 - 1960年）</span> は南米の人という印象でしたが、両親がフランス人で幼少期を南米のウルグァイで過ごし、その後フランスで詩人としての地位を固めます。二つの国を行き来する生涯を送ったようですね。<br /><br />　まず最初に、吉増が取り上げた詩を紹介しておきます。<br /><br /><img alt="shupervielle01.gif" src="http://mediaxross.net/blog/gazou01/shupervielle01.gif" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" height="230" width="546" /><br /><div>　1連の二つの詩を並記しておきます。<br /><br />　最初の「森の奥」を吉増は引用して、次のように述べている。<br /><br />&nbsp;「<span style="color: rgb(0, 128, 0);">堀口大学先生を経由して読んで、知らされて、そういう思い、あるいは､西行さんの眼や、島尾敏雄さんの眼を持って行って、そういうところを歩いていると思っていましたら、実はそれよりも、もっと<br />ふかーい、木の下の､まあるいまあるい宇宙のなかを歩いてるんだということが判ってきた</span>」<br /><br /><br />　吉増剛造はシュペルヴィエルの宇宙観に触れたように感じたと言うわけだけれど、それは実際に彼がブラジルを旅行していて、（堀口大学はブラジルでシュペルヴィエルを知り、それを翻訳した）、皮膚感覚で宇宙的なものを感じたということなのだろう。<br /><br />　少なくとも、上の詩を読む限り描かれているのは汎神論的な樹木の生命に対する畏敬の念なのだと思う。<br /><br />　「森の奥」ではそれが、巨樹の精霊的な「わななき」として描かれ、<br />　「眠る湖」では一本の杉の木の「わななき」を、湖水が受信して「すくみあがる」のだと。<br /><br />　フランスのパリで生まれ育ったならば、シュペルヴィエルはこのような汎神論的な生命感を持ちえなかっただろう。南米の大自然を経験することで、そのような感覚を養ったわけだね。<br /><br /><br />　これは、大きな木を切り倒したことのある者ならば、感じることなのかと思うな。<br />　たとえば、数千年を生きた屋久杉を切っていた樵夫たちは、倒木跡あるいは切り株跡から子の代になる芽が出て（倒木更新、切り株更新）やはり数千年を経て聳え立つ杉を見て「二代杉」とか「三代杉」と呼び習わした。<br /><br />　そのような認識を受け継いで、屋久杉を切るときは必ず跡継ぎの小枝を用意して、切る前そして伐採後に「この枝に立てよ！」と樹木の精霊に呼びかけ、宿り場所を移っていただくという儀式をしたのだ。<br /><br />　私も、昔大きな木を切ったときに同じようにお祈りをして、酒を注ぎ、引導を渡してから切ったことを多い出す。<br />　今回は庭木の棗であり、半ば枯れかかっていて、寄りかかるとぐらぐら揺れて今にも倒れそうだったので、地震が頻発する折、危険なので撤去することを決断した。<br /><br />　実生の樹木であり、落ちた実から芽吹いて二代目があちこち生えていることから、儀式は行わず心の中で引導を渡して、鋸を入れた。<br />　生木というのは、すんなりとは切れずに切った断面が樹液でふやけて鋸を噛みつくようにはさんで来るものだ。それが、何かしら抵抗しているような感触を持って迫ってくるのだね。<br /><br /><br />　シュペルヴィエルは深い森にできが倒木後の空間を見て、<br /><br />　<span style="color: rgb(0, 180, 0);">垂直な空虚が／わなないて立つ</span><br /><br />　...と表現した。<br />　こういう感性こそ、一流の詩人だなと思うな。<br /><br />　屋久島の山尾三省さんの詩に『聖老人』というというのがあるけれど、三省さんは老人の精霊を縄文杉に見たのだね。<br /><br /><br />　私は三省さんたちがすんでいる一湊白川の沢水を持ち帰り、友人に波動分析をしてもらったところ、思いがけず「うらみ」の波動に近いものが検出されるという解析結果をもらったことがある。<br />　世の中には、波動などエセ科学だと糾弾する人もいるので、手放しで信じることはしないけれど、想像力としては何ものにもとらわれない姿勢を堅持していくつもりだ。<br />　この「うらみ」に近い波動とは、「おののき」に似ているな、と...。<br /><br />　伊藤雄人画伯とのジュガルバンディーとして以前に掲載していたエチュードに、上にあげた二つの詩を包括するようなものを書いたことがある。<br /><br />　「ダム湖に沈んだ樹霊たちの木霊（こだま）」というタイトルで、シュペルヴィエルふうに言えば、<br />　「切り倒された樹木の精霊のおののきは、波動となってダム湖に留まり、その湖を水源とする水道を経由して、私が飲むグラスの水の中で響いているのだ」<br /><br />　...ということになる。<br /><br />　だが、いかんせん私のエチュードは説明文に堕しており、詩として成立していないので削除したわけですね。<br /><br /><br />　梅の木が切り倒された光景から、切り株をテーブルや椅子のようなオブジェとして捉え、<br />　無生物である風を擬人化してそちらの方に感情移入した詩を書く、というのでは、<br />　田村隆一でなくとも「生に触れるべき手を持たない」、本末転倒ということになるのではないかな。<br />　<br />　生の一端にこのように触れることが出来れば、堀口大学のようにただ単にぽっかり空いた空間ではなくあえて空虚と訳し、帰っていくべき巣を失った小鳥の喪失感、そして更には詩人自身が抱いている故郷を離れて暮らす空虚感、そしてそれはふるさとを離れて暮らしている都会人の疎外感などに通底していくだろう。<br /><br />あるいは、吉増剛造のように「果てしない宇宙的空虚」みたいな方に想像力を拡大することが可能になっていく。<br /><br />　自己完結的に閉じてしまう表現ではないものが開けてくるわけだね。<br />　この違いは決定的に大きなものだと、私は思う。<br /><br /><br /></div>]]>
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    <title>鈴木志郎康「極私的現代詩入門」(5) </title>
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    <published>2012-05-14T14:47:04Z</published>
    <updated>2012-05-14T14:52:10Z</updated>

    <summary>　詩人が言葉を書くトポスは内面世界と外面世界との接触する臨界であり、今流行りの言葉でいえば現代詩的言語の「絶対領域」なのだね。思想的にいえば個的観念世界と共同規範世界の逆立構造あるいは「ねじれ」の場で...</summary>
    <author>
        <name>小林由典</name>
        
    </author>
    
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    <category term="言葉の技術" label="言葉の技術" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://mediaxross.net/blog/">
        <![CDATA[　詩人が言葉を書くトポスは内面世界と外面世界との接触する臨界であり、今流行りの言葉でいえば現代詩的言語の「<span style="color: rgb(255, 33, 102);">絶対領域</span>」なのだね。思想的にいえば個的観念世界と共同規範世界の逆立構造あるいは「ねじれ」の場であり、何度も引用するけれど、吉本隆明が「魂を千里移行する」と表現した乖離の構造的風景だ。<br /> ]]>
        <![CDATA[　鈴木志郎康はそれを乖離の構造だと受容するのではなく、「詩が実在であり、現実の生活は虚構である」と認識論的に把握しつづけたのだと。<br /><br />　<span style="color: rgb(0, 128, 0);">私は勤め先では単に労働力を売る人間として死んだものであり、家に帰って詩を書くという時点で初めて生き返るものということになったのである。<br />　この時点で、私の書く詩の言葉は、それ以外のいわば死んだ私自身の身体に向けての、敵対と攻撃以外ではなかったのであった。<br />　だが、この転倒した考え方を持たなければ、私は自分の生命を伸ばし得なかったと、自分を弁護しないではいられない。</span><br /><br />　この辺の自己執着はきわめて倫理的であるというか、あるいはナルシスティックであるというか、確かにある意味で極私的なのだ。<br /><br />　詩であれ小説であれ、文学というのは、大なり小なり共同規範社会に対する反抗あるいは否定という「毒」を持っているものだ。<br />　正確な記憶ではないが、金子光晴が「（社会に対して）腹が立ったときしか詩を書かないのだ」と語っていたけれど、要するに社会に向けて怒りを表明するというのが普通なのかと思う。<br /><br />　けれども鈴木志郎康は自己否定という形で、日常性を生きている自分を否定する、というわけだ。<br />　これは全共闘的思考の名残あるいは後付けの姿勢という要素も考慮しなければいけないだろう。<br /><br /><br /><br />　だが、やがて鈴木志郎康にも往相から還相へ、振り子が振れるように成熟が訪れる。<br />　<br />　<span style="color: rgb(0, 128, 0);">もしも、私が自分の個体性（＝詩の世界）を社会に対置させるという言葉を肉体化すれば、世捨て人となる他ないだろう。<br />　しかし、私はとても家族を捨て、親兄弟を捨て、友人を捨てて、さらには社会的な活動からすっかり身を引いてしまうということもできない。<br />　現在では、生身の私の方が詩に勝っているから、詩が私に要求する運動に身を任せることをしないのである。</span><br /><br />　鈴木志郎康のこの変化は思いがけないところから始まる。<br />　職業としているカメラマンとしては、自分が表現したい映像を追求するということはＮＨＫでは殆ど出来ず、我を通すこともせず、一種の諦めと無能の中に生きてきた日々。<br />　ところがある時、16ミリシネカメラを手に入れ、自分自身の映像意図を実現する映像を私的に生み出すことが可能であることに気付いたのだ。<br /><br /><br />　<span style="color: rgb(0, 128, 0);">私が自分のものとは全く考えられなかった16ミリ映画が、自分の表現を実現するものとして可能になった途端に、自分が身につけていながら自分自身のために役に立たなかった技術が自分にとって生々としたものになってきたということなのであった。<br />　それは私が独自に映画を作る作らないに関係なく、その撮影の<b>技術を生かす対象</b>であるところの<b>現実の様相までもが私の目に新たな意味を持ち始めた</b>のであった。<br /><br />　全くこのことが、今私が書いている詩についても言えるのではないかと思ったのである。<br />　現実そのものの意味をどのように自分のものとして捉えるかどうかは、実は言葉の技術によるのではないかと考えたのである。<br /><br />　勿論この場合技術といっているのは、単なる技巧のことをいっているのではない。そして、それは芸というものでもなく、現実への認識を触発し、現実の中に身体をすべり込ませる一種の科学とでもいうべきことなのだ。　　　　　　　　　「詩は一つの技術というものではないかと思い至る」<br /><br />　<br /></span>　だいぶ省略して引用したので、なにやらあっけない転向のように受けとられかねないのですが、この人らしいああでもないこうでもないと悩み考えた末の、この時期における一つの結論だね。<br /><br />　鈴木志郎康はこの後も変遷をしてゆくのだけれど、方法論的な意識を持っている詩人はどんどん変化していくのは当然だろう。<br /><br />　<br />　その一方で、あくまでもオーソドックスな詩作を堅持する大岡信のような詩人もいる。<br />「<span style="color: rgb(0, 128, 0);">言語というものはやっぱり常にものすごく太く洋々として流れている大河のようなものだと思う。<br />　<b>現在（1990年代）の状態は、なんか言語への触り方が一面的でおかしい</b>んだと思う</span>」<br /><br />　と、大岡は言う。<br />　ここには、二人の個性だけではない時代的な変化という背景があるだろう。<br />　この『極私的現代詩入門』は1970年代半ばのものであり、大岡の発言はそれから20年後のものなのだから。<br /><br />　けれども、私をめぐって、両極に振れた鈴木志郎康の経験は、充分に参考になるのではないだろうか。<br />]]>
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    <title>鈴木志郎康「極私的現代詩入門」(4) 作者と話者</title>
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    <published>2012-05-11T14:18:09Z</published>
    <updated>2012-05-14T14:53:19Z</updated>

    <summary>　「純粋処女プアプア」ではなく、「売春処女プアプア」であった。　思い描いていたイメージも全然違っていたのには、自分自身で驚いている。　なぜこんな読み違いをしていたのだろうか？ ...</summary>
    <author>
        <name>小林由典</name>
        
