樹木を伐採するのいつも気分がよくない。大きな樹であればなおさら、その命を奪うという感覚が強くなってくる。先日、懸案事項であった古い棗(なつめ)の木を切り倒した。
そして、昨日吉増剛造の『燃え上がる映画小屋』を読み始めて、引用されているシュペルヴィエルを再読した。
遅ればせながら読んでみた。入沢といい、荒川洋治といい、先入観をもって遠ざけてはいけないな、と痛感する。同級生である荒川に出会うのに、ずいぶん回り道をしたものだ。
私は荒川洋治の詩を、ほとんど読んでいない。1969年の騒乱に関わっていたこともあり、その状況を傍目に、「娼婦論」という詩集を書いてデビューした文芸の徒を快く思うことはなかった。荒川洋治はずっと若い時分から詩を書いていたようで、詩のジャンルで有名人になることを志して早稲田に入ったそうなので、心構えからして全然違っているのだね。私は文学青年ではなく行動者だったから。
入沢康夫「わが出雲・わが鎮魂」は1968年に発表された。「オシリス、石の神」はそれから16年後に出版されている。入沢の「さみなしにあはれ」は、言語のシャーマンたる吉増剛造においては、どのような受け止め方がなされているのだろうか。
今日的な詩の世界に入ってゆくにあたり、戦後詩の大切なメッセージを再確認しておきたい。
それが、今回のタイトルの意味である。
80年代半ばに鈴木志郎康が認識したのは、(当時の)若い詩人たちは、詩や書き言葉の形で表そうとすると、モチーフやテーマというものが消えてなくなってしまうという状況だと。
言いかえれば、他者に何かを伝えようとすると、書くことがなくなる、ただ書きたいという意欲だけが残ってくる、ということらしい。
社会的無関心と自己中心的思考は、現代社会が個人を疎外してゆく度合いを増してゆくにしたがって顕在化してきた社会現象だ。
それに抗うように、同人誌的小集団(スペース指向)現象が、1980年代中頃から全国各地で発生している。これは、どのような意味あいを持っているのだろうか?
前時代の規範を啓蒙的意図で記載するのは今月までにしておきたい。来月から、新年度として私の書きたいことを書いていくことにします。今回は、その分水嶺となるであろうタイトルを選んだ。
タイトルが決まれば、内容は論理的に、倫理的に決定されていくだろう。現在的な私にとって...
大方の大衆は見て見ぬふりをしている、というのは正確ではないかもしれない。
身辺雑事のことにしか興味のない人間が激増している。それが、現在の社会状況だから。
自分のことにしか興味がないという詩を書いている人も少なくない。けれども...
先日テレビを見ていたら、現在の大きな社会問題として、
弱者犠牲の上に成り立っている社会のあり方が問い直されている、という発言を聞いた。
今なぜそれが問題になっているかといえば、民主主義が大衆に浸透してきた結果なのだと。
どうも辛口になってしまう。
正反対のように見えるけれど似たもの同士、の近親憎悪的思考(感情ではない)がはたらくのだろう。
他者に通じることはここまでであり、感覚的特異性や超論理的な部分は容易には伝わり得ないないのだ、と言いたいがためかもしれない。
「誰にだって汚点はある」(『分別の盛り場』奥村真)は、意外なほど素直に自分をさらけ出している詩だった。
引き続いて、二つほど取り上げてみよう。
「達成された高み」と「蝉」と。スタイルが、三者三様なので、奥村の世界を探るのに都合がよいだろう。
ここまで、二回にわたって辛辣に書いてみた。あの頃は、こんな議論は日常茶飯事にすぎなかったからね。
それで、マッチポンプになるけれど、「言い訳」をできないでいる君の代弁をも、しておきたい。
殴って気が済んだので、湿布薬を貼りつけてあげようという善意だな。
前回は、いつの間にか、学生時代に戻ってしまったようだ。
へ理屈というのは、論点のはぐらかしによって成り立つので、
最初から自分は愚か者で・大酒飲み・世間に甘ったれたよだれっくりだなどと、卑下しておけば、
