伊藤雄人「破壊と再生」

 友人の伊藤雄人画伯が、参加している「自由美術展」において「靉光賞」を受賞した。昨年秋の慶事である。

 人付き合いを好まない私が、いつの間にか37年も付き合っている数少ない飲み友達のひとり。とりあえず、新橋の人気魚料理店で祝杯を年末と正月と2度酌み交わし、互いの感慨を語り合った。

 靉光との接点

...それは35年ほど前に遡る。
 当時、彼が住んでいた鵠沼海岸のお宅に、友人のフリー・ジャズメンとその同級生たちを伴ってお邪魔したことがあった。
 メンバーは私の露文科時代の同級生でアナーキストを自認する赤木憲一(ドラム)とその弟芳夫(アルトサックス)、その同級生の鈴木君(テナーサックス)...バンド名「日本天狗党」...水戸っぽの旗印といってよい。
 この鈴木君はスキンヘッドで、靉光の自画像を真似るのが得意だった。それというのも、彼らの合宿所である赤木家別荘は長野県上田市の塩田平にあり、信濃デッサン館には度々訪れていたからだ。
 この館には村山槐多や立原道造、靉光などの作品が収蔵されている。靉光の自画像も画集などで知っていたようだ。
 
 伊藤宅での雑談のおり、テナーサックスの鈴木君が靉光の自画像のように眉をひそめて、
 「神経質な近代病にならないように、がっちりと全裸の自然にぶつかっていきたい...」
 ...とモノ真似をし、大受けをした。
 そして35年後の新橋で、「あれはよく似てたね...」と、伊藤さんは回想したのだった。

 過去の変遷

 具象画家としてデビューして、「藤林叡三の雰囲気を持った新人が現れた」と評されて新人賞を受賞した伊藤さんだったが、ほどなくして非具象画家としての道を歩むこととなった。

 その最初期の作品は、顕微鏡で見たガン細胞のような世界がキャンバス一面に広がり、所々に旋盤の切り屑のような無機質の破片、とでも言うべきものが散乱しているという印象を受けるものだった。

 無数の細胞様の物体は生命感をもってうごめいており、作者の内なる「情動」のようなものを表していると思えた。
 この基調はその後、隙間空間を生じるという変遷を経ながらも持続してきた。

 それに対して、無機質な異物群は少しずつ形を変えて、次第に異物性を失いアモルファスな物質群という様相を呈してきた。

 そこには、自らの作風の確立という情熱とともに、自己模倣に陥ることを避けようという意図があったのだろう。

 私も招待を受けて自由美術展の会場に行くたびに、遠くからでも一目でそれとわかる伊藤ワールドのキャンバスに目が行くわけで、次第にマンネリズムの気配を感じるようになった。
 と同時に、量的な極大化が質的な変化に転換するという、確かな兆しを感じていたのだった。

 変化の兆し

 その変化は、伊藤さんの南米旅行の後に訪れた。
 最初の変化は基調となっていたガン細胞のような暗赤色系の色が生命感のない緑色になったことだった。
 最初にこの絵を見た時は「失敗作」なのではないか?といぶかったほどだ。
 暗い情熱あるいは盲目的な生命感をもたらしていたのは、じつに暗赤色という色彩の効用だったことを再確認したのだった。
 
 生命感を失った基調の中にあって、鮮やかな朱色が流血のように枝分かれして流れていた。
 これはたぶん、死を暗示しているのだろう。何の死をか?
 それは、これまでの作品の基調であった「情動、あるいは生命感のほとばしり」のようなものの、ではないか...。

 靉光賞受賞

 そして、このたびの受賞作であった。

破壊と再生


 「破壊と再生」というタイトルは、前作と今回の作品という意味があるのだろう。前作が「破壊」を意味するならば、今回は「再生」に力点がおかれている、といってよい。

 伊藤ワールドの基調であった細胞様のセル群は、何かしら象徴性を帯びたオブジェとその周辺物質という感じに一変している。そこには初期のような異物性=対立の構図はなく、なにかしら親和性をもって展開されている。
 この変化を比喩的にいうと、仏陀の説くタンハー(渇き求める)あるいは「肉体の叫び」から、「魂の叫び」へと成熟発展したものと受け止められる。
 
 色彩的にも、赤味が減少され、背景に夕焼けのごとく霧散されている。これは肉体性からの離脱という現在の状況と軌を一にしているだろう。
 つまり、初期における内部と外部との衝突という臨界で湧き上がる、現実へのアンチテーゼ的な情動で描いていたものが、時を経て一定の世界観を成立させたということかと受け止められる。

 

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コメント(1)

 久しぶりに、おたずねいたしました。
在森、昨12月膵臓癌により死亡いたしました。
大量の作品をのこしました。日々その為にその道全くの素人の私が、
まずは画集を作りたく資料作りを初めております。
見識大きい小林さんに何かご意見頂ければときずきました。メールアドレス

chiko97g@gmail.com です。厚かましくも返信頂ければ嬉しく存じます。

これは私的な部分での話なのでアップされないこと望みます。

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この記事について

このページは、小林由典が2017年3月 8日 11:40に書いた記事です。

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