現象学的言語論の再定位(7) 」言語モデルの試みⅢ

言表の意味は「状況コンテクスト」と「言表コンテクスト」によって導かれ示される。パロールとエクリチュールの本質的差異はない。記号としてみると、解釈の無限性という誤謬が生まれよう。

 初めに用語について、少しばかり触れておきたい。

 現象学的言語論は当然のことだが、現象学を踏まえた言語論であり、現象学の用語をそのまま踏襲していることが多い。それは妥当なものではあるが、言語論の再定位という立場では、若干の変更すべき用語も出てくる。言語モデルを変更するにあたり、用語についても多少の見直しをしておきたい。

 竹田青嗣は「信憑関係」=確信成立の構造、という表現を採用しているが、信憑といい、確信といい、語感が強すぎるという印象をわたしは受ける。「信憑」は信憑性として用いる場合はなじみがあるし、語感が和らぐけれど、「信憑」と切り離して使うと、なにやら「憑依」などというおどろおどろしいイメジを呼び寄せて、現象学に悪いイメジを与えかねないと危惧する。ここは「信憑性」という一般的な語彙をわたしは採用したい。

 「確信」というのも、語感が強すぎると感じる。松坂大輔投手が「自信が確信に変わった」と発言して、話題になったけれど、一般に「確信」というと、「確実」な<信>、「確定」した<信>という受け止め方が一般的ではないだろうか。
 そして、<信>という語は「信じる」というきわめて主観性の高い意味合いがあり、「確信」という語彙は、「狂信」に通じる<独善的>な<信>=ドクサ的な色をうっすらと帯びているかのごとき印象を、わたしは受ける。単純な会話でもない限り、確信の度合いが強くない理解の方が多いと考えられるので、より広い受容性が必要なのではないだろうか。

 もっとも、竹田は「確信」は本質的に<信憑>であり、したがって絶対的な確定に至ることは決してないという原理をもつことである」と、補足している。けれども「恣意的な解釈」もまた「確信」であり「信憑」である以上、現象学的言語論は明確にそれらとは区別をつけておく方がよいのだ。

 「客観的な真理」は不可能であるとして、主観性が強くドクサ的色合いを感じさせる「確信」という用語をわたしは採用しないことにする。単に「認識」でもよいのだけれど、それは「認識論」という概念を負ってしまうので、造語になってしまうけれどここは「認受」という用語を使わせていただくことにしよう。

 さて、前回の続きに入ろう。

 「認受成立の条件」の考察である。だれでも解るように、

 (1) 「パロール」の場合

 発語の意味理解を導く要素は、「状況コンテクスト」+「広義言語コンテクスト」であろう。

 ・状況コンテクストとは、TPOと表される時間・場所・状況といった要素に加えて、聞き手との関係性、など発語のバックグラウンドからの意味連関性である。

 ・広義言語というのは、発語(の辞書的な意味)だけでなく、発話者の身振りや表情、声の強弱・高低・感情などを含み、それらから自然に認受されるコノテーション的な意味連関性をいう。竹田青嗣はこれを「状況コンテクスト」の中に含めている。

 (2) 「エクリチュール」の場合

 「状況コンテクスト」は大幅に限定されるが、決してゼロではなく、今日ではネットの進展により以前には専門の研究者でしか知り得ないようなバックグラウンド情報が簡単に手に入るようになってきた。たとえば古典を読む場合、私たちは国語辞典ではなく古語辞典をひくだろう。古語辞典は単に言葉の意味だけではなく、その時代背景における意味と使われ方を示している。時代状況を考慮にいれないと、「今時こんな純情無垢な乙女などいやしない」などという読み方しかできないことは当然であろう。エクリチュールにおいても「状況コンテクスト」は必須不可欠な要素なのだ。

 「言語コンテクスト」は広義なものは不在であり、「狭義言語コンテクスト」が主要な手がかりとなってくるだろう。
 竹田青嗣は「テクスト内コンテクスト」と規定し、ポストモダン思想ではこれを「インタテクスチュアリテ」(ジュリア・クリステヴァ『記号の解体学』)などとよぶ、と解説している。

 竹田の「テクスト内コンテクスト」という用語は、適用範囲がかなり限定されており、わたしとしてはより広義の意味で、コンテクストマッチ・コンテクストという用語を必要に応じて使うことにする。