    </author>
    
        <category term="001_info／note" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="私詩" label="私詩" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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        <![CDATA[　「純粋処女プアプア」ではなく、「売春処女プアプア」であった。<br />　思い描いていたイメージも全然違っていたのには、自分自身で驚いている。<br />　なぜこんな読み違いをしていたのだろうか？<br /> ]]>
        <![CDATA[　どうもこれは、基本的には記憶が曖昧になったということがあり、私の連想的直感にその曖昧な記憶が呼び出されて、別のものをつくり出してしまった、ということなのだろう。<br /><br />　学生時代にプアプア詩を読んだ時には「何だかよくわからないが、氾濫する非秩序的言葉が、小気味よいリズムで連打されて、面白いな」という印象だった。<br />　「プアプア」という言葉が示すものが何かは不明のまま、楽しく読んだのだ。<br /><br /><a href="http://mediaxross.net/blog/assets_c/2012/05/puapua02-336.html" onclick="window.open('http://mediaxross.net/blog/assets_c/2012/05/puapua02-336.html','popup','width=400,height=446,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://mediaxross.net/blog/assets_c/2012/05/puapua02-thumb-300x334-336.gif" alt="puapua02.gif" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" height="334" width="300" /></a>　その後、私は結婚し子供も生まれて、妻が赤ん坊に躾をする育児風景を見て、連想したのだね。<br />　「ああ、純粋処女プアプアが家庭訓的あいうえおを行っているわい」と。<br /><br />　元の詩を正確に読んでいれば、この場面では、<br />　「<b>売春処女プアプアが、純粋処女プアプアに家庭的アイウエオを行う</b>」と連想するはずだ。<br />　売春処女プアプアは→貞淑な人妻プアプア、と反対語表現として成立するのだが、<br />　夫婦間に発生した非日常的言語存在である赤ん坊は反対語の対象とは未だなり得ず、<br />　「純粋処女プアプア」（のまま）でよいのだ、と。<br /><br />　母子の光景を目撃していたのに、いつの間にか母親の存在が希薄となり、<br />　私の眼差しは直接に娘の方にショートカットしていた、というわけだ。<br /><br />　とすれば「純粋処女プアプアが家庭<span style="color: rgb(255, 0, 0);">訓</span>的あいうえおを行う」という無意識的な間違いは、じつは<br />　私の深層意識を表す立派なパロディになっているのだ、と極私的に理解したのであった。<br /><br /><br />　さて、話を元に戻そう。<br />　「極私的自己批判の手掛かり」という題の通り、この文章は自己批判的に書かれている。<br />　自己否定や自己批判という言葉は60年から70年の政治の季節のキーワードといってよい。<br /><br />　<span style="color: rgb(0, 128, 0);">一人の表現者として成立した私であるが、自分自身について重大な誤認を犯していた。<br />　敢えていい切ってしまえば、<b>「プアプア詩」は作者を必要としない</b>。<br />　しかしその他の詩は表現者の表現に過ぎないものとなっているのに、私自身は、<br />　その表現が作品として、現実に対峙しているように思い込んでいたのだ。<br /><br />　それらの言葉は<b>作者である表現者を介してのみ理解される言葉</b>なのだ。<br />　このことは、<b>近代以降の個人主義</b>にあっては避けがたいことなのかもしれないが、<br />　それは孤独な魂を育むのにはよいかもしれないが、<br />　文学的営為をますます矮小化することになってしまうであろう。それは良くないと思うのだ。<br /><br />　だからといって、文学的営為がひとっ飛びに個人を越えたものになってしまうのもよくない。<br />　私の文学的営為の出発は、個人の同一性と偶然性を救出するものとして、<br />　意識内のことをより一層本質的なものとしたところにあったのだった。<br /><div><br /></div><div><br />　だがそれが表現として成立すると、<br />　その表現者と表現がそのままそっくり全体の中にすくい取られていて、<br />　文学的営為は私個人のものとして矮小なものとなり、全体は安定を保っているのである。<br /><br />　全体の安泰の中で、私自身が一般化していくことは、それは一種の犯罪であると思う。</div></span><div>　<br />　この最後の問題は、以前に取り上げたボードリヤールのいう「まがいもの世界や世界にかかわっているというイマージュ」と基本的に同じ感触だ。<br /><br />　現代社会の日常性は、そういうものをいともたやすく神話化して、神話作用の中に初発にもっていた意義を閉じ込めていく。そういうものにぶつかっていたのだろう。<br /><br /><br />　もう一つ、より基本的な問題として、「極私的」にこだわる鈴木志郎康の世界観と詩的表現の乖離について、同一性を求めること自体が非生産的な執着（しゅうじゃく）ではないのか、と思えるのだ。<br /><br />　この言い方は、東洋的な無私の思想を背景として述べたものだ。<br /><br />　西洋思想的にいえば、意識から始まる認識論の限界に突き当たっている、と。<br />　いってみれば、我が国の70年代的認識の世界なのだね。<br /><br />　鈴木志郎康の到達したコノテーション優位の言語表現は、構造主義以降の現代思想を前提としてスタートしている現在的現代詩作家たちによって、新たな言語表現として成立しているのだ。<br />　ここでは、<span style="color: rgb(255, 33, 102);"><b>無意味として提出した内容が、意識内に存在する意味体系のありかを示しているものと</b></span>して表出される言葉の方がメインとして扱われる。<br />　いみじくも吉本隆明が評したように、<br />　言葉を意味として扱う言語表現は、ここでは<b>（表現者として）何もしていないに等しい</b>のだ、と。<br /><br /><br />　ただし、この間には80年代から90年代の変遷があるので、一気に飛び越すわけにはいかない。<br /><br />　先に取り上げた1998年秋の『midnight press』から、関連記事を寄せ集めてみた。<br /><br />　辻征夫<br />　現代詩はかつて自由詩といっていたのに、そのへん不自由になっちゃっている。 <br />　あくまでも僕、僕、僕というね...。俳句では他者になりかわる度合いが非常に簡単なのに。<br /><br />　大岡信<br />　主語が現代詩は重すぎるんですね。僕はなるべく使わないように努力してますけどね。<br /><br />　吉増剛造<br />　『現代詩手帖』98年6月号の書評で守中高明さんが、<br />　「詩において一つの『作品』を生み出すことが、他のいかなる次元における人間の営み＝労働においても見いだされないような圧倒的に『無理な姿勢』（吉岡実）をその主体に強いるということ―」<br />　...と書いていて、これはとても納得の行く言い方で、なんかあたらしい思考の角度いうか光を眼にしたように読んでいました。<br /><br />　辻征夫<br />　詩に惹かれていったときは何かを読んで、言葉の魅力にとらわれて、それで詩というのはこうなんだと思ってなんとかやってきた...<br /><br />　大岡信<br />　言葉自体のおもしろさはもちろんあるわけだけど、（戦後詩だとか荒地だとか）それ以前に扱っている主題が全然違うでしょ。その主題がうんと強調されているから、どうしてもついていけなくなっちゃうのね。言葉を越えてその向こう側（作者）までいかなきゃならないというので、あの人わからないと思っちゃうんだよ。(中略）<br /><br /><img alt="oooka01.gif" src="http://mediaxross.net/blog/gazou01/oooka01.gif" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" height="265" width="550" />　話がかみ合ってない感じもあるけど、<br />(1) 意識による認識論であるデカルト的コギトの旧世代においては、「私」意識が少なからず問題となる。<br /><br />(2) 現代思想以降では、いわゆる自然体で書くという前提にある「私」が限りなく相対化されており、圧倒的に「無理な姿勢」を作者がとる、という無理筋を追求せざるを得ないところがある。<br /><br />　ということになるだろう。先に述べた自然的感性と現代的感性の違いも、ここに含まれている。<br />　「<span style="color: rgb(0, 128, 0);"><b>近代以降の個人主義</b></span>」と鈴木志郎康がいっている認識論は、70年代にミシェル・フーコーらの構造主義によって徹底的に否定され、ジャック・デリダらによって脱構築されて、社会的視点あるいは相対的視点へと変容していったプロセスがある。<br /><br />　荒川洋治は「<span style="color: rgb(0, 128, 0);">方法として突出させるためには、ある程度、自分の体質とか能力に目をつむってでも行かなくちゃならない。</span>」ということを語っていましたが、自分らしさとか自分の感性だけにこだわっては単眼思考であり、現代的な感性の根拠とはなりえないのだ。<br /><br />　　　　　　　　　　　「<a href="http://mediaxross.net/blog/2012/05/siroyasu05.html">極私的現代詩入門」(5)</a> に続く<br />　<br /></div>
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    <title>鈴木志郎康「極私的現代詩入門」(3) 言語感覚</title>
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    <published>2012-05-10T14:11:54Z</published>
    <updated>2012-05-11T14:14:55Z</updated>

    <summary>　言語感覚といっても範囲が広いので、過不足なく定義することはなかなか容易ではない。　ここは極私的に話を進めよう。　たとえば、私がひとの詩を読んで違和感を感じ、指摘する場合、それは正誤の問題というよりも...</summary>
    <author>
        <name>小林由典</name>
        
    </author>
    
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://mediaxross.net/blog/">
        <![CDATA[　言語感覚といっても範囲が広いので、過不足なく定義することはなかなか容易ではない。<br />　ここは極私的に話を進めよう。<br />　たとえば、私がひとの詩を読んで違和感を感じ、指摘する場合、それは正誤の問題というよりもその人の言語感覚の問題と考えている場合の方が多い。これは、その人の言葉のキャリアに係わってくるので、指摘してもどうにもならないという感慨を感じてしまうのだね。<br /><br /><br /> ]]>
        <![CDATA[　鈴木康之少年はものを書く人にみられる心的な内面性重視の生活を意志的に続けることで、プロフェッショナルな詩人となっていったようだ。<br />　吉本隆明の言葉でいう個幻想と共同幻想の相剋を、共同規範社会からの疎外と受けとめ、それを言葉によって全体に向かって表明するのだ、と考える。<br /><br />　1964年に『凶区』を創刊した頃の鈴木志郎康の創作意識は次のようなものだった。<br /><br />　<span style="color: rgb(0, 128, 0);">生への欲望が私の頭の中に生み出す純粋な空想と私自身の現実の生活との間に争いを起こさせる、そのような言葉を現実に投げつけるというようなことをしていた。<br />　はじめは自分の頭の中に浮かんだイメージを、それに対して何ら批判的な態度をとることもなく、言葉にして書き記したものであった。昼間の他人との関係のなかでの生活に対して、いわば夜の孤独な意識だけの時間と空間の確保ということであったのだ。<br /><br />　しかしじきに、私はそういうイメージだけを言葉にするだけでは満足しなくなった。恐らく、それでは<b>その言葉によって開拓される空間が私自身の偶然性と同一性を持ちえない</b>ということに気付いたからなのであろう。</span>　（「極私的自己批判の手掛り」より）<br /><br /><br /><span style="color: rgb(0, 128, 0);"><br /></span>　「<span style="color: rgb(0, 128, 0);">その言葉によって開拓される空間が私自身の偶然性と同一性を持ちえないと、気付いた</span>」<br /><br />　ここで言う「偶然性」とは、本人が引用した『凶区』（創刊号。1964,4）の中にある、次のようなことを意味しているのだろう。<br />　<span style="color: rgb(0, 128, 0);">「私は、心の奥底か胸の内の真実か又は私の肉体の何処かわからないところから出てくる言葉を叫ぶか記述するかしたいのだ。それは何万年も何千年も語り伝えられずに伝わり伝わって私の中に充満したようにも思えるのだ。」</span><br /><br />　（極私的といいながらも、アノニマスな言葉をイメージしている点は、じつにオーソドックスな詩人観を持っている）<br />　鈴木志郎康の言語感覚を感じるのは、内部と外部の対立を感じて、それをそのまま言葉にしても、自分の表現すべき世界とは一致しない、ということを冷静に見て取れる、という点だね。<br />　何かが違うなと感じ、それを執拗に追求していく姿勢が非凡なところだ。<br /><br />　いくらでも詩が書けるというアマチュアは、自分の表現を「こんなモンだろう」と、曖昧にケリをつけるか、あるいは「何かが違う」と感じ取る能力が鈍いか欠落しているのだろうね。<br />　意識しないで使う変な言葉使いとか、自分の使う言葉が意図しない意味を孕むことに思いが至らないとか、時代錯誤的な言葉を使うとか、使い古された言葉を知ってか知らずか平気で使うとか...<br />　言語感覚と言うほかないのだけど...。<br /><br /><br />　極私的自己批判はさらに続く。<br /><br /><span style="color: rgb(0, 128, 0);">　そして、その次の段階へ進んだ私の詩は、<br />　私の頭の中に生じた空想的イメージと現実の生活とが争うその場面を言葉にしたものとなった。</span><br /><br /><br /><img alt="siroyasu01.gif" src="http://mediaxross.net/blog/gazou01/siroyasu01.gif" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" height="360" width="358" /><br /><br />　「<span style="color: rgb(0, 180, 0);">壁土になる以外にない</span>」<br />　学生時代にシュルレアリスムに親しんでいた鈴木志郎康にとっては荒唐無稽な表現ではなく、強い現実否定の表現として悲現実的なイメージ（＝内的イメージ）が提示されているものだ。<br /><br />　次の詩 『月』 は「言葉使いが変」と思う人はいないだろう。<br />　明らかに、意図的な表現であり、無意識に書かれたものでないことは誰にでも了解できる。<br /><br />　作者自身の説明を聞いてみよう。<br /><br />　<span style="color: rgb(0, 128, 0);">意識内のことを、（現実）より本質的なものとみるところから生まれる別の意味体系は、文法にも侵入していくのだ。<br />　「私」は作者自身の現実的な存在を示し、<br />　「人妻が」は作者のイメージのありかであり、<br />　「手淫して」は孤独な生のあり方の暗示として置かれ、<br />　「いた」はこれらの意味が作者の意識内に現象したことを示しているのだ。</span><br /><br />　別の意味体系というのは、広い意味でのコノテーションということになる。<br />　<br />　この詩は確かに昔、強いインパクトを受けた記憶がある。<br />　私は三行目にある「女性重労働者」という言葉に着目して、<br />　同じ『凶区』の同人であった天沢退二郎の<b>反対表現</b>の、更に<b>パロディ</b>ではないかと考えた。<br /><br />　簡単に言ってしまえばホワイトカラーの男性、つまりサラリーマンを揶揄的に表現しているなと。<br />　それは、とりもなおさずNHK職員であった作者自身の姿であり、<br />　マスターベーション的抒情を否定して私詩を書く試みあるいは言葉の実験である、<br />　...と宣言しているように受け止めたのだね。<br />　<br /><div><br />　再び、作者の解説を紹介しておきたい。（）内の言葉は、私、小林が補足したもの。<br /><br />　（前時代的な言語感覚の持ち主が）<span style="color: rgb(0, 128, 0);">このセンテンスを読めば、<br />(1) 「私は手淫していた」と<br />(2) 「人妻が手淫していた」と、<br />　...二様の意味の合体ととるか、<br /><br />　または、「象は鼻が長い」式のセンテンスと同じものとして、「私は、人妻が手淫をしているようなものであった」という意味にとるだろう。<br /><br />　それは読者にとって、言葉というものの意味を捉えるには、<b>何かしら現実の事象を手がかりとする以外にはないから</b>なのだ。</span><br /><br />　<span style="color: rgb(255, 33, 102);">だが、ここでは作者にとっての現実の事象は、このセンテンスが現実においては無意味を意味するということ以外ではなく、その<b>無意味として提出した内容が、意識内に存在する意味体系のありかを示しているものとなっている</b></span><span style="color: rgb(0, 128, 0);">に過ぎないのである。<br /><br />　それは、作者の無内容な表現というものなのである。これはまさに、私の、言葉に対する拝物的迷信の結果以外ではないのだ。</span><br /><br /><br />　赤い文字の部分は、現在的な現代詩人、たとえば稲川方人などの言語表現に近い感覚で、鈴木志郎康の先駆的な業績として評価してよいだろう。<br />　詩として充分な結実を見せてはいないけれど、方法論的には午後とは行かないまでも、正午くらいに到達していたのだな、と考えられるね。<br /><br />　方法の正午、15歳の少女はプアプアである、というわけ。<br />　鈴木志郎康のプアプア詩の連作が開始される。<br /><br />　　　<span style="color: rgb(0, 128, 0);">十五歳の少女はプアプアである<br />　　　純粋桃色の小陰唇<br />　　　希望が飛んでいる大伽藍の中に入って行くような気持ちでいると<br />　　　ポンプの熊平商店の前にすごい美人がいるぞ<br />　　　あらまあ奥さんでしたの</span>　　　　　　　　　　　　　　「私小説的プアプア」より<br /><br />　<span style="color: rgb(255, 33, 102);">プアプアという無意味な言葉</span>は、作者の無内容な<span style="color: rgb(255, 33, 102);">日常生活を自虐的に表象する</span>ものであり、<br />　<strong>その外延を埋めるようにして</strong>日常の個人的な出来事や思いを言葉にして埋めていく、<br />　...という詩の表現方法。<br /><br />　鈴木は言う。<br /><br />　<span style="color: rgb(0, 128, 0);">私はここで、ようやく自分をとりまく現実を方法論的に対象化し得たのだった。<br />　私の書く詩が私の意識内のことから出発していても、私の主観の範囲を超えたものとなり得た。<br />　それは、私の詩の言葉が一つの虚構として自立し得たことでもあった。<br /><br />　その後、私はここで掴み得た虚構的な言葉を連らねる詩を書き続けた。<br />　当然その言葉は現実的な意味を担うものではなく、<br />　私の意識内の価値体系によって支えられた意味を持つもの<br />　...として展開していったのである。</span><br /><br />　<br />　逆立する内部世界と外部世界とが相渉る「神橋」のような象徴物として、<br />　プアプアという言葉を編み出し、<br />　強固なリアリティーを持って内部世界を形づくっている言葉と意識を外部に、<br />　つまり「神橋」を渡らせて一人歩きをさせた、ということになる。<br /><br />　なるほど、わからなくもない。<br />　我田引水になるけれど、自分のHPで自分のことを書くのだからと、言い訳をしつつ書く。<br /><br />　「夕日のガンマン、ソーラン節」の中で、私は内面に実在物のような風景となっている騒乱の記憶を長い間書きあぐねていたのだ。<br />　混乱あるいは混沌、しっちゃかめっちゃかの光景をどう書いたらよいのか？と。<br /><br />　そのような時にドゥルーズのリゾームという概念を知り、<br />　反射的に吉増剛造のあの書き方は多分にリゾーム的であり、<br />　「混沌を混沌として」詩を破綻させることなく、世界を相対的かつ総体的に捉えるのに有効だな、<br />　...と納得したのだね。<br /><br />　そして、<br />　吉増剛造は、たとえば「朝霧立ちこめ狭霧たつ<b>地獄の扉</b>へむかう」というキーワードを提示して、非現実的内面世界であることを提示する。<br /><br />　この部分がないと、リアリズムの意味的な詩だと読んでいるのに、いつの間にか作者が想像の世界に遊んでいるようで、読み手には意味不明という書き方をする素人が少なくない。<br /><br />　私の場合は、<br />　「<span style="color: rgb(0, 180, 0);">――　お前の　死の　余情を　楽しめ</span>」　という言葉が不意に湧いてきたのを渡りに船とばかり、<br />　狂乱的言語世界との結界を示すしめ縄のように、この言葉を置いて、<br />　内面の、混乱したままの過去の記憶を「死の余情」という象徴語で表し、<br />　内的混乱を無理に論理立てず、混沌を混沌のまま言葉にして提示する、<br />　...ということにしたのだ。<br /><br />　方法論的には相通じるものがある。<br /><br />　ただし、吉増にしても、私にしても、その状況設定はその詩だけの一回性であり、鈴木志郎康の<br />プアプア詩のような連作とは考えはしなかった。<br />　プアプア詩は、うまくいっているものもあれば、無理筋ではないかという詩も少なくないと...。<br /><br />　いま、プアプア詩を読み直してみると、殆ど読んではいなかったのかなと思うほど見覚えのない詩ばかりだった。<br />　それで、唯一暗記をしていると思っていた行は、何処にも見つからないことに狼狽するばかり。<br /><br />　それは、「純粋処女プアプアが家庭訓的あいうえおを行う」というものだったはず、なのだが...<br /><br /><br />　　　　　　　　　<a href="http://mediaxross.net/blog/2012/05/siroyasu04.html">　「極私的現代詩入門」(4)</a> に続く<br /><br /><br /></div>]]>
    </content>
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    <title>鈴木志郎康「極私的現代詩入門」(2) 想像力の金縛り</title>
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    <published>2012-05-08T15:43:12Z</published>
    <updated>2012-05-10T14:06:47Z</updated>

