現在詩へのアプローチ(雑感)

私の知っていた70年頃の詩と、現在的な詩は決定的に違うものになっている、という浦島太郎のような戸惑いから、その変化を確認するために失われた年月を過去から遡行してきた。

 そしてようやく七〇年代半ばのターニングポイントの状況が見えてきたわけです。

 古い世代に属して詩的出発を遂げた詩人でも、歴史認識と時代的感性を備えた詩人はそれぞれの流儀で自己変革をとげながら、エピステーメーの変化に対処して今日の詩を創造していることが詩作からにじみ出ている。

 その一方で、大多数の大衆内詩作者は無自覚な守旧派となりつつ、現在詩とは無縁のところで十年一日のごとく詩を書き続けている。

 これら無自覚な詩作者群に対しては荒川洋治や稲川方人、平出隆らの、苛立ちながら伝統的な詩文法を破壊し、旧来の詩概念から決定的に逸脱した詩を対置させれば充分なのかもしれない。

 けれども、荒川洋治など詩がうまいために、旧来の審美眼の持ち主でも何となく感動を覚え、その方法論が激しく自分たちの伝統的詩法を否定していることに思い至らない、という受け入れられ方をしているのが実情ではないかと思う。

 入沢康夫が『詩の構造についての覚書』で、
 「言葉は現実の representation (描写、再現前化)ではない」と宣言しましたけれども、
 「若い現代詩」の詩人たちは、
 「言葉の世界は事実の世界と同等であり、現実と同じ重さで考え得るのだ」として、
 今日、詩が書かれている、と。

 他者の作品を俎上にあげるのは種々問題があるかと思うので、私自身の例を取り上げる。

 以前に『イオニアの海から』(「ざこキャラ」)という習作を記事にした。

 このタイトルについて、「実際に現地を訪問しているわけではないのに現実にある地名をつけるというのは、妥当ではないと他から指摘を受けるのではないか」という老婆心からの注意をいただきました。

 私がイオニア海を連想したのは、以前にギリシャ出身の歌手ヴィッキー・レアンドロスについての記事を別ブログで書いて、その地理的なことを知っていたからですね。

イオニア海 ギリシャの国土は半島であり、エーゲ海は内陸に面しており、イオニア海は地中海に開ける(いちおうは)外海ですので、房総半島の内房と外房という地域的類似性から、私の住む外房総はエーゲ海ではなく、イオニア海が連想されるわけです。

 そして、前記事で書いたように、脳天気な農村的明るさと、ギリシャ的な明るさの対比がある。提灯と釣り鐘ほどの違いがある、という皮肉です。

 海に関連した詩ですので、イオニア自然哲学のタレースを自分に擬している。

 タレースは「万物は水から生じた」という説を唱えた人ですね。真昼に提灯を掲げて歩いていたのは、実はソクラテスですけれど、イオニア学派からギリシャ哲学が興ったということで、つながっているのです。

 そして、「ざこキャラ」をすくい取る表現として、ギリシャ仮面劇のコロスを対置させています。この「コロスの(歌)声」という概念は、今日の詩学では、思想の<エピステーメ>と脈絡をもつものなので、銘記していただきたいと思う。

 ですから、メタ文脈としてはそういうつながりがテキストに痕跡程度にも浮き出ているかと思いましたけれど、多分理解されないだろうと思って、4種の魚の記述の書き出しに「イ・オ・ニ・ア」を被せて、言葉の世界であるというダメ押しをしています。

 紀行文のような旅情の詩を書くつもりは、私にはまったくありません。次元の違う話だと思う。

 読む人が読めば解ることですから、こういうくどくどしい蛇足表現は<小手先の芸だ>と言われるのがおちで、ウザイだけなのですけれど、そうしないと理解されないという付き合いきれない状況なのだね。

 まあ、レアリズムの立場からのご注意については......
 「宮沢賢治は宇宙船に乗ってどこの銀河駅まで行ってきたのでしょうか?」とか、
 「吉増剛造は天山山脈のどの山に<紫の魔の一千行>を書きつけて来たのでしょうか?
 ...と、ボケをかましておけば、それで済むのですけれど......、
 根がまじめな私としては「背中合わせのカリアティード」の冒頭で使った古典的なレトリックを挙げておくだけですね。

 

 さて、現在詩へのアプローチですけれど、私が言う現在詩とは何かといえば、
 吉本隆明「若い現代詩」の冒頭で定義されている、
 「現代詩という定義とも、現代詩の歴史ともあまり関係がない、
 文字通り現在若い世代に書かれている現代詩」
 ......ということになるでしょう。

 吉本隆明は、
 (1) 歌謡曲の歌詞が谷川俊太郎などの詩を学んで、表現が現代詩に近づいた、という筋道と、
 (2) 表現が高度になった歌謡曲の歌詞やCMのコピーから詩人が影響やインパクトを受ける、
......という双方向の流れを示しています。

