2013年8月アーカイブ

言表の意味は「状況コンテクスト」と「言表コンテクスト」によって導かれ示される。パロールとエクリチュールの本質的差異はない。記号としてみると、解釈の無限性という誤謬が生まれよう。

言語の「意味」とその「了解」を過不足なく理解するためには、辞書的意味しか取り扱えない記号学ではなく、<発語者の意味付加>と<受語者の了解確信成立>の構造を把握する必要がある。

デリダの記号論的言語論は「意味付与」=「意識」と「表現」との関係に言語の本質をみる伝統的言語観を逆転させ、記号がいかにして一定の意味を読み手に喚起するのか、を問題とする。

前回に引き続き、フッサール言語哲学とジャック・デリダの脱構築論議を、例文をめぐって検討していきたい。意味付与を重視するフッサールと、作者の不在・死を本質とするデリダの記号論...

言語の意味性は言表者の意識に由来するものなのか、記号としての言語自体がはらまざるを得な差異の体系にあるのか。パロールとエクリチュールとの違いは本質的なものなのか、検討する。

デリダによるフッサール現象学およびソシュール言語学批判は、デリダ的解釈による論点の位相変位とでもいうべき誤読をもとに展開されているが、彼の言語観と同根にあるといえよう。

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