    <summary>　「何故こうも表現しようと意図して、いわゆる作品というものに至れない人々がたくさんいるのか？」...　という答えは、このブログの各所で提示しているはずだけど、漠然と読み過ごしている人は気づいていないか...</summary>
    <author>
        <name>小林由典</name>
        
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    <category term="鈴木志郎康" label="鈴木志郎康" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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        <![CDATA[　「何故こうも表現しようと意図して、いわゆる作品というものに至れない人々がたくさんいるのか？」...<br />　という答えは、このブログの各所で提示しているはずだけど、漠然と読み過ごしている人は気づいていないかもしれないと思う。<br />　さて、鈴木志郎康は何が問題だと、いっているのだろうか？<br /><br />　<br /> ]]>
        <![CDATA[　じつは前回取り上げた文章のタイトルがその答えになっているのだ。<br /><br /><font style="font-size: 1.25em;">　「想像力の金縛り」</font><br /><br />　<span style="color: rgb(0, 128, 0);">想像力は誰にもあり、想像力を働かせて表現しようという意欲は大衆の中に溢れているように思える。<br />　それほど多くの人々が作品を作るということをやっていながら、そこに出てくる作品の殆どのものが駄目だということは、それらの人々が自分自身の表現を持とうとする努力よりも、既にある専門家が作った作品に似せようと努力しているからなのだ。<br /><br />　実際、三千篇の詩を見て、なんでもっと<b>こんな詩らしい詩ではなく、自分自身にとってリアルな言葉とリズムとを見つけ出す努力をしないのか</b>と思ってしまう。<br />　しかし、それが出来ないのだ。<br />　そこに、彼らの想像力を金縛りにする作家たちの作品があるからなのである。現在では、その金縛りを脱出しなければ､新たな作家として登場することが出来なくなっているのである。<br /><br />　その<b>金縛りを脱出するということのためには</b>、既にある作家の作品のいくばくかを知って、乗り越える努力をしなくてはならないし、さもなくば知恵を働かせて裏をかくというようなことをしなければならないのだ。<br /><br />　前者の、乗り越えるなどということをするには、いわば専門家の道を歩むことが必要であり、それには定まった職業を持ち人並みの生活をしていたのではなかなかできないことであるし、<br />　後者の、裏をかくなどという仕方を身につけるためには一般的でない生活か、<b>または生活の一般的でない認識が必要となってくる</b>のである。</span><br /><br /><br />　私自身も、昔こういうことを考えたことがあったね。私はルーティンワークというのが大嫌いだったけれど、周囲の人間をだまし続けてサラリーマンのフリをし続けるためには片手間仕事はできない、と感じていた。<br />　つまり、片手間で詩を書くこともノーであり、仕事の方を手抜きして趣味に精を出すということもノーだと。<br />　実際、仕事をしていた時分は二十四時間ビジネスのことを追求していた観があるね。<br /><br />　ところで、鈴木志郎康自身は当時ＮＨＫのカメラマンとして仕事をしながら、人付き合いをせずにその時間を詩作にあてるということをやっていたのだ。<br />　そのへんの葛藤というのは第一部の「極私的現代詩入門」に描かれているわけですが、私からみるとＮＨＫだから出来たのだ、という有利さも大きかったと思う。<br />　ノンフィクション作家の柳田邦男さんもＮＨＫの職員としてさまざまな事件の現場を取材しながら、仕事に押し流されることなく独自の調査を積み重ねて作家としての基盤を築いていったはずだ。<br />　当時のＮＨＫは、大名行列のような取材陣と長期間の現地ロケとか、時間も資金も潤沢に使っていたからねェ。民間零細企業のように、自宅には寝に帰るだけという過酷な勤務と慢性疲労の状況とは、天国と地獄くらいの差があったと思うね。<br /><br />　話を戻そう。金縛りという事態は、すでに専門的に作家となっている人にとっても同様のプレッシャーであることは言うまでもない。以前に取り上げた鮎川信夫との対談でも、もう男性の書くものは書き尽くされた観がある、という感慨が述べられていたのを思い出してみればよいだろう。　<br />　「<a href="http://mediaxross.net/blog/2012/03/%EF%BD%8Ayakushagisei02.html">弱者犠牲で成り立つ人間社会</a>」<br /><br /><br />　<span style="color: rgb(0, 128, 0);">作家は自分の想像力を金縛りするものを素早く見て取ってこれと立ち向かって、それを切り開いていくという作業をしているのだ。作家が次々に作品を生み出していく作業そのものが、その金縛りを断ち切るということなのだといえるだろう。<br />　作家たちは常にもう書けないという自覚の上に立って書きはじめるもののことなのだろう。<br />　それに対して、アマチュアは常に書けるのだ。<b>彼らには金縛りの自覚がない</b>からなのだ。<br />　それは支配されている民衆が支配されているという自覚をもたないのと同じなのである。<br /><br />　作家は全く孤独に自分の想像力の開ける道を歩む以外にないというところに追い込まれているのが現在なのではないかという気がする。</span><br /><br /><br />　全くその通りなのだろうと、私も同感する。<br />　60年代の詩人たち、つまり吉増剛造や天沢退二郎、鈴木志郎康、渡辺武信らを「目の上のタンコブ」と、私が常々評しているのは彼らの詩的営為こそ私にとっての金縛りであるからなのだね。<br /><br />　私は四十年間の空白を、年代を追って埋めていく作業を進めるというきわめてオーソドックスな営為を続けている最中だけれど、ようやくそのパースペクテイヴの中に彼らを見いだすことが出来るところまで歩みを進めてきたように思う。<br /><br />　「<span style="color: rgb(0, 128, 0);">全く孤独に自分の想像力の開ける道を歩む以外にない</span>」のだ。<br /><br />　墓石の下で昭和初期あたりの詩を書いて褒めあっているような連中と交わるのは時間の無駄なのだと思う。<br />　たとえば、起承転結などという形式にカチッと収まるようないかにも詩らしい詩を書いている作品を読んでも、<br />　終わっているな、という印象しか得られないのだね。これ以上の伸びしろがないと思う。<br />　スタイルが固まってしまっているのですね。つまり、精神的に硬直している結果しか見いだせない、と。<br />　<br /><br />　「<span style="color: rgb(0, 128, 0);"><b>金縛りの自覚がない</b></span>」というのは、たしかにそうだろうと思う。ただし、「<span style="color: rgb(0, 128, 0);">既にある専門家が作った作品に似せようと努力しているからなのだ</span>」とは言えない部分も少なくない、というのがわたしの印象だ。<br /><br />　つまり、先達の作品を一通り読むという「勉強」などしていない、というのが実態なのだろうと思う。<br />　自分では、独創的な作品を生み出したと、うぬぼれているけれど、それは既にだれかがやっていてそれに気づかないだけ、というお寒い現実が殆どなのだろう。まあ、かくいう私がそういう経験を何度もしているから、ねェ。<br /><br />　要するに、めくら蛇に怖じずということわざ通りの素人が大多数だ、といえばはっきりするだろう。<br /><br />　前々回に、私は荒川洋治の詩のパロディを提示してみましたが、実はこのパロディという方法は、まさに<br />　「<span style="color: rgb(0, 128, 0);">金縛りするものを素早く見て取ってこれと立ち向かって、それを切り開いていくという作業</span>」に外ならない、<br />　...のだな。<br /><br />　マジメに真似をしてはイカンと言っているはずだ。<br />　ははー！といって拝受するのではなく、パロディとして解体し自家薬籠中のものとして取り込んでしまう。<br />　後は、忘却に任せればよい。「私」は忘れてよいのだね。<br />　「私」の内なる頭脳の番人タッコウ君が、阿修羅の手の一つとして勝手に劍を振るってくれるのさ。<br />　できれば、阿修羅ではなく千手観音のような手の一つとなれば、超一流になれるかも♡<br />　（なんか、トンパ文字以来、絵文字好みになってしまったか？）<br /><br />　まあ、勉強しない限り、金縛りを切り開くことは出来ないことは確かだね。<br />　多少の文才や感性で詩が書ける時代は昭和初期で終わっているはず。<br /><br /><br />　さらに言わせてもらうなら、「<span style="color: rgb(0, 128, 0);"><b>金縛り</b></span>」以前の、言語感覚が全く駄目ということの方が、はるかに目につくのだ。<br />　一流の詩人というのは、例えば散文を書いてもうまいし、評論を書いても鋭いし言葉も美しい。短歌を試みても、俳句を詠んでも一流なのだね。エッセイを書いても、雑文を書いても、面白いし、奥深くセンスもハイレベルだ。本職顔負けの文章を書けるのは、ひとえに言語感覚のなせる技なのだろう。<br /><br />　そのへんのすばらしさを感じる例として、さらに「極私的現代詩入門」を読み込んでいこう。<br /><br /><br />　　　　　　　　　　<a href="http://mediaxross.net/blog/2012/05/siroyasu03.html">「極私的現代詩入門」(3)</a> に続く<br /><br /><br />]]>
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    <title>鈴木志郎康「極私的現代詩入門」(1) 遊ぶこと</title>
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    <published>2012-05-08T13:17:07Z</published>
    <updated>2012-05-10T14:24:36Z</updated>

    <summary>　「知識のつみかさねからではなく、ただ書きたいように書きはじめた初心者の書いたものへの、鈴木（志郎康）さんの視線のやさしさは、ぼくには、とても真似できるものではない」（季刊「midnight pres...</summary>
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        <name>小林由典</name>
        
