言葉の綾織り・詩と批評
小林由典・詩的世界
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コトバの森乃小径
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004_絵画・音楽など (21)
現代絵画、錯覚視覚効果の面白く深い世界(2)
現代絵画、錯覚視覚効果の面白く深い世界(1)
広角にしてクローズアップ、宮西寛人の絵画まなざし
A.ジャコメッティが一番驚くだろうね
A.Giacometti のDVDを見て(1) 彫刻とは...
ジャコメッティの視覚表現・絶対的距離
藤林叡三の視覚について
ジャコメッティの視覚(3)
十一面千手千眼観音菩薩立像
ジャコメッティの視覚(2) - 言葉の綾織り
最初の一行、最初の一筆から、終わりのない世界へ
アルベルト・ジャコメッティの視線(1)
絵画鑑賞の方法?
俗物口害?
立石大河亜:亀の女王/おんぶガエル
コラボ作品27 火柱立つ生命の海
マックス・エルンスト雑感
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絵画からスタート
伊藤雄人 『記憶』を巡って
抽象画と具象画の間で
003_批評・評論 (28)
庭木を切り倒してシュペルヴィエルを思う
荒川洋治、詩のことば・技術・私 (2)
荒川洋治、詩のことば・技術・私 (1)
吉増剛造「オシリス、石の神」
社会的な存在としての詩
テーマなき默説法あるいは無説詩
自然的感性と現代的感性の差異(2)
自然的感性と現代的感性の差異
弱者犠牲で成り立つ人間社会(2)
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枯れる唇にシングルモルトを(5)
枯れる唇にシングルモルトを(4)
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枯れる唇にシングルモルトを (2)
枯れる唇にシングルモルトを(1)
安東次男「現代詩の展開」をめぐって
修辞的な現在...表現と批評の方法をめぐって(2)
修辞的な現在...表現と批評の方法をめぐって(1)
修辞的な現在...表現と批評の方法をめぐって(1)
田村隆一 ぼくの鎌倉百景 「野原の中には」
堀川正美 『秋』のパロディー顛末記
詩の読み方
秋山公哉「交河故城Ⅱ」追記
『ユネンティダ』(飽浦 敏)の価値(4)
『ユネンティダ』(飽浦 敏)の価値(3)
『ユネンティダ』(飽浦 敏)の価値(2)
『ユネンティダ』(飽浦 敏)の価値(1)
相聞と挽歌のはざまにて
002_詩的定位 (26)
リゾームの諸相と現代詩表現(2)
リゾームの諸相と現代詩表現(1)
ゲニウス・ロキと浮き草と(わが出雲・わが鎮魂)
詩論、批評、詩/詩のテーマ
蒼ざめた馬とデラシネの旗
社会的無関心と自己中思想(2)
社会的無関心と自己中思想(1)
戦後詩から、その意味(6) 列島、第三期の詩人
戦後詩から、その意味(5) 荒地派の出発点
戦後詩から、その意味(4) 戦後詩の状況
戦後詩から、その意味(3)四季派への道
戦後詩から、その意味(2)モダニズム詩とプロレタリア詩
戦後詩から、その意味(1) 戦前詩の潮流
コギトから構造的知へ、世界観のパラダイムシフト(4)
コギトから構造的知へ、世界観のパラダイムシフト(3)
コギトから構造的知へ、世界観のパラダイムシフト(2)
コギトから構造的知へ、世界観のパラダイムシフト(1)
マイケル・ポランニー「暗黙知の次元」(2)
マイケル・ポランニー「暗黙知の次元」(1)
感性、認識、言語
個的な問題から普遍的課題への迷い道(4)
個的な問題から普遍的課題への迷い道(3)
個的な問題から普遍的課題への迷い道(2)
個的な問題から普遍的課題への迷い道(1)
どのような詩を織り込むか?(2)
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001_info/note (41)
鈴木志郎康「極私的現代詩入門」(5)
鈴木志郎康「極私的現代詩入門」(4) 作者と話者
鈴木志郎康「極私的現代詩入門」(3) 言語感覚
鈴木志郎康「極私的現代詩入門」(2) 想像力の金縛り
鈴木志郎康「極私的現代詩入門」(1) 遊ぶこと
パロディ詩「くずし字典」
photo 自然的感性の景色
アクセス解析の設置と旧記事の再掲載
AGAPE この上なき I (愛)
センスと言葉、修辞についての雑感
リズムとルフラン
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ウ○コに値段はあるの?...
野村喜和夫、日本語エクソダス雑感(4) 試みリスト
野村喜和夫、日本語エクソダス雑感(3)さまざまな試み
野村喜和夫、日本語エクソダス雑感(2)日本語の多様な可能性
野村喜和夫、日本語エクソダス雑感(1)日本語の起源
詩人ロープシンとして、テロリストの魂
エセーニン、詩人とその母
飯島耕一 「反默説法」的小説
素朴な「科学信仰」の諸問題
「言葉という思想」(吉本隆明)から
現代詩人のことば・出典解説(2)
現代詩人のことば・出典解説(1)
過去の現代詩と現在的現代詩
巨大堤防(ハード)過信と避難(ソフト)の必要性
西洋文明のほころびと東洋精神のかがやき
「ざこ(3)」 ことばの振る舞い
「ざこ(2)」 ざこの生態
「ざこキャラ」とは...(1) 役がらではない
現代に生きている絵文字を使ってみた
流石の石が断固として断交をする
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ミクロコスモス(小銀河)発見
非具象画と詩の響き合い(2)その方法
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