庭木を切り倒してシュペルヴィエルを思う

シュペルヴィエル (1884年 - 1960年) は南米の人という印象でしたが、両親の母国フランスで詩人としての地位を固め、二つの国を行き来する生涯を送った、日本にもファンの多い詩人です。

 彼は幼少期を南米のウルグァイで過ごし、この大自然の中で身につけた自然的感性を都会的なフランス詩に持ち込み、新たな境地を切り開いていったと言えるだろう。

 この稿は吉増剛造の「燃え上がる映画小屋」を読んで書いていますので、まず最初に、吉増が取り上げた詩を紹介しておきます。

森の奥

 1連の二つの詩を並記しておきます。

 最初の「森の奥」を吉増は引用して、次のように述べている。

堀口大学先生を経由して読んで、知らされて、そういう思い、あるいは、西行さんの眼や、島尾敏雄さんの眼を持って行って、そういうところを歩いていると思っていましたら、実はそれよりも、もっと
ふかーい、木の下の、まあるいまあるい宇宙のなかを歩いてるんだということが判ってきた

 吉増剛造はシュペルヴィエルの宇宙観に触れたように感じたと言うわけだけれど、それは実際に彼がブラジルを旅行していて、(堀口大学はブラジルでシュペルヴィエルを知り、それを翻訳した)、皮膚感覚で宇宙的なものを感じたということなのだろう。

 少なくとも、上の詩を読む限り描かれているのは汎神論的な樹木の生命に対する畏敬の念なのだと思う。

 「森の奥」ではそれが、巨樹の精霊的な「わななき」として描かれ、
 「眠る湖」では一本の杉の木の「わななき」を、湖水が受信して「すくみあがる」のだと。

 フランスのパリで生まれ育ったならば、シュペルヴィエルはこのような汎神論的な生命感を持ちえなかっただろう。南米の大自然を経験することで、そのような感覚を養ったわけだね。

 これは、大きな木を切り倒したことのある者ならば、感じることなのかと思うな。
 たとえば、数千年を生きた屋久杉を切っていた樵夫たちは、倒木跡あるいは切り株跡から子の代になる芽が出て(倒木更新、切り株更新)、やがて数千年を経て聳えている杉を見て「二代杉」とか「三代杉」と呼び習わした。

 そのような認識を受け継いで、屋久杉を切るときは必ず跡継ぎを模した小枝を用意して、切る前そして伐採後に「この枝に立てよ!」と樹木の精霊に呼びかけ、宿り場所を移っていただくという儀式をしたのだね。

 私も、昔大きな木を切ったときに同じようにお祈りをして、酒を注ぎ、引導を渡してから切ったことを思い出す。
 今回は庭木の棗であり、半ば枯れかかっていて、寄りかかるとぐらぐら揺れて今にも倒れそうだったので、地震が頻発する折、危険なので撤去することを決断した。

 実をつける樹木であり、落ちた実から芽吹いて二代目があちこち生えていることから、儀式は行わず心の中で引導を渡して、鋸を入れた。
 生木というのは、すんなりとは切れずに切った断面が樹液でふやけて鋸を噛みつくようにはさんで来るものだ。それが、何かしら抵抗しているような感触を持って迫ってくるのだね。

 シュペルヴィエルは深い森にできた倒木後の空間を見て、

 垂直な空虚が/わなないて立つ

 ...と表現した。
 こういう感性こそ、一流の詩人だなと思うな。

 屋久島の山尾三省さんの詩に『聖老人』というというのがあるけれど、三省さんは老人の精霊を縄文杉に見たのだね。

 私は三省さんたちがすんでいる一湊白川の沢水を持ち帰り、友人に波動分析をしてもらったところ、思いがけず「うらみ」の波動に近いものが検出されるという解析結果をもらったことがある。
 世の中には、波動などエセ科学だと糾弾する人もいるので、手放しで信じることはしないけれど、想像力としては何ものにもとらわれない姿勢を堅持していくつもりだ。
 この「うらみ」に近い波動とは、「おののき」に似ているな、と。伐採された屋久杉たちの......。

 伊藤雄人画伯とのジュガルバンディーとして以前に掲載していたエチュードに、上にあげた二つの詩を包括するようなものを書いたことがある。

 「樹の木霊(こだま)」というタイトルで、シュペルヴィエルふうに言えば、
 「切り倒された樹木の精霊のおののきは、波動となってダム湖に留まり、その湖を水源とする水道を経由して、私が飲むグラスの水の中で響いているのだ」

 ...ということになる。

 例えば梅の木が切り倒された光景から、その切り株をテーブルや椅子のようなオブジェとして捉え、
 無生物である風を擬人化して、見る人としての無常観に収斂した詩を書く、というのでは、
 田村隆一でなくとも「生に触れるべき手を持たない」、本末転倒ということになるのではないかな。

 生の一端にこのように触れることが出来れば、堀口大学のようにただ単にぽっかり空いた空間ではなくあえて空虚と訳し、帰っていくべき巣を失った小鳥の喪失感、そして更には詩人自身が抱いている故郷を離れて暮らす空虚感、そしてそれはふるさとを離れて暮らしている都会人の疎外感などに通底していくだろう。

あるいは、吉増剛造のように「果てしない宇宙的空虚」みたいな方に想像力を拡大することが可能になっていく。

 自己完結的に閉じてしまう表現ではないものが開けてくるわけだね。
 この違いは決定的に大きなものだと、私は思う。

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このページは、小林由典が2012年5月17日 22:58に書いた記事です。

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