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    <category term="鈴木志郎康" label="鈴木志郎康" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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        　「知識のつみかさねからではなく、ただ書きたいように書きはじめた初心者の書いたものへの、鈴木（志郎康）さんの視線のやさしさは、ぼくには、とても真似できるものではない」（季刊「midnight press」１９９８年秋号）という福間健二のことばに誘われて、志郎康さんを読んでみた。 
        <![CDATA[　この「極私的現代詩入門」は1972年から75年にかけて、雑誌『ユリイカ』や『現代詩手帖』､『早稲田文学』などに連載した文章であり、プアプア詩で自己の詩のスタイルを打ち立て、60年代詩人の旗頭の一人として注目を集めていた時期の文章である。<br /><br /><span style="color: rgb(0, 91, 46);">（この時期に詩を書いていた私は、そういう雑誌類は全く読んでいなかったのだね。当時の書棚を思い出してみるに、田村隆一の全著作が収集されていたし、吉本隆明全著作集と雑誌『試行』があり、六十年代詩人たちの現代詩文庫と、あとは思想的な本ばかりで、とくに現象学関連の本が多かったかな。<br />　私は、詩作品を書こうという意識が当初からなかったために、詩の雑誌に投稿するということに全く思いが至らなかったのだった。そのうえ、気持ちが散漫な人間なので、いつも書きかけのままの尻切れトンボというものばかり。<br />　いわゆる、詩壇とか文壇とかいうものの存在すらよく分からなかった、という、文学青年とはほど遠いものだった。）</span><br /><br />　そのような時代状況があって、高校生時代から詩を書き続けていた鈴木志郎康という人格を介して表出されたディスクールなのだ、と理解していただければとおもう。<br /><br />　内容は、三つの章立てとなっている。<br /><br />Ⅰ <b>極私的現代詩入門</b><br />Ⅱ <b>極私的読詩体験</b><br />Ⅲ<b>極私的読詩感想</b><br /><br />　始めに、私が読みたいと思った、「Ⅲ極私的読詩感想」の中に収められた次の二つを、取り上げよう。<br />「二百編の投稿詩を読んで一冊の詩集を思い出す」　（『現代詩手帖』1973年7月）<br />「『現代詩年鑑'72』の詩を全部読む」<br /><br />　この時期、鈴木志郎康は『現代詩手帖』の投稿欄の選者の一人として、1年でおよそ三千篇の投稿詩を読んだという。これこそ、現代における詩人という職業を象徴する標識ではないだろうか。彼は書く...（以下、抜粋）<br /><br />　<span style="color: rgb(0, 128, 0);">読んだ詩は殆ど全部面白くなかった。面白くもない詩を二百篇も読んで、私はいやな気分になった。本来、読むべきでないのを読んだからであった。<br />　私は詩を機械的に読めるということを知ったのだ。私自身の気分や心や関心などとは関係なしに読んでいったわけだけれど、そこで私は一体何を読んでいたのだろうか。<br /><br />　勿論、詩などを読んだのではない。私が読んだのは、自分の生存のために言葉を使おうとしている意志の集まりであった。<br />　詩ではない、そういうものを見せつけられて、私は非常につらい思いになるのだったが、敢えてそれをねじふせて、読んでいるのは詩だと、（自らの本心に）弁明をし通さなければならなかった。<br /><br />　これらの人は、詩を書いてはいるが、詩というものが彼（彼女）自身にとって問題となっている人はほんのわずかしかいないのだった。詩が､単に言葉の様式の問題に過ぎないのだ。<br />　殆どの投稿詩で、この詩というものの意味が転倒しているのに出会ったのだった。つまり、この二百篇の詩を読んでみると、詩がまるで生産ということの対象となっているという感じがする。<br /><br />　どの詩も、余りにも生真面目なのだ。金子光晴氏のように自分自身を遊び儘すということによって、詩は一応最高のものへ至れるのに、自分を遊ぶなどということはおろか、言葉を遊ばせるということもないのだった。だから、そこに詩を読むことが出来ないのも道理なのだ。<br />　恐らく、この投稿詩の現実も、人間のすべてを生産力へ還元してしまわないではおかない現在の制度の結果なのであろう。こうなっては、楽しかるべき詩を読むということも、苦痛になり変わらざるを得ないわけだ。<br /><br /><br /></span>...と記して、志郎康さんは自分に送られてきた無名の詩集を思い出して、つづる。<br /><br /><span style="color: rgb(0, 128, 0);">　今でも読みかえしてみるとやはり（一種の）戦慄を感じないではいられないところがある。<br />　その詩集は、全くどうしようもない生真面目さに貫かれているのだ。<br />　</span><br />　戦慄を感じるほど生真面目な詩、ねェ...。<br /><br />　私のように、パロディ詩を書いたり、実験的な詩や言葉遊び詩を書くと、それが習作だという前提を無視して、もっと真面目に書きなさいとか、軽薄すぎるとか評される（自称）詩人たちの世界もあるけどね。<br />　ごく一部を抜粋しておく。<br />　<br />　　　　　ヒューマニズムは評価されない<br />　　　　　中立は存在し得ない<br />　　　　　必要なのは　決議である　単純化されたアピールのあの絶叫である　内的意志から行動に移るその...<br /><br />　３行も引用すれば充分だろう。<br />　これは詩ではない、と一言評すればすむはずだが、極私的を自認する志郎康さんは惻隠の情を発揮する。<br /><br /><br /><span style="color: rgb(0, 128, 0);">　この断定の言葉の内容を幼稚だなどといって片付けてしまってはいけない。<br />　この一月一日という題、これは元旦の日記に書きつけたくなるあの感慨が記述されたものである、と読めば、これは言葉の一つ一つの意味を離れて、一種の象徴的技法の詩として読めないことはないのだ。<br />　</span><br /><br />　まあ、そこまでは付き合いきれんわ、と福間健二に同調したくなるな。<br /><br />　ところが、一年間近く投稿詩の選者を務めた1974年5月（「想像力の金縛りを考える　『現代詩手帖』）では、だいぶ考え方が変わってくる。<br /><br /><br />　<span style="color: rgb(0, 128, 0);">私は以前には、もっぱら書くという立場にのみ自分を置いて、自分の書くものが文学であるかないかなど考えたこともなかったのだ。...（中略）...だから、他人の書くものも同様であって、いかなるものでも表現であることに変わりなく、読む方にとって関心を引かれる引かれないということがあるに過ぎないのだと思っていた。<br /><br />　だが、この一年間他人の投稿されてくる作品を見ていて、選ぶ選ばないの作業を続けているうちに、全く駄目な作品として相手にしないものを自分に許さざるを得なくなってしまったのである。<br />　実際読んでいて、何も伝わってくるものがなく､形も形として認められないような作品に出会うと、それを私は文学とは認められない、というふうに処遇するしかなかった。<br /><br />　恐らく私はいわゆる優れた文学といわれるものと、はしにもぼうにもかからないくだらない駄目な文学というものを混同した悪い考えに陥っているに違いないのだ。いくら表現意欲があっても、作品としてだめならだめなのだ、という考えに立つのが文学者というものなのであろう。だから、優れた作品というものを作らなければ､話にならない、という考えを取れば、それはそれですむことなのだ。<br /><br /><br />　だが､私は、三千篇に及ぶ作品をみて、<b>何故こうも表現しようと意図して、いわゆる作品というものに至れない人々がたくさんいるのか</b>と思ってしまうのである。</span><br /><br />　<br />　極私的な詩とは正反対の詩を書こうとしている私の考えと、全く同じ意見であることに驚くね。<br />　現代思想を常識として内包している現在の詩は表現自体が大変複雑であるし、言葉の使い方も80年代以降に、非常に高度になっている。<br />　いわゆるダメな詩と､今日的な詩とでは、天と地ほどのというより別世界のものであり、全然別なものになっているという観を呈している。何故なのか？...なのだ。<br /><br /><br />　　　　　　　　　　<a href="http://mediaxross.net/blog/2012/05/siroyasu02.html">「極私的現代詩入門」(2) </a>に続く<br />　<br />]]>
    </content>
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    <title>パロディ詩「くずし字典」</title>
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    <published>2012-04-26T12:50:02Z</published>
    <updated>2012-04-28T04:23:36Z</updated>

    <summary>　荒川洋治『娼婦論』から引用した詩に関して、パロディ詩を作ってみました。　パロディというと語弊があるかもしれませんが、書道でいえば「臨書」、絵画でいえば「模写」習作。ただの「お習字」ではないし、ただの...</summary>
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        <name>小林由典</name>
        
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    <category term="パロディ" label="パロディ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://mediaxross.net/blog/">
        <![CDATA[　荒川洋治『娼婦論』から引用した詩に関して、パロディ詩を作ってみました。<br />　パロディというと語弊があるかもしれませんが、書道でいえば「臨書」、絵画でいえば「模写」習作。ただの「お習字」ではないし、ただの「模写」でもない。<br /> ]]>
        <![CDATA[　高校時代に書道を専攻した私は、王羲之や顔真卿などの書を臨書することを教わりました。<br />　習字と違って、お手本どおりの物まねではなく、主として運筆をまねて、書家の手筋を技術として習得する、というものです。<br /><br />　西洋の画家も、歴史的な名作の筆使いや色使い、構成など様々な技法を習得するために、５０年は苦しい時代を過ごすのだという。<br />　私は、ジャコメッティの模写を見て、模写とは何かをはっきりと知らされた思いがしました。<br /><br /><a href="http://mediaxross.net/blog/assets_c/2012/04/etude_louvre01-331.html" onclick="window.open('http://mediaxross.net/blog/assets_c/2012/04/etude_louvre01-331.html','popup','width=566,height=592,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://mediaxross.net/blog/assets_c/2012/04/etude_louvre01-thumb-550x575-331.gif" alt="etude_louvre01.gif" class="mt-image-none" style="" height="575" width="550" /></a><br /><div>　ジャコメッティ、エチュード・ルーヴル「ユリウス二世の墓」（ミケランジェロ）<br /><br />　ま、パロディのためのパロデイデではありませんのだ。<br />　かといって、マジメに真似をしたら盗作になりますから。ほどほどに...。<br /><br />　「うつし」の後半部を若干改訂しました。<br />　うつし、というのは「千代鶴写し」の「うつし」であると同時に、言葉の機能を意味しています。<br />　ソシュール言語学的な意味で、言葉は現実の事物の写しではなく、ある種の記号として二重性を持つと。<br />　最初から「うつし」＝言葉、というつもりでしたから、物を切らず、人を斬れ、という感覚を持っていました。<br /><br />　けれども、表面的にしか解釈できない人には「人を斬れ」はまずい、というタッコウの声がする。<br />　「人」はまずい、ひとまず、概念的な魂にしておこう、と。<br />　そして、例によって馬上・枕上・厠上（しじょう）時に、<br />　本歌にある「パラレルに名をそりおとし」に対応させよ、という閃きがあり...。こうなった。<br /><br />　　　　　　　　　　<font style="font-size: 1.25em;">【<font style="font-size: 1.25em;"> </font></font><font style="font-size: 1.25em;"><a href="http://mediaxross.net/blog/pdf/kuzushi_jiten.pdf">くずし字典</a></font><font style="font-size: 1.25em;"><font style="font-size: 1.25em;">&nbsp; </font>】</font><br /><br /><br />　最初の「うつし」は、荒川洋治「諸島論」の冒頭行分け部をパロったものですね。<br />　次の「くずし」は、「キルギス錐情」の最初の行、「方法の午後...」をパロっています。<br /><br />　後の詩群は、以前、言葉遊びをしていた頃のダジャレ詩です。同じ系統のものだということで、金魚のフンのように付いてきました。付録かな...。<br /><br />　習作ですから、あらゆる規範を離れて、自由にやってみればよい。<br />　これでいいのだ。（バカボンのパパ）<br /><br /><br /></div>]]>
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    <title>リゾームの諸相と現代詩表現(2) </title>
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    <published>2012-04-21T03:08:40Z</published>
    <updated>2012-04-21T03:16:33Z</updated>

    <summary>　前回の記事はなにやらまとまりがつきませんでしたが、じつはまとまりがつかないこと、それがリゾームの本来の姿ですね。「わが出雲・わが鎮魂」の「まがいもの」という言葉について、わたしの考察を【追記】してお...</summary>
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        <name>小林由典</name>
        
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    <category term="現代思想" label="現代思想" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://mediaxross.net/blog/">
        <![CDATA[　前回の記事はなにやらまとまりがつきませんでしたが、じつはまとまりがつかないこと、それがリゾームの本来の姿ですね。「わが出雲・わが鎮魂」の「まがいもの」という言葉について、わたしの考察を【追記】しておきました。（リゾームの諸相と現代詩表現（１）を参照下さい）<br /><br /><br /> ]]>
        <![CDATA[　ギリシャ哲学以来西欧世界が堅持してきた、強力な中心をもつ統一的世界観は、ヘーゲルに至って天にも届こうかというバベルの塔を構築するまでに至る。<br /><br />　しかし、<br />　現代思想のリーダー達は、観念論型認識という土俵の外を舞台として場外乱闘をはじめたのだ。<br />　「真理とは何か？」という哲学の命題そのものを、「もはや無意味でしかないもの」と拒否して、<br />　人それぞれの（相対的）価値観という、バトル・ロワイアルに変えてしまったといってよい。<br /><br />　土俵の中は約束事や決まり事、禁じ手などでがんじがらめであり、<br />　土俵という固定枠から勇み足をしただけで、負けになってしまう。<br />　この息苦しさを逃れて、新鮮な空気のなかで深呼吸したい！<br />　がんじがらめの抑圧を打倒・打破して、更地にして、新しい街作りをしたい！<br /><br />　そういう解放への欲求が氾濫したのが1968年のフランス、パリの五月革命だった。<br />　アメリカではこれに先立つベトナム戦争に対する反戦平和運動があり、<br />　中国では毛沢東革命に対する反革命を根絶やしにしようという整風運動が紅衛兵の蜂起となり、<br />　日本では反大学学生運動と70年安保闘争が巻き起こった...<br /><br />　国や地域によって、きっかけや直接的目的は異なるけれど、根底にあったのは、<br />　それまでの社会のありかた、および自分自身のあり方、<br />　...の変革を求めるという意志であった。<br /><br />　これら一連の闘争を通過して視えてきたことは何かというと、<br />　「バベルの塔のごとく歴史的に構築されてきた建築物というのは、壊そうとしても壊れないものだ」<br />　...という、歴史の持つ重みだった。<br /><br />　とくにヨーロッパでは、哲学そしてキリスト教の強力な伝統が支配しており、その支配構造がもたらす閉塞感もまた重大なものであった。過去の遺物ばかりではあるけれど、老害的支配者たち。<br /><br />　けれども、この経験を通過してきた者にとって、<br />　思想というものは決してアカデミズムのなかで命脈を保っている抽象的な知の体系などではなく、<br />　今、ここでという現実の生き方を問う、古くて新しい「倫理的」な営みに外ならないものであった。<br /><br />　フーコーを初めとする構造主義の担い手達はそれぞれに１９６８年パリ五月革命の思想家なのだ。<br /><br />　構造的知については、過去４回とりあげて、未完のままになっているので、その続編は別稿に譲りたい。<br />　この構造主義の成果は、80年代以降の現代思想に受け継がれてゆく。<br /><br /><br />　現在的な現代詩を解釈したり詩を書く場合、<br />　この時代変化についての理解は不可欠なのだ。<br /><br />　なぜなら、前回少しばかり挙げたように、第一線の詩人たちは程度の差こそあれ、<br />　現代思想の問いに対する、それぞれの受け止めを詩の形と表現において表出しているからだ。<br /><br />　私は常々、６０年代の詩人が目の上のタンコブのような感覚を持っていることを表明してきたが、<br />　敵わないなと感じていた彼らの思想的なバックボーンは実に構造主義思想、<br />　とりわけ現代思想の巨人であるミシェル・フーコーの思想であることがはっきりと分かったのだね。<br /><br />　結論を先に言ってしまえば、<br />　今日の現代詩は詩作者たちが現代思想をどう受け止めているかを理解しないと、正しく読めない、<br />　...ということがひとつ。<br />　現代詩を正しく読めないということは、今日的な詩を書くこともできないだろうということに繋がる。<br /><br />　もう一つは、不易と流行という昔ながらの考え方で現代思想の影響をみなすならば、<br />　将来的にも時代錯誤の遺物的表現しか出てこない、ということになるだろう。<br /><br />　「不易」とされてきたものが不易ではなくなり、<br />　「流行」と考えれてきたものが、単なる流行ではなく、根底的な変革の始まりなのだね。<br /><br />　自分は不易に拠っており、現代思想は単なる流行だと考えたなら大きな誤りとなる。<br /><br />　なぜなら、構造主義以降の思想･文化･社会の有り様は、<br />　２０００年間続いてきた類型的世界観をうち捨てたところで始まっているからだ。<br /><br />　上記の２点を認識しておかないと、今日的現代詩の世界に入る事はおろか、<br />　理解することもできないのではないかと思うね。<br /><br />　反省以前的なデカルト的コギトの立場に立って、<br />　自分の捉えうる世界だけに限定して、<br />　起承転結的な類型化された構造の中に押し込め、<br />　独我論的な結語や抒情で着地する<br />　自己満足的に閉じられた言葉、閉じられた知、閉じられた世界、<br />　...の詩、しか生まれてこない。<br />　<br />　多くの詩人が範とする谷川俊太郎を例に挙げれば、現代思想に影響を与えた<br />　ソシュール言語学、フロイト～ユングの無意識世界、フーコーの思想など、構造主義から<br />　ドゥルーズの欲望とリゾーム、ジャック・デリダの脱構築などなど、実によく換骨奪胎して<br />　自らの詩に取り込んでいるということがわかる。<br /><br />　谷川の詩は分かりやすいといっている人たちは、自分の無知を知るべきだね。<br />　といっても、私はソクラテス的な物言いをしているつもりはありません。<br /><br />　無知とは何も知らないということではなく、むしろ積極的で強固な誤謬の織物だと、<br />　私ではなく、バシュラールが申しておりますのだ。<br />　<br />　プロフェッショナルな詩人たちの表現を取り上げ、現代思想の影響を読み解いていこうかと考えていましたが、揚げ足取りだと思われかねないし、詩を書いていく上で有意義でもないように思える。<br />　ということで、続編は書き継がないことにします。<br /><br />　<br /><br />]]>
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    <title>リゾームの諸相と現代詩表現（１）　</title>
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    <published>2012-04-19T13:54:49Z</published>
    <updated>2012-05-11T14:22:00Z</updated>