一歩退いて間をとっているために、「正論という綺語・戯論」に切り込まれることもないし、
たとえ「ベルリーンの弁証法」といえども絡め取られる畏れはない、
ということだ。
我が国の近代文学については高校の現代国語でずいぶんと扱われているので、自然主義文学という名の日本的私小説の流行について、知らない人はいないだろう。
自然主義は本来自然科学的な精神と方法とによって人生を客観的に見ていこうというものであったが、科学という分析学で人間を捉えうるという科学信仰の問題を根底に持っている。
自分の日常的生活について詩作者はどういう態度をとっているのか?とチェックをしてみると、それが表現論と深く結びついていることがよく分かる。
谷川俊太郎の例を持ち出すまでもなく、詩で描写された日常生活がすなわち作者の私的生活であると考えることはありがちな誤解なのだといえる。
何かと物議を醸し出した「修辞的な現在」について、吉本隆明の『読書の方法』から遡って、検討しておきます。 戦後詩から現在に至るまでの現代詩の流れを原理的に知る上で、避けては通れないかと思う。
ちょっとした時間待ちのために、古書店で吉本隆明の『読書の方法』を買って読んでいたら、重要と思われる事柄が書いてあり、取り上げることにした。
今回は「修辞的な現在」について、『読書の方法』から遡って、検討しておきます。
「大きな野原が大好きだ」と書いた、田村隆一 『野原の中には』...
自分の感情を素直に吐露した詩として、受け止められるのだろうか?
「そのような直線的なリズムはぼくのこころにはなかった」と書いた田村隆一が!
ひとくちに感動といっても、五感から受け取る感覚に依拠するものから、哲学的世界定位のような識る歓びみたいな形而上学的な感動もある。前者は主として女性性の感動に多く見られ、後者は男性性の思考に多く見られるだろう。
詩の集まりで発表される詩というのは、いわゆる「楽しみで詠み・書き」する詩です。
そのような詩を批評する場合、いわゆる「プロフェッショナルな詩」とは、おのずと扱い方が異なるのかな、と思うようになりました。
追記といっても、元記事はありません。実は現代詩の会で取り上げた『交河故城』(こうがこじょう)という詩の論議の、追記ということなのですけれど...。
例によって、後になって不意に意味が解った、ということで記しておきたく思う。
いろいろな要素が錯綜していることが次第に見えてきましたね。
この詩は『おもろさうし』に視られるオボツカグラの垂直な形成過程をひっくり返して成立している。
では、按司時代に末分化であったニライカナイの水平的形成に対しては、どうなのか?
引用した「おもろさうし」は岩波書店、日本思想体系(外間守善 西郷信綱)ですが、編集方針として元々はほとんどかな文であったものを、漢字仮名交じりに変え、もとの仮名をルビとして振っています。
したがって、ティダはウチナーぐちの発音表記であり、『おもろ』では「てだ」と書いて、発音は「ティダ」ということになります。
今回は首里王府の編纂した神歌集『おもろさうし』をもう少し解説しておきます。
なぜ『おもろさうし』なのかといえば、飽浦さんの詩が『おもろさうし』を基底において、詩的営為が為されている、と推察されるからです。
あわせて、私の興味のひとつである日本語の重層性の基底にある南方言語とその文化を追求する、という意味あいもあります。
『日本現代詩選』第34号 (日本詩人クラブ)から、飽浦(あくら)敏さんの「ユネンティダ」について、少し触れておきたく思う。
なんでも鑑定団の中島誠之助さんふうにいえば、いい仕事をしていますね、と。
偶然目にした短歌集-自歌自注- 『相聞』(短歌新聞社)を取り寄せて読んで、いたく興味を持ちました。
一言で言えば、内面的な豊かさを持っている女性というのは結構いるのだな、と。
「キャー、かわいい」とか「カッコイイ」といった表面形容詞しか発しない今時の女の子とは全然別な人種の女性がいるようです。