現在詩へのアプローチ(2-3) 巨大な声とは?

詩の言葉に、巨大な声が加担しなくなった。このことは即物的な事実としてさりげなく語られる必要がある>という言い方は、近代(モダン)の終焉と戦後詩の終焉とを包括的に示唆しているのだろう。

 わたしはロゴスと詩を対位法のように行き来しているので、1970年代半ば~80年代半ばの情況として、ポストモダンの隆盛とその終焉ということを想像してしまったのだけれど...。それはすこし先走りにすぎたようだ。我が国では、ようやく戦後詩的なものが退潮していった段階であった、と。

 瀬尾が取り上げたもう一人の作家、ヴォルフガング・ボルヒェルトは1921年生まれで、戦中世代である。なかば脱走兵として病の中で書き上げられた『戸口の外で』(1947)は、すべてが廃墟と化した「ドイツ零年」における記念碑的な作品として、高く評価されている。
                               (『廃墟の文学』-ボルヒェルトとベル-要約)

 ...と紹介すれば、すぐさま連想されるのは「荒地派」の詩人や第一次戦後派の作家たちであろう。

 ところが私は「声」というキーワードにこだわってしまったために、ジャックデリダ『声と現象』やメルロ=ポンティ『知覚の現象学』、丸山圭三郎『生の円環運動』などを読みなおし、ポストモダンの流行と終焉という視点で考えを巡らせていたのだが、それ以前の時代状況だということになるだろう。

 それならば、「討議戦後詩」(1) でオクタビオ・パス『泥の子供たち』を取り上げているのだけれど、我が国の情況という視点から再確認しておくことも無駄ではないかと思う。
 

背後の笑い


 瀬尾育生の論旨を理解するために、論理的な脈絡だけを取り出して、検討していく。

社会の空間と時間を満たしているは、かつてはそれを意味へと翻訳する規範的な体系、ひとつの大言語と鋳合わされていて、詩はこの大言語と逆接する小言語、極小の言語として、大言語に占有されなかったの部分と接続し、これによって力を得る言葉であると信じられてきた。>
<だからその声が自分の耳にほんとうに聴こえなくなったということは、何によって詩を成立させたらよいのかについての手がかりを、詩人たちが最終的に失ってしまったことを意味した。>

 ここで「声」と称されているものは2種類挙げられている。

 (1) 社会の空間と時間を満たしている...共同規範性に属する「声」といってよい。
 (2) 大言語に占有されなかった...個的、あるいは小グループの「声」であろう。

 <その声が自分の耳にほんとうに聴こえなくなった>というのは、(1) なのか(2) なのか、あるいは(1) &(2) なのか、(1) or (2) なのか、と読解力に乏しい私は迷ってしまったのだが、明確な区別がなされず曖昧な説明ではないか。もっと瀬尾の説明をたどってみよう。

<もちろん声などというものがあらかじめ存在していたわけではない。正確に言えば言葉が世界のうねりや揺動を意味のなかにとらえられなくなったとき、そのうねりや揺動は意味の外へ出て差異のないひとつの巨大な声として言葉を取り囲むようになった。>

 この「声」の起源が示されている。

 「言葉が世界のうねりや揺動を意味としてとらえられなくなったとき、そのうねりや揺動じたいがひとつの巨大な声となって、言葉を取り囲む」らしい。

 どうも、デジタルすぎる捉え方であり、現象そのものの記述ではなく、解釈の記述ではないかな。
 「世界のうねりや揺動」を意味としてとらえられなくなる事態がある限界に達するなどということが、わたしには想像しにくい。カネッティがマラケシュを旅したように、自分の住んでいる世界が急に異言語の世界に変貌するようなことは、庶民的生活の場においては考えにくいだろう。

 そういう事柄はあらゆる事象を合理的に理解しようとする近代的知識人の認識あるいは内面世界の有り様としては当然考えられるだろうけどね。

 たとえばソシュールの言語革命によって言葉への認識を改めたものにとって、「うねりや揺動は意味の外へ出て差異のないひとつの巨大な声として言葉を取り囲むようになった」という、ポストモダニズム的な言辞が生まれてくるのではないだろうか?

 ここに述べられていることは「即物的な事実」と称する、筆者の仮説なのだといってよい。わたしとしては、比喩的な表現ではなく、当時の現象をより記録的に記述してほしいと望みたいのだが...。

 そして、<その巨大な声が、詩の声に加担しなくなった>と。
 つまり「巨大な声」は、それ以前においては詩の小さな声に加担していた、ということになる。どうも論述に飛躍と断絶があって、理解しにくいね。

 整理すると、

 ・言葉が世界のうねりや揺動を意味としてとらえていた時には、巨大な声というものは存在していなかった。ひとつの大言語と、それに逆接する極小の言語という構図が成立していた。詩は後者の小さな声に接続することで、力を得ていた、と。

 ・言葉が世界のうねりや揺動を意味のなかにとらえられなくなったとき、そのうねりや揺動は意味の外へ出てひとつの巨大な声として言葉を取り囲むようになった。

 それで「巨大な声が、詩の声に加担していた」のは、どのような時期あるいはどの段階においてなのだろう?

 こう考えていくと、戦後詩という特殊な時代の詩が蜃気楼のように浮かび上がってくるのだろうか。つまり、戦後詩は戦争体験という、別な意味での大きな物語に裏打ちされた巨大な声に力を得ていたということになろうか......。

 その戦後詩は60年代には退潮してゆき、終焉を迎えた。70年代半ばから80年代半ばに、その検証と解体がなされた、という情況が確かにあった。

 どうも、大鉈で叩き切るような分別作業という感じで、すっきりはしない。どこがといえば、(1) の「社会の空間と時間を満たしている」というのは、表層の言語であり、比喩的に言えば「巨大な声」と呼ぶべき代物だろう。この声と、瀬尾が言う「一つの巨大な声」とは、紛らわしいけれども別物だという点だね。

 それと、本質的に詩は表層言語とは逆接する深層言語、つまり個々人の内面的な声とつながるものなので、巨大な声と通底するという事態がどういうことなのか、ここまでの瀬尾の説明では分かりにくいということだ。

 一つ言えることは「ひとつの巨大な声」という比喩は、カネッティが経験したマラケシュの声やボルヒェルトのいう「笑い声」を引用するための、我田引水的な操作から導き出したものではないか、という印象をうける、と。

「現在詩へのアプローチ(2-4) 」につづく

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コメント(2)

小林さん、お元気ですか。

在森の作品を再び取り上げてくださり、ありがとうございます。
最近の作品を、「ピカサ上野知代子アルバム」 に追加しました。
新しいものについては、如何でしょうか。
インザブルー展は、すべてここ1~2年の仕事です。

上野 知代子

どうも、お久しぶりです。
在森さんの絵の記事はコンスタントにアクセスがありますね。
アルバムの方を拝見しました。「インザブルー展」とはどれを指しているのでしょうか?
現在10年ぶりの大掃除で家の中が混乱しておりますので、後日じっくりと鑑賞させていただきます。
この暑さの中ですが、ますますのご健筆をお祈りいたします。
小林

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この記事について

このページは、小林由典が2014年6月 6日 05:33に書いた記事です。

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