    <summary>　現在的な現代詩の世界に入るに際して、現代思想について俯瞰する時間をとりました。　そしてここでも、もう少し早く現代思想を読んでおけばよかったと...。　ともかく、現代詩のバックボーンにあるものの様子が...</summary>
    <author>
        <name>小林由典</name>
        
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    <category term="リゾーム" label="リゾーム" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://mediaxross.net/blog/">
        <![CDATA[　現在的な現代詩の世界に入るに際して、現代思想について俯瞰する時間をとりました。<br />　そしてここでも、もう少し早く現代思想を読んでおけばよかったと...。<br />　ともかく、現代詩のバックボーンにあるものの様子がかなり見通せるようになりました。<br /> ]]>
        <![CDATA[　リゾーム（ rhizome）というのは、ジル･ドゥルーズが『千のプラトー』で用いて有名になった言葉。<br />　デカルト的「ツリー型」の哲学大系に対する概念で、地下茎的な、中心も始まりも終わりもなく、多方面に錯綜している状態。<br /><br />　たとえば、インターネットの構造が、どこにも中心がなく、それぞれが特異的である個体の、<br />　ネットワーク的なつながり...を持っている状態であり、リゾーム的なイメジをよく表しているだろう。<br /><br /><a href="http://mediaxross.net/blog/assets_c/2012/05/lizome01-340.html" onclick="window.open('http://mediaxross.net/blog/assets_c/2012/05/lizome01-340.html','popup','width=298,height=323,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://mediaxross.net/blog/assets_c/2012/05/lizome01-thumb-200x216-340.gif" alt="lizome01.gif" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" height="216" width="200" /></a><br /><br />　それで、諸相と表現したのは、<br />　現代思想がデカルトからヘーゲルに至る認識論を否定して相対論にシフトしていったけれど、<br />　その思想は決して一様ではなく、あたかも『モードの体系』のごとく､差異の連鎖になっている、<br />　...ことを表したかったわけです。<br /><br />　現代思想を語ろうとすると、どうしても用語の説明が多くなってしまうのですが、<br />　『モードの体系』というのはロラン・バルトの著書名です。<br />　ここでは現代思想そのものが、様々なる意匠とでもいうべきモードのリゾーム的集積を成している、ということですね。<br /><br /><br />　もっと具体的に述べていきましょう。<br />　<br />　<span style="color: rgb(0, 128, 0);">「人は誰も複数の声を所有している／所有されている。<br />　　そして、多くの場合、ひとつの声を選びとり､残りは忘れてしまう。<br />　　自身の複数の声に忠実に聞き入ろうとするにはどうすればよいのか。<br />　　ロラン・バルトの編み出した方法は、自らを隠喩化することだった」</span>　（現代思想入門）<br /><br />　なるほどなるほど。<br />　荒川洋治が「<span style="color: rgb(0, 128, 0);">今の詩には「私」の数が足りない」</span>と言っているのは、<br />　なにも精神分裂症になれといっているのではなく、<br />　自己の内にある<span style="color: rgb(0, 128, 0);">複数の声</span>を使い分けよ、ということですから。<br />　比喩的言い方を、勘違いする人がいるといけないので、捕捉しておきましょう。　<br />　<br />　Roland Barthes（1915 - 1980）『零度のエクリチュール』渡辺淳・沢村昂一訳 みすず書房(1971）<br />　エクリチュールとは書き方、書かれ方、転じて書き言葉という意味で、<br />　話し言葉のパロールと対比してもつかわれる。<br />　<br />　　『零度のエクリチュール』は、当時盛んになってきたヌーヴォ・ロマンの歴史的背景へのみごとな分析となっている。<br />　零度のエクリチュールのなかでバルトが取り上げたかったものは、<br />　ピリオドやコンマといった、それ自体では意味を持っていない記号（ゼロ記号）の、<br />　表現としての可能性ですね。<br /><br />　なるほどなるほど。<br />　吉増剛造の句読点の使い方は、零度のエクリチュールだったのだね。<br /><br />　ところで、<br />　私は「古典力学（4）」をまとめようとして、どうしてもまとめられないことに躓いていました。<br />　ところが「オシリス－石の神」を読んで、この書き方ならば書けるのか、ということに気づきました。<br /><br />　吉増剛造の詩は初期のものと、現在のものと、形的にさほど変化はないように思っていましたが、<br />　違うんですね。<br /><br />　初期の詩は、連想の連続という印象を受ける。<br />　でも、「オシリス」の構成は、リゾーム的なのですよ。<br />　ドゥルーズーの思想を、詩の形であらわしている感じがする。<br /><br />
　まさに「解けない問いを生きる」表現形式なのだね。<br />　ヘーゲルまでのツリー状認識論ではない相対論的世界観。<br />　これを詳しく言おうとすれば、たいへん長くなりますので、いずれ機会をみて取り上げてみましょう。<br />
<br />　それで、リゾームのことなのですが、以前ふれた鈴木志郎康と鮎川信夫の対談ですね、<br />　鈴木志郎康が語っていることがまさに「リゾーム」論なのかと思う。（現代詩手帖1986年９月）<br /><br />　なるほどなるほど。<br />　Gilles Deleuze <br />　『リゾーム...序』　豊崎光一訳、朝日出版社（『エピステーメー』臨時増刊附録、1977/単行本、1987）　<br />　『アンチ・オイディプス──資本主義と分裂症』　市倉宏祐訳、（河出書房新社、1986）<br />　<br />　鈴木志郎康さん、雑誌　『エピステーメー』を読んでいたのでしょう。<br />　エピステーメーというのは、ミシェル＝フーコーが独自の意味を付加して使った言葉で<br />　「ある時代の社会や人々の生産する知識のあり方を特定付け、影響を与える総合的な知のあり方」というぐらいの意味です。<br /><br />　これは、たとえば入沢康夫の『わが出雲、わが鎮魂』にまつわる多くの人たちのディスクールが、<br />　ひとつのエポックを形成していることを想起すれば良いかと思う。<br /><br />　<span style="color: rgb(0, 180, 0);">　　借りものの　まがいものの<br />　　　出雲よ<br />　　　さみなしにあはれ</span><br />　<br />　この詩以降の現代詩においては、ゲニウス・ロキが意味を失うという、影響をもたらしたわけです。<br /><br /><br />　この頃から浮遊する言語とか浮遊するシニフィアンという言い方が盛んに語られたのですが、<br />　現代社会を記号論的に分析したボードリヤールは、シニフィアンというものをシニフィエと切り離して<br />　考察を加えました。<br /><br />　例えばビートルズの長髪はある種の反権威主義というシニフィエがあったし、<br />　ジェームス･ディーンのジーンズもまた反体制･反権威というものを洗わしていただろう。<br /><br />　しかし、これらのものが再度、再々度（回帰的に）流行しても、もはやシニフィエは纏ってはおらず、<br />　ひとつの記号として消費されていく。<br />　ここには、解き放たれたシニフィアンが顕現して、たとえば「おいしい生活」のようなイメジのみの軽妙な魅惑をふりまく。<br />　けれども、そういうイメジはどんどん使い捨ての消耗品、言葉でいえばフローの言葉になっていくのだろう。<br /><br />　現代社会の日常性は、そういうものをいともたやすく神話化して、神話作用の中に初発にもっていた意義を閉じ込めていく。<br />　ボードリヤールは、そのような過程を「まがいもの世界や世界にかかわっているというイマージュ」<br />　...と表現している。<br /><br /><br /><br />　【 追記 】<br /><br />　「<span style="color: rgb(0, 180, 0);">出雲</span>」は、「<span style="color: rgb(0, 180, 0);">借りものの　まがいもの</span>」であり、「<span style="color: rgb(0, 180, 0);">　さみなしにあはれ</span>」だと、入沢康夫は詩の発生の仕方を追求した。<br /><br />　私としては、この詩以降のエピステーメーに加わる者として、持論を提示しておきたい。<br /><br />「まがいもの」という言葉...<br />　これは、辞書的な意味でのみ理解したのでは、今日的な意義を見いだせないのではないか、と。<br /><br />　ボードリヤールのいう「まがいもの」とは、言葉を変えると「超越性」ということなのだね。<br />　超越性、あるいは外部。これは、何を内部とするか、その枠組みの設定によって、変わるものだ。<br /><br />　物事を固定的に考えようとする旧来の思考法では、ここから先はついてこれないだろう。<br /><br /><br />　枠は何でもよい。市民社会であるとも、エピステーメーであるとも、わたしの意識であるとも、それを論じているわたしの意識であるとも、自分の肉体であるとも、現代の消費行動といってもよい。<br /><br />　「わが出雲・わが鎮魂」では、伝統的詩歌観をひとつの枠あるいは規範と措定し、<br />　現代詩はその外部に飛び出したものであり、それを「まがいもの」の世界と呼ぶわけだね。<br /><br />　「詩人の仕事というものは、いつでも詩そのものを疑い､壊していくところから始まる...」<br />　という入沢の論からしても、従来の詩の世界は耐えがたいものであり、<br />　そういう世界を記号として消費していくのだと。<br /><br />　つまり、入沢自ら「パロディのパロディ」と呼んでいるのだけれど、<br />　それこそが記号として消費することになるだろう。<br /><br />　この詩に即していえば、<br />　「八雲立つ出雲建が佩ける太刀」という出雲の勇士を讃える歌が、記号として消費され、<br />　ついには彼ら勇士の没落を哀しむ歌、替え歌としての性格を持つようになる変化だね、<br />　...これはまさに、ボードリヤールのいう「まがいもの」の世界と同じ現象だと見て取れる。<br /><br />　パリ大学に留学（1964年 - 1966年）していた天沢退二郎から、ボードリヤールらの現代思想の情報を得たのではないだろうか？フランス哲学は東大哲学派の独占的翻訳の世界だからねェ...。<br /><br />　<br />　　　　　「<a href="http://mediaxross.net/blog/2012/04/rhizome02.html">リゾームの諸相と現代詩表現(2)</a>」 に続く<br /><br /><div><br /></div><div><br /></div><div><br /></div>]]>
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    <title>photo 自然的感性の景色</title>
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    <published>2012-04-10T08:54:19Z</published>
    <updated>2012-04-10T08:40:33Z</updated>

    <summary>　積ん読の本を､少し腰を据えて読まねばならないようなので、しばらく記事を書く時間がなくなります。それで、近所の風景を撮影してきたものでも、アップしておきましょう。...</summary>
    <author>
        <name>小林由典</name>
        
    </author>
    
        <category term="001_info／note" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://mediaxross.net/blog/">
        　積ん読の本を､少し腰を据えて読まねばならないようなので、しばらく記事を書く時間がなくなります。それで、近所の風景を撮影してきたものでも、アップしておきましょう。
        <![CDATA[<a href="http://mediaxross.net/blog/assets_c/2012/04/nanohana01-319.html" onclick="window.open('http://mediaxross.net/blog/assets_c/2012/04/nanohana01-319.html','popup','width=1280,height=608,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://mediaxross.net/blog/assets_c/2012/04/nanohana01-thumb-550x261-319.jpg" alt="nanohana01.jpg" class="mt-image-none" style="" height="261" width="550" /></a><div><br />　菜の花が盛期を迎えています。丘には桜。白っぽいのはこぶしかな。木蓮よりも花が小さい。<br /><br /><a href="http://mediaxross.net/blog/assets_c/2012/04/nanohana03-322.html" onclick="window.open('http://mediaxross.net/blog/assets_c/2012/04/nanohana03-322.html','popup','width=1202,height=762,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://mediaxross.net/blog/assets_c/2012/04/nanohana03-thumb-550x348-322.jpg" alt="nanohana03.jpg" class="mt-image-none" style="" height="348" width="550" /></a><br /></div><div><br />　こういうところで生まれ育つと、そういう感受性が育つということです。<br /><a href="http://mediaxross.net/blog/assets_c/2012/04/sakura01-325.html" onclick="window.open('http://mediaxross.net/blog/assets_c/2012/04/sakura01-325.html','popup','width=1280,height=778,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://mediaxross.net/blog/assets_c/2012/04/sakura01-thumb-550x334-325.jpg" alt="sakura01.jpg" class="mt-image-none" style="" height="334" width="550" /></a><br /></div><div><br />　静かな雰囲気ですね。花見をする人など一人もいない。あたりまえの日常ですから。<br /><a href="http://mediaxross.net/blog/assets_c/2012/04/sirasagi01-328.html" onclick="window.open('http://mediaxross.net/blog/assets_c/2012/04/sirasagi01-328.html','popup','width=809,height=848,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://mediaxross.net/blog/assets_c/2012/04/sirasagi01-thumb-550x576-328.jpg" alt="sirasagi01.jpg" class="mt-image-none" style="" height="576" width="550" /></a><br /></div><div><br />　白鷺も、のんびり。<br /></div>]]>
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    <title>荒川洋治、詩のことば･技術・私 (2)  </title>
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    <published>2012-04-08T15:42:54Z</published>
    <updated>2012-04-10T08:48:51Z</updated>

    <summary>　遅ればせながら読んでみた。入沢といい、荒川洋治といい、先入観をもって遠ざけてはいけないな、と痛感する。同級生である荒川に出会うのに、ずいぶん回り道をしたものだ。 ...</summary>
    <author>
        <name>小林由典</name>
        
