鈴木志郎康「極私的現代詩入門」(1) 遊ぶこと

「知識のつみかさねからではなく、ただ書きたいように書きはじめた初心者の書いたものへの、鈴木(志郎康)さんの視線のやさしさは、ぼくには、とても真似できるものではない」という、

 ...福間健二のことば(季刊「midnight press」1998年秋号)に誘われて、志郎康さんを読んでみた。

 この「極私的現代詩入門」は1972年から75年にかけて、雑誌『ユリイカ』や『現代詩手帖』、『早稲田文学』などに連載した文章であり、プアプア詩で自己の詩のスタイルを打ち立て、60年代詩人の旗頭の一人として注目を集めていた時期の文章である。

(この時期に詩を書いていた私は、そういう雑誌類は全く読んでいなかったのだね。当時の書棚を思い出してみるに、田村隆一の全著作が収集されていたし、吉本隆明全著作集と雑誌『試行』があり、六十年代詩人たちの現代詩文庫と、あとは思想的な本ばかりで、とくに現象学関連の本が多かったかな。
 私は、詩作品を書こうという意識が当初からなかったために、詩の雑誌に投稿するということに全く思いが至らなかったのだった。そのうえ、気持ちが散漫な人間なので、いつも書きかけのままの尻切れトンボというものばかり。
 いわゆる、詩壇とか文壇とかいうものの存在すらよく分からなかった、という、文学青年とはほど遠いものだった。)

 そのような時代状況があって、高校生時代から詩を書き続けていた鈴木志郎康という人格を介して表出されたディスクールなのだ、と理解していただければとおもう。

 内容は、三つの章立てとなっている。

極私的現代詩入門
極私的読詩体験
極私的読詩感想

 始めに、私が読みたいと思った「Ⅲ極私的読詩感想」の中に収められた次の二つを、取り上げよう。
「二百編の投稿詩を読んで一冊の詩集を思い出す」 (『現代詩手帖』1973年7月)
「『現代詩年鑑'72』の詩を全部読む」

 この時期、鈴木志郎康は『現代詩手帖』の投稿欄の選者の一人として、1年でおよそ三千篇の投稿詩を読んだという。これこそ、現代における詩人という職業を象徴する標識ではないだろうか。

 彼は書く...(以下、抜粋)

 読んだ詩は殆ど全部面白くなかった。面白くもない詩を二百篇も読んで、私はいやな気分になった。本来、読むべきでないのを読んだからであった。
 私は詩を機械的に読めるということを知ったのだ。私自身の気分や心や関心などとは関係なしに読んでいったわけだけれど、そこで私は一体何を読んでいたのだろうか。

 勿論、詩などを読んだのではない。私が読んだのは、自分の生存のために言葉を使おうとしている意志の集まりであった。
 詩ではない、そういうものを見せつけられて、私は非常につらい思いになるのだったが、敢えてそれをねじふせて、読んでいるのは詩だと、(自らの本心に)弁明をし通さなければならなかった。

 これらの人は、詩を書いてはいるが、詩というものが彼(彼女)自身にとって問題となっている人はほんのわずかしかいないのだった。詩が、単に言葉の様式の問題に過ぎないのだ。
 殆どの投稿詩で、この詩というものの意味が転倒しているのに出会ったのだった。つまり、この二百篇の詩を読んでみると、詩がまるで生産ということの対象となっているという感じがする。

 どの詩も、余りにも生真面目なのだ。金子光晴氏のように自分自身を遊び儘すということによって、詩は一応最高のものへ至れるのに、自分を遊ぶなどということはおろか、言葉を遊ばせるということもないのだった。だから、そこに詩を読むことが出来ないのも道理なのだ。
 恐らく、この投稿詩の現実も、人間のすべてを生産力へ還元してしまわないではおかない現在の制度の結果なのであろう。こうなっては、楽しかるべき詩を読むということも、苦痛になり変わらざるを得ないわけだ。


...と記して、志郎康さんは自分に送られてきた無名の詩集を思い出して、つづる。

 今でも読みかえしてみるとやはり(一種の)戦慄を感じないではいられないところがある。
 その詩集は、全くどうしようもない生真面目さに貫かれているのだ。
 

 戦慄を感じるほど生真面目な詩、ねェ...。

 私のようにパロディ詩を書いたり、実験的な詩や言葉遊び詩を書くと、それが習作だという前提を無視して、もっと真面目に書きなさいとか、軽薄だとか評される(自称)詩人たちの世界もあるけどね。
 「生真面目さに貫かれている詩」のごく一部を抜粋しておく。

     ヒューマニズムは評価されない
     中立は存在し得ない
     必要なのは 決議である 単純化されたアピールのあの絶叫である 内的意志から行動に移るその...

 3行も引用すれば充分だろう。
 これは詩ではない、と一言評すればすむはずだが、極私的を自認する志郎康さんは惻隠の情を発揮する。


 この断定の言葉の内容を幼稚だなどといって片付けてしまってはいけない。
 この一月一日という題、これは元旦の日記に書きつけたくなるあの感慨が記述されたものである、と読めば、これは言葉の一つ一つの意味を離れて、一種の象徴的技法の詩として読めないことはないのだ。
 

 まあ、そこまでは付き合いきれんわ、と福間健二に同調したくなるな。

 ところが、一年間近く投稿詩の選者を務めた1974年5月(「想像力の金縛りを考える 『現代詩手帖』)では、だいぶ考え方が変わってくる。

 私は以前には、もっぱら書くという立場にのみ自分を置いて、自分の書くものが文学であるかないかなど考えたこともなかったのだ。...(中略)...だから、他人の書くものも同様であって、いかなるものでも表現であることに変わりなく、読む方にとって関心を引かれる引かれないということがあるに過ぎないのだと思っていた。

 だが、この一年間他人の投稿されてくる作品を見ていて、選ぶ選ばないの作業を続けているうちに、全く駄目な作品として相手にしないものを自分に許さざるを得なくなってしまったのである。
 実際読んでいて、何も伝わってくるものがなく、形も形として認められないような作品に出会うと、それを私は文学とは認められない、というふうに処遇するしかなかった。

 恐らく私はいわゆる優れた文学といわれるものと、はしにもぼうにもかからないくだらない駄目な文学というものを混同した悪い考えに陥っているに違いないのだ。いくら表現意欲があっても、作品としてだめならだめなのだ、という考えに立つのが文学者というものなのであろう。だから、優れた作品というものを作らなければ、話にならない、という考えを取れば、それはそれですむことなのだ。

 だが、私は、三千篇に及ぶ作品をみて、何故こうも表現しようと意図して、いわゆる作品というものに至れない人々がたくさんいるのかと思ってしまうのである。

 
 極私的な詩とは正反対の詩を書こうとしている私の考えと、全く同じ意見であることに驚くね。
 現代思想を常識として内包している現在の詩は表現自体が大変複雑であるし、言葉の使い方も80年代以降に、非常に高度になっている。
 いわゆるダメな詩と、今日的な詩とでは、天と地ほどのというより別世界のものであり、全然別なものになっているという観を呈している。何故なのか?...なのだ。

          「極私的現代詩入門」(2) に続く

 

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このページは、小林由典が2012年5月 8日 22:17に書いた記事です。

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