 クリステヴァの「インタテクスチュアリテ」という概念は、別なテクストを参照するという意味であり、特に思想とか評論の場合は有効であるが、詩などの場合は自家薬籠中のことばに窯変しているので、恣意的な解釈になりかねない危険性を持っていることをひと言付け加えておきたい。
 もともと、ポストモダニズムでは、解釈が無限にあり得え、正解がどこにもありえない(超越論的な意味の不在)という形で理解する。
 現象学では「ノエシス-ノエマ」構造における「ノエマ」に対応する、ということだ。

 「ノエシス」...精神的な知覚作用としての「考える作用」(意味を与える作用)をいう。意味づけすることを、ノエシス的契機という
 「ノエマ」...その対象としての精神的に知覚されたもの、つまり「考えられたもの」=確信像がノエマである。
 具体的な事象ではなく、意識内に構成されるものであり、知覚あるいは意識の対象面と言うことができる。

 概念的な話が続いたので、解りやすくするために例を挙げて説明しておこう。


 田村隆一「野原の中には」を以前に取り上げた。

 これを自分の感情を素直に吐露した詩と解釈できるだろうか?
 そのように四季派的な抒情詩と読むことは事実からはほど遠い理解だと、わたしは判断した。

 そこで、わたしのとった手順は...
 ・テクスト内コンテクストの検討
 ...田村隆一の詩にみられる弁証法的構造を踏まえること。
 ・インタテクスチュアリテを提示
    ...「モダニズム」~「荒地派」という状況コンテクストの意味を明示。 
 ・コンテクストマッチ・コンテクストの検討
    ...過去に書いた詩との整合性、
     「大きな野原」が現実の風景ではなく「ある概念」を意味するという思想性(≠抒情性)
 ・状況テクストの検討
    ...本人の言動から「現実の対象」ではなく「ことば(の)概念」を重視する態度を指摘する。 

 ...このように、一篇の詩で得られない信憑性を、傍証として得られるものを可能な限り援用して、認受の信憑性を強化することを試みている。

 わたし自身は田村隆一の書いたものをほとんど読んでいますので、この詩を四季派的抒情詩だなどと、田村隆一らしさから最も遠い、彼がもっとも忌棄する(恣意的な)解釈をするはずがないのだけれど、ドクサを持っている人に説明するには、ダメを押す書き方が必要だろう。


 話を記号学的解釈の問題に戻そう。

 このように、「空が青い」などという語句についてあれこれと記号学的分析を重ねて、超越的意味(=特定の意味)の不在である、などと論じている空談に付き合ってはいられないのだ。

 言語の意味として、パロールもエクリチュールも本質的に決定的な差異はない、といってよい。つまり、......

 語句の前後の文脈を検討し、明確でなければ文全体を検討し、それでも足りなければ過去に書かれたものや他のテクストとの連関性を調べ、可能であれば状況コンテクストをも過去に遡って収集して検討する。

 このような原理的な手続きを踏まずに、反省以前的な<私>(=主体)で、思いつきの羅列やバイアスのかかった<色めがね>で勝手な解釈をしたり、はやりの記号論にのってまったく発語者の意図を無視した牽強付会的我田引水批評を行う最近の風潮は、どこかお笑い芸人の「いじり」行為に似て、低俗すぎるように思える。

 ここで改めて、もういちど、参照してみよう......

 谷川俊太郎「メランコリーの川下り」から

 「書物に封じこめることの出来ない五月のトカゲの輝きをみつめ、その輝きさえもあざ笑う地下のしゃれこうべどもに嫉妬して、悲鳴と哄笑をくちなわによじりおのが領土を結界する。 」

 谷川俊太郎は「五月のトカゲの輝き」に感動しているのだ。それを「意味付与」して詩をかく、と。

 けれども「その輝きさえもあざ笑う地下のしゃれこうべども」が、死んだ後も、「あざ笑っている」のだね。地下のしゃれこうべどもとは、ソシュール言語学以降の記号学言語論者たちを暗に指しているのではないだろうか。

 詩人たちの悲鳴と、記号論言語学者・批評家たちの哄笑を縄によじる、という意味は両者のせめぎ合いを受け止めるということになろう。

 それをしめ縄として張り巡らし、自らの表現世界に結界をつくり、我が身一身に受け止めることの中で詩的営為を全うするのだ、という決意が述べられている。

 それは現代詩の第一人者としての自負でもあるけれど、記号学と対峙しても、大山鳴動してネズミ一匹、ということになりかねないと思うけど、ね。そういう例があちこちで見られるのだけれど、別の機会に取り上げることにして、さらに現象学言語論を進めていく。

       「現象学的言語論の定再位(8) 」につづく

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このページは、小林由典が2013年8月25日 16:00に書いた記事です。

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