    </author>
    
        <category term="003_批評･評論" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="荒川洋治" label="荒川洋治" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://mediaxross.net/blog/">
        <![CDATA[　遅ればせながら読んでみた。入沢といい、荒川洋治といい、先入観をもって遠ざけてはいけないな、と痛感する。同級生である荒川に出会うのに、ずいぶん回り道をしたものだ。<br /><br /><br /> ]]>
        <![CDATA[　『娼婦論』は、荒川洋治の技術論に通底しているメタ詩集、という色合いが強い。<br />　けれども、そのような寓意を考慮しなくとも、言葉の芸術として優れている。<br />　荒川が宣言する技術とは何か、と知るには、この詩集を読めば実感できるだろう。<br />　<br />　巻頭を飾る「キルギス錐情」の第一行は次のように始まる。<br /><br />　　　　　　<span style="color: rgb(255, 0, 0);">方法の午後、ひとは、視えるものを視ることはできない。</span><br /><br />　お ゝ 、というどよめきが聞こえるようだ。<br />　このアイロニーは、何を言おうとしているのか？<br /><br />　古代ギリシャ哲学以来、西洋的な知性は視覚的認識とロゴス中心主義のパロール文化であった。<br />　それが1950年代から60年代に、デカルト的コギト～現象学、という伝統から、<br />　構造主義へのパラダイムシフトが進行してきた。<br />　その結果、視覚優位の認識、話し言葉による弁証法論理の伝統がくずれてゆく。<br />　60年代の詩人から私たちの世代は、ミシェル・フーコーやジャック・デリダのテクストを読み育ち、<br />　そういう既存の思考体系を鮮やかに脱構築していく様を、現代詩を読むような感覚で受け止めた、<br />　...ということだ。（わたしの<a href="http://mediaxross.net/page/genke001.html">「幻化」</a>という詩は、この辺のことに係わっている）<br /><br />　視覚依存の、硬直した、ロゴス優位の、パロール中心の方法では、視えるものも視えない、と。<br />　それを､荒川は<br /><br />　　　　　　<span style="color: rgb(0, 180, 0);">見知らぬ樹を倒しても樵夫の口笛はきこえない。<br />　　　　　　見知らぬ鳥を撃ち落としても狩人の帰路を視とどけることはできない。</span><br />　<br />　と、書きつける。<br />　フーコーも、ドゥルーズも、バタイユも､デリダも積ん読だけであった行動派の私では、理解もできなかっただろう。理解できるようになった今、荒川に出会ったということなのだね。<br /><br /><br /><img alt="shotou.gif" src="http://mediaxross.net/blog/gazou01/shotou.gif" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" height="436" width="380" />　上は「諸島論」の冒頭部です。<br />　　　　　　　　　　<span style="color: rgb(0, 180, 0);">みやびを不順にしずめ<br />　　　　　　　　　　しぐれて　在る<br /><br />　　　　　　　　　　　...ととのえて在ることの<br />　　　　　　　　　　さぶしさ</span><br />　<br />　ウーム！と唸るしかない。脱帽するよ。<br />　誰かね？「形容が変てこりん...」なんていうのは。これは、言葉使いがおかしいわけではないよ。<br /><br />　Aという言葉の次に、Bという言葉がきた場合の窯変のしかたが絶妙なのだ。<br />　緩いところは少しもなく、張りつめた緊張感があるね。<br /><br />　「<span style="color: rgb(0, 180, 0);">.ととのえて在ることの／さぶしさ</span>」<br />　...これは、入沢康夫の「さみなしにあはれ」と遜色なく拮抗する表現となり得ている。<br />　デビュー作が、これほど高度な表現を獲得していることに敬意を表するほかない。<br /><div><br />　この詩の着地はどうなるのだ？<br /><br />　　　　　　　　　　<span style="color: rgb(0, 180, 0);">わたしはにぎわしくかきくもり<br />　　　　　　　　　　あざみのように<br />　　　　　　　　　　経験を急ぐ</span><br /><br /><br />　「<span style="color: rgb(0, 180, 0);">経験を急ぐ</span>」言い得て妙というやつだね。<br />　荒川洋治は、この当時、戦後詩的な規範を拒否し自分の技術を磨き上げてきたけれど、<br />　それを詩論として明確に提示するまでにはもう少しの時間が必要だったのだろう。<br /><br />　つまり、C難度の着地をすべき着地点を確立してはいなかったのかもしれない。<br /><br />　「<span style="color: rgb(0, 180, 0);">わが説諭は今日もかけらのまま、ひとり充填に渇く</span>」というのは、<br />　未完成で十全ではないから、完成させようと焦るぜ！、ということだ。<br />　だから、ソバ屋の出前みたいに「今出るところです、とかいいながらまだ出ていない」という...。<br /><br />　「キルギス錐情」の終わりは<br />　　　　　　　　　　<span style="color: rgb(0, 180, 0);">すべてがたしかめられるだけだ</span><br /><br />　...と、筆を置いている。<br />　自分の表現を「<b>世に問う</b>」という決然たる姿勢が見て取れる。<br /><br /><br /><img alt="sophia01.gif" src="http://mediaxross.net/blog/gazou01/sophia01.gif" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" height="429" width="450" />　上は、「ソフィア補填」の終わりの部分です。<br /><br />　ジョングルール（仏 jongleur）というのは､一般的には大道芸人、少し上等になると吟遊詩人という意味も含む。ここでは、パロールを表象しているだろう。ロゴスとパロールの時代の風は枯れた（象徴的な言葉使いで､誤用ではない）が、ふりむいてホッとするそのことこそ、これからの時代の方向性なのだと。<br /><br />そして、<br /><br />　　　　　　<span style="color: rgb(0, 180, 0);">私は鎮めるものも、また鎮まるものももたない、ほとばしる問いも背景をもたない。</span><br /><br />　明らかに入沢康夫の「わが出雲、<span style="font-weight: bold;">わが鎮魂</span>」を受けている。<br />　簡単に言ってしまえば、<br />　ゲニウス・ロキの幻想も持たないし、<br />　政治青年であった私のような「ほとばしる問いも背景も」<br />　...持たない、と。<br /><br />　何を、このやろう！と思う、いってみれば居直りなのだけれども、<br />　荒川技術論の出発点を宣言している、ということになろう。<br />　隠れて国家公務員試験勉強に邁進していた連中よりはマシだと許す。<br /><br />　私は、いわば大きな物語に連なる状況的経験を経たことにより、<br />　戦後詩的な「荒地」に長い間留まりすぎたのだと思う。<br /><br />　やはり、1969年には彼とは出会わない、行き違いになるものがあるのだな。<br /><br /><br />　「白い批評」というのは、文字がないということで、無意味な批評ということなのだろう。<br />　そして、最後の二行が面白いね。<br /><br />　これは第１連の「<span style="color: rgb(0, 180, 0);">狼と鈴の疲れがつりあうゆうべ。</span>」というのを受けていることばだ。<br />　これは、どういう寓意を持っているのか、考える必要もない。<br />　初めから、「意味の文学」をしているわけではないから。<br /><br />　寓意を感じているのはわたしの感受性。<br />　この詩はどうとでも読まれていいように書いてあるのだ。<br /><br /></div><div>　それで、私が自分の世界に引きつけて寓意を与えてみる。<br />　「狼」というと、私にはトリスタン･ツァラの「狼が水を飲むところ」を連想する。<br />　<br />　サミュエル・ロゼンストックというルーマニア人が、<br />　トリスタン･ツァラ（故国にあって悲しき）というペンネームをもって母国エクソダスをして、<br />　フランスに渡り､「果てなき越境者」として生きる。<br /><br />　ツァラのフランス語は、その異邦的異性体的響きを帯びて、<br />　A・ブルトンを初めとするフランスのシュルレアリストたちに啓示を与える。<br /><br />　ツァラは、<br />「<span style="color: rgb(255, 33, 102);">われわれに必要なのは、強靱で､直截で､的確で、かつ永久に理解されることのない作品である</span>」<br />　とダダ宣言をする。<br /><br />　これはまさに、軟弱であいまいな言語表現をかみ殺す狼だ。<br />　鈴をつけて放たなければ、既成秩序はパニックを起こすだろう......<br />　<br />　<span style="color: rgb(0, 180, 0);">うっとうしい日曜日一週間の血の沸騰にかぶせられた蓋　とりもどされたかれ自身の内部に落とされた　かれの筋肉のうえにうずくまる重み<br />　鐘は理由なく鳴りわれわれもまた<br />　理由なく鐘を鳴らせわれわれもまた<br />　われわれは　われわれが鐘といっしょにわれわれのうちに鳴らすだろう鎖の音を楽しむ</span><br /><br　 />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　『近似的人間』より<br /><br />　狼が獲物を狙って疾駆すれば、鈴は警鐘のごとく響き渡るだろう。<br />　そして、</br　>「<span style="color: rgb(0, 180, 0);">狼と鈴の疲れがつりあうゆうべ。</span>」が訪れる。<br /><br />　不用意な批評をすれば、キバをむいて反撃をするのだ。<br />　と、取るに足りない白い批評に過ぎなかったのだが、<br />　間違えて、キバを剥き襲いかかってしまったぜ！<br /><br />　...とまあ、こんな情景を思い浮かべるのだ。<br /><br />　わたしの見立てでは、この「娼婦論」は、<br /><br />　その言葉の化学変化を堀川正美から学び、<br />　その詩的構成の仕方を吉増剛造から学び、<br /><br />　換骨奪胎、見事に窯変させている、という感触を持つな。<br /><br />　<br /><br　 />　<br /></br　></div>]]>
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    <title>荒川洋治、詩のことば･技術・私 (1) </title>
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    <published>2012-04-08T11:54:58Z</published>
    <updated>2012-04-21T03:11:41Z</updated>

    <summary>　私は荒川洋治の詩を、ほとんど読んでいない。1969年の騒乱に関わっていたこともあり、その状況を傍目に、「娼婦論」という詩集を書いてデビューした文芸の徒を快く思うことはなかった。荒川洋治はずっと若い時...</summary>
    <author>
        <name>小林由典</name>
        
    </author>
    
        <category term="003_批評･評論" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="荒川洋治" label="荒川洋治" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://mediaxross.net/blog/">
        <![CDATA[　私は荒川洋治の詩を、ほとんど読んでいない。1969年の騒乱に関わっていたこともあり、その状況を傍目に、「娼婦論」という詩集を書いてデビューした文芸の徒を快く思うことはなかった。荒川洋治はずっと若い時分から詩を書いていたようで、詩のジャンルで有名人になることを志して早稲田に入ったそうなので、心構えからして全然違っているのだね。私は文学青年ではなく行動者だったから。<br /><br /><br /> ]]>
        <![CDATA[　今回、取り上げるのは荒川の「技術の威嚇」（1977.10）から10年ほどたって、その後の反響･反論も含めて、彼自身が語ったものの要約的な抜粋だ。<br /><br />　その前に前回、はからずも三好達治の名前を出してしまったが、その背景をまず説明しておく。<br />　大岡信の第一詩集『記憶と現在』の中の「六月」について、三好達治は次のように批判した。<br /><br />　<span style="color: rgb(0, 128, 0);">国文畑の出身と聞く作者が、「鳥たち」「花々」などといふのは、もと、<b>変てこな語感</b>に違いない。<br />　意味のアイマイなだけ、音調においてはするすると滑りのよい、それらの比喩、...<br />　それらは、かんじんの<b>「詩」の犠牲に於て</b>、その「突貫工事」を突貫しようとするのであらうかと...</span><br /><br />　和漢の古典に対する素養では当節第一人者であり、「四季」派を代表する詩人三好達治の言葉に関する指摘は厳しい。要するに、言語感覚が鋭いか､鈍いかの問題だね。<br />　詩は基本的には、言葉の芸術、あるいは芸（あるいは技術）という面をもっていますから、<br />　言葉づかいが変てこでは詩以前の問題だ、ということです。<br /><br /><br />　それで、荒川ですが「技術の威嚇」という勇ましい言葉で彼は、何を伝えたかったのだろう。<br /><br />　<span style="color: rgb(0, 128, 0);">なぜ技術かといいますと、当時は<b>あいまいな意味の詩</b>がぼくらをとりまいていた。<br />　意味というものは調子にのりすぎるとさまざまな価値の幻想を生みやすいもので、<br />　それが僕には耐えられなかった。<br />　ムーディーな形で意味の取引が行われていて、<b>技術的な苦しみを経ていない</b>、<br />　...という事情は今も同じかと思う。<br /><br />　技術は詩に二つの働きをする。<br /><br />　一つは書き手の外側と<br />　もう一つは､内側と、関わる。<br />　<b>読み手に伝えるため</b>、と<br />　<b>表現に正確さをきするため</b>、という二つです。<br /><br />　とくに後者の<b>「内」技術は表現者にとってはおろそかにできないこと</b>ですが、<br />　このあたりが実にいいかげんだという印象があった。<br /><br />　自分の技術、表現力がどの程度のものであるかということはあらためて知らされもせずに<br />詩が書かれ読まれ流通していく。<br />　オンチのカラオケを毎晩きかされるようなもので、コトバのオンチでは詩は困るわけでして。<br /><br />　まず<b>ことばの生理</b>を知らなくてはならない。<br />　例えばどんな言葉にもその時点における質量がある。<br />　概念というか、ことばのそれは時々刻々とグラム単位で変化しているわけですね。<br />　そこをつねに計算に入れておかなくてはならない。それがことばというものです。<br />　<br />　あと、このAということばにBということばを続ければ意味</span><span style="color: rgb(0, 128, 0);">合い</span><span style="color: rgb(0, 128, 0);">色合いはどうなるか、<br />　どんな温度変化をきたすかというような展開（感覚）、<br />　行間の化学変化にも当然つよくならなくてはならない。<br />　もちろん作者は、これを一瞬のうちに、書きながらはじき出していく。<br /><br />　こうした<b>生理、化学的な（変化や反応に対する）判断力が表現そのものを吟味し引き締める</b>ことになる。<br /><br />　...というところで、ことばが<b>客観的</b>に動き出し、<b>批評性</b>というものが出てくるんで、<br />　詩で批評を書けば詩の批評性が表れるというのは、考えとして甚だ甘いわけです。<br />　批評性をスローガンにした現代詩は、<br />　まず意識が先行し科学計算をおこたりますから平板な叙情詩になってしまう。<br />　彼らがもっとも嫌っているはずの「文学的なもの」になっているという悲劇がおこる。<br /><br />　...こう言ってもその人達は気づかないかもしれないが。<br /><br /><br />　もうひとつ、叙情詩が書かれてしまうのは<b>「私」が固定化しているため</b>です。<br />　批評性というのは、<b>「私」を <i>ときどき</i> 越えられるかどうか</b>ということであって、<br />　「私」を拡充したり抽象したりということをやってくれなければ、私小説になっちゃうわけです。<br /><br />　日本の詩人はおしまいまでたった一個の「私」でやりとおす。<br />　そこがマジメでいいというけど、どうか。<br />　「私」をひと所にかこって安住するだけでは批評の詩は書けないですね。<br /><br />　技術は詩にとって全身的なもの。<br />　うまいとかへたとかね、そういうレベルのことではない。<br /><br />　ひとつの<b>言葉</b>を、どう<b>いま</b>とらえるかで状況的になり、<br />　<b>技術</b>をどのレベルで使うかでも状況的になり、<br />　どのような<b>「私」</b>で語り出すかでも状況的になるということで、<br />　...批評のネタがいちばん集まる場所であるわけで、<br /><br />　「詩は技術ではない」と反射的に返してくる人たちの多くは､<br />　批評を志さない人というふうに言い切っていいと思います。<br /><br />　従来の詩へのぼくの最大の不満は、<br />　狭くしているのはうまいが、広くしていくのは下手だ、<br />　...ということでしょうか。<br />　<br />　「私」の抽象や拡充とかという自分を越えた場所では腰が弱くて、何もできないということがある。<br />　今の詩には「私」の数が足りないですよ。工夫もない。<br />　技術は広くするために使われるものであって、うまいとかヘタとかの問題ではない。<br /><br /></span>　ここまでを前半として、若干コメントだけをしておく。<br /><br />　「<span style="color: rgb(0, 128, 0);">自分の技術、表現力がどの程度のものであるかということはあらためて知らされもせず</span>」<br />　詩の世界が、妙に情実と寛容で廻っていることを何度か指摘しているけれど、その結果だ。<br /><br />　「私」を対象化して、批評意識を介在させつつ表現者として言葉を選択するならば、<br />　自分の技量を過信することも､過小に卑下することもないはずだけど...<br /><br />　作品を読んで、何らかの<span style="color: rgb(0, 128, 0);"><b>変てこな</b></span>違和感を感じ、ついつい批評意識が起動してしまう場合、<br />　その<b>詩がどこかで生煮え</b>で味わう以前に、どこが生煮えなのか詮索してしまうからだろう。<br />　それで、言わずもがなだとは思うのだけれど、その違和感をまず表明することになってしまう。<br /><br />　些細なことだけれども、指摘せずにはいられないのは、私があまり寛容ではないのかという気分がつきまとっていたのだけれど、<br />　「<span style="color: rgb(0, 128, 0);"><b>技術は表現者にとってはおろそかにできないこと</b></span>」だという荒川の言を読みわが意を得た、<br />　と胸がすく思いです。私は､お節介な添削をするつもりはないのだナ。言わずにおれないわけ。<br /><br />　吉増剛造の『オシリス、石の神』をじっくり読みはじめたのだけれど、<br />　あれだけ長い詩を書いていても、一言半句もゆるがせにしているところがない、ということに驚く。<br />　<br />　それでいて、あらゆる規範からまったく自由自在に言葉を繰り出しているように感じる。<br /><br />　<br /><img alt="ema.gif" src="http://mediaxross.net/blog/gazou01/ema.gif" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" height="434" width="500" />詩集『熱風』より、「絵馬」<br /><br /><br /><img alt="hirara.gif" src="http://mediaxross.net/blog/gazou01/hirara.gif" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" height="239" width="200" /><br /><br /><div>左は、吉増剛造詩集『緑の都市、かがやく銀』から<br /><br />「ひら、ら」です。<br /></div><div><br />この（　かっこも、句読点の位置も、空白行も、<br />作品の一回限りの定型性の中で<br />なにひとつゆるがせにできないほど、<br />その作品の「法」にかなっているからにちがいない、<br />...と<br /><br />朝吹亮二は解説しています。<br /><br /><br /><br /><br />　優れた詩人の優れた作品というのは、余計な批評意識が入り込む隙間など見あたらない。<br />　そういうすぐれた詩を読み、自分と比較してみれば、自分の力量がどの程度なのか思い知らされるのではないかな。<br /><br /><br />　次に、「私」の問題ですけれど、首尾一貫した「私」を保持している表現者というのは、<br />　よほどハッピーな人に違いない。<br /><br />　石部金吉のような凝り固まってしまった石頭の人でなければ、そういうまねはできないだろう。<br />　そんな人は詩なんぞとは無縁のひとのはずだけどね。<br />　ペンネームは不動巌とかいうんじゃないの。<br /><br /><br />　そして、狭くすることで詩を書いている人たちの存在だね。<br />　私が四畳半詩と呼んでいるやつで、その狭い世界に限定して、<br />　些細な事象に拘泥し、ルーペで覗くような視線で、<br />　手慣れた筆致でそつなくこなす人が少なくない。<br /><br />　それで、私のような詩を世界が広すぎる、などと大ボラ吹きであるかのように批評するのだな。<br /><br />　内面を外界に接触させる面積を少なくすることで、外部との緊張関係を避けようとする。<br />　自己完結的な詩というのは、「私」を囲いすぎて、内的な批評性を失うだけでなく、<br />　外部からの批評にも背を向ける、という不毛な詩作態度なのだと思う。<br /><br />　むしろ、外部との緊張関係をいかにつくり出していくかが、<br />　今日的な課題として問われているのだね。<br /><br /><br />　<br /></div>]]>
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    <title>吉増剛造「オシリス、石の神」</title>
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    <published>2012-04-06T13:59:37Z</published>
    <updated>2012-04-07T15:15:50Z</updated>