 じつに谷川俊太郎という詩人は偉大です。深遠な思想も、大衆に解りやすい平易な言葉で詩を書いてしまう。

 まあ、実際のところ、ほとんどの読者からは表面的なところしか、理解されていないでしょうね。

 先日も、NHKだったかな、あるコピーライターの方が、「谷川俊太郎さんの詩を読んで、着想を得ています」と語っていましたから、(1) はよくあることなのでしょう。

 (2) については、さだまさしの「関白宣言」から、小長谷清美が影響を感じて書いた詩というのをあげています。

 今回の「幽明の糸紡ぎ」は、皆さん分かっているでしょうけれど、CMのコピーに対して、私が「何を言ってるんだ」と違和感を感じ、冒頭の6行を書いています。

 このCMコピーは、誰かの詩のフレーズかもしれません。それを、わたしが脱構築した、といってよい。

 吉本隆明の発言は1982年の『現代詩手帖』11月号にあり、その前に行われた共同討議「詩はこれでいいのか」の講演の収録です。

 現在からすると30年前の話、ということになります。

 現在の若い詩作者たちの場合は、そのような因果関係はより希薄なのではないだろうか。
 といっても、そういう人たちの詩をほとんど読んでいませんので、乏しい情報の中での推測の域をでませんけれど。

 今の若い詩作者の詩からは、前時代の陋習を否定して出発したというエネルギーを感じ取ることはあまりないですね。多分、人気のある荒川洋治とか、あるいはアメリカ詩(ボブディランだってアメリカ詩人なのだ)の影響下に、出発しているのではないかと思えるのだね。

 メタファーというものを使わないで、まったく自明のような表現で詩を書く、ということの裏にある、ある危うさは、技法的な受け売りというスタートラインに求められるのではないかと思う。

 谷川俊太郎が若い人の歌詞を取り上げて、現代詩としても優れているとベタ褒めしたものと、
 ネットのサイトで最優秀作品として選ばれた詩と、
 ...どちらも荒川洋治的言葉使いのコピーと言ってよいような印象を受ける。

 『娼婦論』にみられる「言葉の組み合わせの妙味」は彼らに見事に受け継がれている。(もっとも、当の荒川洋治は自らの詩的達成をあっさりと捨てて、反詩的な表現をあえて書いているようだが)

 と同時に、言語が外部世界と完全に切り離された、「言語そのものの世界」という性質上、
 背後にあるはずの世界観というようなものが希薄で、あまり奥行きを感じない、
 ...という特徴もまた受け継がれているかのようだ。

 いずれも若年層の作品であるから、世界観などという物自体が成熟しているわけではないし、
 「そんなものはハナから目的としていない詩」の世界なのだから、ということもある。

 私は、そこに危うさを感じるね。
 戦後詩を通過してきたものではない、危うさといってよい。

 この戦後詩とは、吉本の定義でいう、
 「戦争をくぐり抜ける方法を、詩のうえで考えることを強いられた詩」ということだ。

 現在の詩は、そのような世界観などとうてい持ちようがない。
 そこまで考えなくとも、容易に戦前の詩の焼き直しになり得る可能性が否定できない。

 私の考え方は、古典的な教養主義だと言う人もいるでしょう。

 けれども、ジャコメッティーの彫刻や絵はなぜあれほどに独創的で類を見ないものなのか?

 くり返すなら、彼はメソポタミアやギリシャから近現代までの歴史的作品を、自らの筆で確認した結果として、「存在」に対する己の感受するものとの違いを明確にしただけ、なのだね。

 絵の公募展を覗くと、誰かの作風の二番・三番煎じ的無自覚な習作が非常に多いことに驚く。
 絵の歴史をしっかりと辿っていないからだと、単純に言ってよいだろう。

 詩も同様だ。鮎川信夫が言ったように、
 「世の中のありとあらゆることが、誰かによってすでに書かれていると思う」と。

 そういうことにならないように、戦後詩についてはしっかりと通過しなければならないはずだね。

 


 いまや、メタファーは、作品構成の原理(構造)であることをやめてしまった......なぜか。ふたたびみたびの戦後的敗北ののち、わたしたちは、かろうじて、分解と拡散を、みずからの同時代性とするほかないからである。一九七〇年代、詩はどんな勝利も告げえなかった。ならば、わたしたちは、戦後詩の解体にこそ責を負おうではないか」 (菅谷規矩夫)

 作品における統一性(形式あるいは統覚)の獲得が、かつてのようには存在にとっての世界の獲得というものに重なってこない。それほどまでに、世界(現実)は複数の意志に分裂している。

                                (平出 隆)


 詳細については、『討議戦後詩』などを基礎的知識として読んでおくべきだろう。

 そして、自分の詩がどういうポジショニングにあるのか検討するべきだね。

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この記事について

このページは、小林由典が2013年5月15日 22:05に書いた記事です。

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