    <summary>　入沢康夫「わが出雲・わが鎮魂」は1968年に発表された。「オシリス、石の神」はそれから16年後に出版されている。入沢の「さみなしにあはれ」は、言語のシャーマンたる吉増剛造においては、どのような受け止...</summary>
    <author>
        <name>小林由典</name>
        
    </author>
    
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://mediaxross.net/blog/">
        　入沢康夫「わが出雲・わが鎮魂」は1968年に発表された。「オシリス、石の神」はそれから16年後に出版されている。入沢の「さみなしにあはれ」は、言語のシャーマンたる吉増剛造においては、どのような受け止め方がなされているのだろうか。 
        <![CDATA[　吉田文憲は「さみなしにあはれ」の変奏された響きを、「オシリス、石の神」に見いだす。<br />　<br />　はじめに、吉増の詩を抜粋して、紹介しておこう<br />　冒頭の部分から。<br />　舞台は大和路である。そこに、古代エジプト人が立ち現れてくる。<br /><br /><a href="http://mediaxross.net/blog/assets_c/2012/04/osiris01-299.html" onclick="window.open('http://mediaxross.net/blog/assets_c/2012/04/osiris01-299.html','popup','width=380,height=456,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://mediaxross.net/blog/assets_c/2012/04/osiris01-thumb-300x360-299.gif" alt="osiris01.gif" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" height="360" width="300" /></a><br />　次は、中ほどの6行と、左半分の２連は終わりの部分である。<br />　<img alt="osiris2.gif" src="http://mediaxross.net/blog/gazou01/osiris2.gif" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" height="330" width="350" /><br />　面白いね。<br />　放蕩息子によって、<br />　老夫婦が死後に行くはずだった墓を売り飛ばされてしまった、と。<br /><br />　でも、この親は「<span style="color: rgb(0, 180, 0);">死後ニ行ク処ガナクトモ、モオ、イイノデス</span>」と、悲しんではいなかった。<br />　カタカナ語世界が中心になっているので、漢字とカタカナで書かれており、浮遊する感じがある。<br /><br />　オシリスは古代エジプト神話の神で、いちど弟に殺害され、妹によってミイラとして復活する。<br />　やがて妹を通じて息子のホルスを後見して王権を奪還し、自らは冥府を司る神として君臨する。<br />　この形式は、琉球弧の「おぼつかぐら」と同じ王権構造をもっているね。<br /><br />　神の死と復活は、植物の枯死と芽吹きを象徴するものらしい。オシリスは葉緑素の色をしている。<br /><br /><br />　放蕩息子とは何か？<br /><br />　それは、いわゆる詩的言語を蕩尽した歴史的現代詩の詩人たちのことではないだろうか。<br />　何度も触れるが、鮎川信夫と鈴木志郎康の対談の中で、鈴木志郎康が本音を漏らしている。<br />　<span style="color: rgb(255, 33, 102);">男が採り上げようとするものは、みんな言われ尽くしてきた。</span><br /><br />　たしかに、私も色々な実験詩を書いているけれど、後になってたとえば「わが出雲」のように、先輩詩人がすでにやってきたことばかり、ということに次第に気づいてくる。<br />　女性詩であれば、恋愛感情に纏わることは、和歌の伝統の中で詠われ尽くされた観がある。<br /><br />　これまで述べてきたように、現代詩は伝統的詩歌を捨てたところから始まり、<br />　音律も抒情も意味もと､徹底的に切り捨ててきて、根なし草として<b>浮遊している状態</b>に突入した。<br />　表現の根拠となるはずのものを徹底的に切り売り、売り尽くしを試み、<br />　とうとう詩語あるいは文学的なるものそれ自体を売り尽くしてしまう事態に至ったということだろう。<br /><br />　死後に行くはずだった墓を売ってしまったというのは、詩が詩語あるいは文学そのものを捨てた、<br />　...という80年代の状況を寓意的に指していると考えられる。<br /><br />　瀬尾育生の『われわれ自身である寓意―詩は死んだ、詩作せよ』（思潮社1991/07）を想い出す。<br /><div>　わたしがこれからまさにとり上げようとしている80年代から90年代にかけての現代詩の特長を、<br />　隠喩から寓意へと捉え、〈詩の死〉と〈詩の再生〉が展望されている。<br />　<br /></div><div>　「無名にして共同の」という鮎川信夫的隠喩は、大きな物語の解体と共に有効性を失い、<br />　「わが出雲・わが鎮魂」や「オシリス、石の神」のような寓話的全体喩が出現してきた。<br /><br /><br />　少し目を転じてみよう。<br />　1986年の『現代詩手帖』を見ると...、<br />　投稿欄の批評を佐々木幹郎／稲川方人／荒川洋治の合評で行っている。<br />　読んでみると、いかにも詩的な言葉使いを「文学になってしまう」と否定していることに、驚いた。<br /><br />　この場合の文学とは、私が若干の侮蔑を含んで使う「文芸」という言葉と同じであるようなのだ。<br />　おおやってくれてるな、と喜びつつ、いつから文学否定が正当になったのか、と考えざるを得ない。<br /><br />　それはこの次の話題として、オシリスに戻って、<br />　「<span style="color: rgb(0, 180, 0);">死後ニ行ク処ガナクトモ、モオ、イイノデス</span>」というのはどういう意味かというと、<br />　「再生するから、もう､いいのです」ということになるだろう。<br /><br />　どのように再生していくのか？<br />　現代詩の世界に戻るに際して、私は谷川俊太郎や吉増剛造を買い求めて読んでみたので、<br />　割り注だらけの吉増詩のスタイルや、谷川の言うアノニマスな詩というものに注目したけれど、<br />　人それぞれの再生があるはずだと思う。<br /><br />　吉田文憲は「オシリス」をどのように了解したのだろう。<br /></div><div><br /></div><div>　<span style="color: rgb(0, 128, 0);">吉増剛造が、大和から、その影の国ともいうべき熊野を舞台に詩を書き始め、その歩行をはじめようとしていることは、むろん偶然のことではない。<br />　あきらかに詩人は、われわれの「詩の端緒の地」、原（ウル）・トポスともいうべき場所へむけて遡行しようとしているのであり、その途上でふと「オシリス神話」を幻想し、<br /><br />　　　　　<span style="color: rgb(0, 180, 0);">死後ニ行ク処ガナクトモ、モオ、イイノデス</span></span></div><div><br />　と、呟いてしまうのだ。<br /><br />　（ゲニウス・ロキの幻想からの覚醒、そして詩作者自身のオリジナリティ幻想からの覚醒）はもはや自明の前提となっており、<br /><br />　<span style="color: rgb(0, 128, 0);">『オシリス、石の神』という詩集を読んでわれわれが強く励まされるのは、そこでは...<br /><br />　詩人自身にもはや<b>いかなる特権的な場所もなく</b>、<br />　詩人もまた風俗や風景と共揺れを起こすことによって、<br />　自らもその一断片と化しながら、<br />　そのエクリチュールは日本語の「意味と音」の両方から、<br />　その<b>両義的な場所の可能性を</b>精一杯揺さぶり<b>開こうとつとめ</b>ていることである。<br /><br />　ゆれ動く意味と音のテキスト...このことは、この詩集に関してはどんなに強調しても、<br />　強調しすぎることはない。</span><br /><br />　<br />　それで、現代詩は、私たちのエクリチュールの可能性は､どの辺に見いだせばよいのだろうか？<br />　<br />　われわれはもはや、土地や地名の喚起力、つまりゲニウス・ロキの破壊された場所に、<br />　自らも破壊された一断片としてそこに佇んでいるらしい。吉田文憲は次のように、述べる。<br /><br />　<span style="color: rgb(0, 128, 0);">（詩作者の）根拠自体のさまよいを生きる...それがわれわれの詩を書く場所だ、といってもよい。<br />　浮遊する空箱、浮遊するスクリーン、浮遊する磁場、浮遊する結界、となづけてもいい。<br />　ようするに、われわれのエクリチュールは「さみなし」という空虚な場所それ自体を、<br />　われわれの詩意識の生成し明滅する場所としながら、<br />　詩人主体に就くことの幻想からも、<br />　作品それ自体に就くことの幻想からも、<br />　ともに追放（解放？）されて、<br />　なお「端緒なき端緒の地」をさまよい続けなければならない。<br />　われわれの詩はいまそういう未知の領域まで、きてしまったのだ。</span><br /><br />　...ということらしい。<br />　どうも、吉田文憲も、「新選・入沢康夫詩集」で優れた解説をしている清水徹も、ドゥルーズからジャックデリダに至るフランス思想を批評の武器として、解説しているようだね。<br /><br />　両義的、共揺れ、端緒なき端緒、などという捉えかたがまさにそうなのだけれど、<br />　私に言わせれば、<br /><br />　端緒なき端緒などではなく、それこそが端緒なのだということになるね。<br />　私は以前に、ジャン・パゼーヌの現代絵画論を引き合いに出して､現代詩を語ったけれど、<br />　そもそもの出発点は、「私とは何か」から始まっており、<br />　超越論的自我は深般若波羅蜜多であり、<br />　端緒は五蘊皆空なのであり、端緒なき端緒などと気取る必要はない。<br />　両義的なのではなく両極の階調であり、陰極まって陽となる、メビウスの輪なのだ、<br /><br />　...ということになる。<br /><br />　詩というのは、一作ごとに未知の領域に遊撃してゆく行為となる。<br />　したがって、突撃していく領域により、表現形式も言葉も変わるし、<br />　私という主体は、ときに成巫し、時に現代的感性を帯び、東北を舞台にイタコの口寄せをしたり、<br />　と変化（へんげ）する。<br /><br />　それではまさにカメレオンじゃないか、ということなのだけれど、<br />　80年代の詩的状況は、まさにそういうことだった、と。<br />　順を追って、取り上げていこうと思う。<br /><br />　それで、「オシリス、石の神」で、私がよくわからないけど、<br />　何となく分かったような気になってしまうところがある。<br /><br />　<span style="color: rgb(0, 180, 0);">死後ニ行ク処ガナクトモ、モオ、イイノデス　ソシテ<br />　<b>ワタシノナカノミチヲ岩盤ニソッテ</b>、歩イテ行ッタノダッタ。</span><br />　<br />　この部分の表現はもはや古代エジプト人夫婦の声ではなく、作者である吉増剛造の発話として、<br />　記されているということだ。<br /><br />　そこに注目してみると、<br /><br />　<span style="color: rgb(0, 180, 0);">薄イムラサキノブラウスダッタ。</span><br />　<span style="color: rgb(255, 33, 102);">美しい山。<br /><br />　私は語り手なのだろうか。</span><span style="color: rgb(0, 180, 0);">座席ニ座ッテ、（二上山駅<br />ノ木製ベンチ</span><span style="color: rgb(255, 33, 102);">に、腰掛けていた） 私？　（あるいは誰か<br />が） 座っている姿は誰？</span><br /><br />　この部分だけれど、私が先日書いた『ＡＧＡＰＥ　無上の愛』の、主体遷移に似ている気がする。<br /><br />　私という発話者は、最初に口上を述べ、次にウグイス嬢にのり移り、つぎにイタコの口寄せをして、最後に作者たる発話者に戻る、というふうに変化しているのだけど、それを理解していただくために「<span style="font-weight: bold;">口寄せる</span>　この大乗譜」というキーワードを示して､エンディングをむかえている。<br /><br />　上の､吉増の表現は、ピンクの部分が作者たる発話者であり、グリーンのカタカナ文部分はシャーマン剛造の発語として共揺れを表していよう。<br /><br />　さすがに、吉増剛造はカタカナ文とひらがな文とに分けて、明確に意図を示しているね。<br />　私は、イタコ的に乗り移るままに書いてしまって、最後にキーワードを置いて覚醒している。<br /><br />　なんと、またしても目の上のタンコブである60年代詩人の先達にしてやられているのだなァ。<br />　40年も文学そのものから離れていたギャップは大きすぎる、ね。<br />　ガッカリのカリ（って、志郎康さんの詩にあったな）。くそっ！<br /><br />　あ、忘れていました。<br />　<span style="color: rgb(0, 180, 0);"><b>ワタシノナカノミチヲ岩盤ニソッテ</b>、歩イテ行ッタ</span><br /><br />　もうすこし、「オシリス、石の神」を読み込まないといけない。斜め読みしただけなので...。<br /><br /></div>]]>
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    <title>社会的な存在としての詩</title>
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    <published>2012-04-04T15:02:21Z</published>
    <updated>2012-04-05T04:07:52Z</updated>

    <summary>　今日的な詩の世界に入ってゆくにあたり、戦後詩の大切なメッセージを再確認しておきたい。　それが、今回のタイトルの意味である。　 ...</summary>
    <author>
        <name>小林由典</name>
        
    </author>
    
        <category term="003_批評･評論" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="北川透" label="北川透" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://mediaxross.net/blog/">
        <![CDATA[　今日的な詩の世界に入ってゆくにあたり、戦後詩の大切なメッセージを再確認しておきたい。<br />　それが、今回のタイトルの意味である。<br />　<br /><br /> ]]>
        <![CDATA[「弱者犠牲で成り立つ人間社会（2）」で、鮎川信夫と鈴木志郎康の対談を載せましたが、鮎川の功績として評価されることのひとつが「<b>詩を読者から、あるいは社会から孤立させまいとした</b>こと」<br />　...にあるということです。<br /><br />　北川透は「体験的規範の解体」の中で、次のように書いている。<br /><br />　<span style="color: rgb(0, 128, 0);">詩が徹底して個の深みに根ざすことが、同時に社会的に存在しうる方途であること、<br />　...が、戦後詩－－そのひとつの代表としての「荒地」においても、追求されたのだと思う。<br /><br />　詩は孤立することによって、社会的な存在価値を問われなくてすむ。<br />　他者やジャンルを超えた異質なものの眼によって、批判もされなければ､選択もされない、<br />　...ということだろう。<br /><br />　読者の関心を失い、詩を書く人が同時に詩を読む人でしかない､自閉的なところに陥りつつあることを危惧しているのである。<br /><br />　現代詩が社会的に存在するためには、それが個的な契機に拠りながらも、現在－－現代を課題にするということが不可欠だろう。それをわたしは詩や詩論のレベルだけでなく、同人誌などの詩的メディアのレベルでも、様々な場所で問題にしてきた。<br /></span><br />　<br />　戦後詩が終焉を迎え、大きな物語が消滅し、<br />　その後の詩は戦前の「四季」派のアンシャン･レジュームであってはならないのは当然だが、<br />　ポストモダニズムの意匠をもって戦前のモダニズムが内在していた決定的な欠陥である、<br />　「社会的連関の欠如」まで、無自覚に復活させるべきではない。<br /><br />　再び、北川透の言葉をたどってみよう。<br /><br />　<span style="color: rgb(0, 128, 0);">体験や経験という語が、詩を成立させる重要な概念として､登場したのは、戦後詩においてである。<br />　戦前においては、萩原朔太郎にしても、西脇順三郎にしても、その他のモダニズム派、プロレタリア詩派、そして「四季」派の詩人の詩論においても、こうした概念はまったく意味を持っていない。<br /><br />　いわば、戦後詩は体験を不可欠な要素として成立した世界である、と言ってもよい。<br /><br />　それでは、戦後詩の体験の論理は、何を核心にして成立していたのであろう。<br />　わたしは、それが「疎外された心情」というものでなかったか、と思う。</span><br /><br />　現代文明、現代社会が発展するほど、それを生み出してきた人間が社会から疎外されることを、<br />　私たちは今、否応なしに身に染みて感じているはずだ。<br /><br />　わたしはIT技術職にあったせいで、情報技術がとんでもない歪んだ社会をつくり出している」現実<br />　...を､戦慄を以て直視している。<br /><br />　けれども、大多数の人は、今の社会がどうなっているのか、<br />　痴呆症の如くにしか見ることができないでいる。<br />　すでにはるか遠く、社会から脱落していることに気づいていないのだね。<br /><br />　でなければ、このたいへん危機的な社会状況の出現を前にして、<br />　牧歌的田園詩あるいは万葉的花鳥風月詠、あるいは<br />　内閉的自意識の円環で自己充足している詩を、のほほんと書いていることはできないだろう。<br /><br />　そのような大状況でなくとも、時々報道される孤独死を、<br />　たまたま発生した偶発事故的悲劇としか思えず、<br />　自らの表現が問われているのだ、という認識も起こらない「終わった人」でしかないのだ、ね。<br /><br />　この日常性のただ中に、密かに進行している地獄を見出すことのできない感性では、<br />　意味のある、価値のある表現など、生み出すことはおぼつかないだろう。<br />　戦後詩の世界からの、苦言的メッセージであると、心したい。<br />　<br />]]>
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    <title>テーマなき默説法あるいは無説詩</title>
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    <published>2012-04-04T13:42:32Z</published>
    <updated>2012-04-14T02:49:29Z</updated>

    <summary>　80年代半ばに鈴木志郎康が認識したのは、（当時の）若い詩人たちは、詩や書き言葉の形で表そうとすると、モチーフやテーマというものが消えてなくなってしまうという状況だと。　言いかえれば、他者に何かを伝え...</summary>
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        <name>小林由典</name>
        
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        <category term="003_批評･評論" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="默説法" label="默説法" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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        <![CDATA[　80年代半ばに鈴木志郎康が認識したのは、（当時の）若い詩人たちは、詩や書き言葉の形で表そうとすると、モチーフやテーマというものが消えてなくなってしまうという状況だと。<br />　言いかえれば、他者に何かを伝えようとすると、書くことがなくなる、ただ書きたいという意欲だけが残ってくる、ということらしい。<br />]]>
        <![CDATA[　そのような状況にあっては、どのような詩が生まれてくるのかといえば、それが「私詩」ということなのだろう。<br /><br />　それで、鈴木志郎康が言うには、<br /><span style="color: rgb(0, 128, 0);">「<b>言葉の出し方が、自分の性格や生理や環境に応じていて</b>、<b>言葉の配列の仕方も自分の気分や好みに従うにしかすぎない</b>」</span>と。<br />　それで、<br /><span style="color: rgb(0, 128, 0);">「まあ、一種の排泄物みたいなものですから、それを受け止めてもどうしようもないところがある。そういう意味ではすごく孤独ですね」</span>ということになるそうです。<br /><br /><br />　私が上の言葉を引用しながら思い浮かべていたのは、『ユタ』誌の石井真也子さんの詩ですね。<br /><br /><br /><img alt="maya01.gif" src="http://mediaxross.net/blog/gazou01/maya01.gif" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" height="445" width="505" /><img alt="maya02.gif" src="http://mediaxross.net/blog/gazou01/maya02.gif" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" height="302" width="430" /><div>　この詩には石井さんの詩の特長がよく現れているように思う。<br />　読んでいると、隔靴掻痒のような苛立ちを覚えてしまうのだね。<br /><br />　なにか、志郎康さんの言うとおりだなという感じがしてくる。<br />　「<span style="color: rgb(0, 128, 0);">自分の気分や好みに従い、配列された言葉</span>」という肌さわり。<br /><br />　<span style="color: rgb(0, 180, 0);">昔むかしの話を<br />　縁側でねんねのおばあちゃんから昔の話しを聞くのが<br />　すきだった<br />　その縁側で<br />　ライスお菓子を手に持ってその入れ物の<br />　セロハンの色赤、紫、青の紙をいつも</span><br /><br />　たとえば、上記の部分ですが、私が一般的だと思う（＝学校教科書的）書き方にすれば、<br /><br />　昔むかしの話を<br />　ねんねのおばあちゃんから聞くのが<br />　すきだった<br />　縁側で<br />　手にしたライス菓子を包む<br />　赤、紫、青のセロハン紙をいつも<br />　<br /><br />　学校教科書的書き方は、倒置法による語順の変化、という詩的効果が入っている点で、<br />　詩の書き方として最低限のハードルをクリアしているといえるだろう。<br />　無用とも思える重複を避け、「<span style="color: rgb(0, 180, 0);">縁側で</span>」を前半部と後半部のつなぎとして置くことで、<br />　前半部のロケーションを倒置法で受け、後半部の入りの役割をも果たす。<br /><br />　石井さんの書き方は、過去の記憶を想起し、<br />　そのイメジの細部に視点が移動する順序で言葉が繰り出されており、<br />　行分けではあるけれど（詩ではなく）、散文の語順なのだ、という気がするね。<br /><br />　語彙という点では詩の言葉も散文の言葉も、日常の言葉も区別はないけれど、<br />　詩の場合には言葉が「形式として捉えられ、構築されている」わけだ。<br /><br />　<span style="color: rgb(0, 180, 0);">昔むかしの話</span><br />　<span style="color: rgb(0, 180, 0);">昔の話し</span><br /></div><div><br />　<span style="color: rgb(0, 180, 0);">縁側で<br />　</span><span style="color: rgb(0, 180, 0);">その縁側で</span></div><br />　このような重複や送りの不統一とかは推敲不十分なので、詩作の時間がないのだと推察します。<br />　それ以外でも、日本語の使い方としてどうかなというところが目についてしまう。<br />　意味的な言葉使いの詩ですから、詩的な効果が感じられない変な使い方という気がする。<br /><br />　<span style="color: rgb(0, 180, 0);">ライスお菓子</span><br />　というのは、どうかな。お茶菓子、水菓子、餅菓子、ピーナッツ菓子というのは日本語として熟しているけれど、ライス<span style="font-weight: bold;">お</span>菓子というのはねェー...。<br /><br /><br /><span style="color: rgb(0, 180, 0);">　ねんねのおばちゃん示してくれた</span>...<br />　読んでみて、解釈に迷う。<br />　「<span style="color: rgb(0, 180, 0);">おばちゃん<span style="font-weight: bold;">が</span>示してくれた</span>」のか、「<span style="color: rgb(0, 180, 0);">おばちゃん<span style="font-weight: bold;">を</span>示してくれた</span>」のか？<br /><br />　詩を読んだ限りでは、話者である私が、特別にその「<span style="color: rgb(0, 180, 0);">青色</span>」を好んでいるわけだけれど、<br />　わざわざ「<span style="color: rgb(0, 180, 0);">おばちゃん<span style="font-weight: bold;">が</span>示してくれた</span>」というエピソードがあったということなのだろうか。<br />　無用な韜晦さを生んでしまう助詞の省略になっているかと思う。<br /><br /><br />　おっと、どうでもよい重箱の底をつつく前書きになってしまった。詩というのは、こういう細かい違和感があると、日本語がおかしいよ...となってしまって、気持ちが入らなくなるものだね。<br /><br /><br /><br />　さて、石井さんの詩の特長として現れてきているのは文字通り「その<span style="color: rgb(51, 102, 255);">青</span>のために」ということだ。<br /><br />　私がはじめて読んだ詩でも、「北」という１文字に、過剰なほどの思い入れを込めていたようで、<br />　その「北」の意味が、にわかにはほとんど理解できないという詩がありました。<br /><br />　今回の詩では「<span style="color: rgb(51, 102, 255);">青</span>」ということですが、<br />　<br />　その色を捜しながら何年も、風の日も雨の日も彷徨い、明日も彷徨うだろうわけが、<br />　この詩では、とうてい他者には理解できないのではないかな。<br /><br />　特別、個人的な想い出があるのかもしれないけれど、<br />　その執着の由来がまったく示されてはいないようだ。<br />　以前に書いた詩に、先行するものがあるのか、最近の読者である私には分からない。<br /><br /><br />　一般的な話では、<br />　たとえば陶芸家とか画家とか、あるいは染織家といった類の人たちが、<br />　李朝の青磁の青の再現に執念を燃やす、などといった現実的な理由を示すだろう。<br /><br />　そういう現実の、あるいは外部世界の手がかりは一切示されてはいないようだ。<br />　であるならば、<br />　特定のものに結びついた偏執、あるいはフェティシズム、オタク趣味とでもなろうか。<br /><br />　抽象的な青であり、薄くさびしい色だ、ということしか読者には示されない。<br />　特定の色に対する強い執着を抱いている、ということは伝わってくるのだけれど、<br />　読者は、「で、何を言いたいの？」<br />　...ということにしかならないのではないだろうか。<br />　自意識の円環の中で、自己充足している言語表現、という印象を受ける。<br /><br />　これはとても默説法とも言えないね。無説詩なのだといってよいだろう。<br /><br />　テーマが存在しないが、話者の色彩的好みの執着は伝わる。<br />　「<span style="color: rgb(0, 128, 0);">それを受け止めてもどうしようもないところがある。そういう意味ではすごく孤独ですね</span>」<br />　...という言い方が、そのまま当てはまっているかと思う。<br /><br />　読者に対する配慮という意味では、清岡卓行が言っていたように、<br />　「どうしても表現不足がある」と申し上げざるを得ないのではないかな。<br />　意味的な詩なのだから。<br /><br /><br />　【 追記 】<br />　例によって、この記事を書いた翌朝、台所で食器を洗っているときだったか、海馬通信が...<br /><br />　<span style="color: rgb(0, 91, 46);">「わたし」は、ねんねのおばあちゃんが好きなのだよ。おばあちゃんの記憶にまとわる､昔話や、<br />　お菓子、その包み紙まで好きなのさ。<br />　それで、そのおばあちゃんのまとっている雰囲気が薄くさびしい青色なのさ。<br /><br />　障子の破れた隙間から<br />　その青をみたきがした<br /><br />　...というのは、障子の破れた風情に、心なしかわびしいものを感じ、それが「薄くさびしい」青を、<br />　連想させたのだろうさ。本当は、眼の錯覚ではなく、さびしさの連想なのではないかな？<br /><br />　「わたし」を可愛がってくれたおばあちゃんが亡くなって、ブラックホールのような空虚な部分が、<br />　心の片隅にできてしまった。<br />　これは、お前の初恋の人が遠くに行ってしまった後の空虚なさびしさと同じじゃないか？<br /><br />　「その<span style="color: rgb(51, 102, 255);">青</span>のために」というのは、<br />　色に対する偏執などではなく、大事な人を失ったさびしさを抱えている、ということなのさ...<br />　だから、その想い出を霧散させたくない、...</span><br />　<br /><br />　ふ～ン、私の頭脳にすんでいる海馬殿は、詩人だね。<br />　私はただの理屈っぽいオジサンだけど、<br />　この海馬君は清岡卓行のような感性をもった詩人ではないか。<br />　これからは、海馬という無粋な一般名詞ではなく、タッコウとでも呼ぶべきかな...。<br /><br />　それにしても、やはり女性詩なのだね。女性性の生理的なものを表に出さない女性詩。<br />　本音をさらけ出さないことがこの作者の美学なのかもしれないけれど、<br />　内面世界を言葉にしていかなければ、きれい事の詩だと誤読されたままになるかもしれないな。<br /><br />　<br />]]>
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