吉増剛造「オシリス、石の神」

入沢康夫「わが出雲・わが鎮魂」は1968年発表。「オシリス、石の神」はそれから16年後。入沢の「さみなしにあはれ」は、吉増剛造においてはどのような受け止め方がなされているのだろうか。

  吉田文憲は「さみなしにあはれ」の変奏された響きを、「オシリス、石の神」に見いだす。

 はじめに、吉増の詩を抜粋して、紹介しておこう
 冒頭の部分から。
 舞台は大和路である。そこに、古代エジプト人が立ち現れてくる。

 オシリス

 面白いね。
 放蕩息子によって、
 老夫婦が死後に行くはずだった墓を売り飛ばされてしまった、と。

 でも、この親は「死後ニ行ク処ガナクトモ、モオ、イイノデス」と、悲しんではいなかった。
 カタカナ語世界が中心になっているので、漢字とカタカナで書かれており、現代人にとってはたぶん非現実感を相当に感じるのではないだろうか。

 オシリスは古代エジプト神話の神で、いちど弟に殺害され、妹によってミイラとして復活する。
 やがて妹を通じて息子のホルスを後見して王権を奪還し、自らは冥府を司る神として君臨する。
 この形式は、琉球弧の「おぼつかぐら」と同じ王権構造をもっているね。

 神の死と復活は、植物の枯死と芽吹きを象徴するものらしい。オシリスは葉緑素の色をしている。

 放蕩息子とは何か?

 直接的には、吉増が観たエジプト映画に出てくる老夫婦の息子だが......。

 あえて我がことに引き寄せて牽強付会すれば、いわゆる詩的言語を蕩尽した歴史的現代詩の詩人たちのことだと読める。
 何度も触れるが、鮎川信夫と鈴木志郎康の対談の中で、鮎川信夫が本音を漏らしている。

 男が採り上げようとするものは、みんな言われ尽くしてきた。

 たしかに、私も色々な実験詩を書いているけれど、後になってたとえば「わが出雲」のように、先輩詩人がすでにやってきたことばかり、ということに次第に気づいてくる。
 女性詩であれば、恋愛感情に纏わることは、和歌の伝統の中で詠われ尽くされた観がある。

 これまで述べてきたように、現代詩は伝統的詩歌を捨てたところから始まり、
 音律も抒情も意味もと、徹底的に切り捨ててきて、根なし草として浮遊している状態に突入した。
 表現の根拠となるはずのものを徹底的に切り売り、売り尽くしを試み、
 とうとう詩あるいは文学なるものそれ自体を消耗し尽くすという事態に至ったということだろう。

 死後に行くはずだった墓を売ってしまったというのは、80年代における現代詩の状況を寓意的に指していると考えられなくもない。

 瀬尾育生の『われわれ自身である寓意―詩は死んだ、詩作せよ』(思潮社1991/07)を想い出す。

 わたしがこれからまさにとり上げようとしている80年代から90年代にかけての現代詩の特長を、
 隠喩から全体的寓意へと捉え、〈詩の死〉と〈詩の再生〉への試みなのだろうか。

 「無名にして共同の」という鮎川信夫的隠喩は、大きな物語の解体と共に有効性を失い、
 「わが出雲・わが鎮魂」や「オシリス、石の神」のような寓話的全体喩が出現してきた。

 話者である<私>が、フッと対象であるオシリスにメタモルフォーゼを遂げるというところが、戦後詩的メタファの代替表現となっている。

 少し目を転じてみよう。
 1986年の『現代詩手帖』を見ると...、
 投稿欄の批評を佐々木幹郎/稲川方人/荒川洋治の合評で行っている。
 読んでみると、いかにも詩的な言葉使いを「文学になってしまう」と否定していることに、驚いた。

 この場合の文学とは、私が若干の侮蔑を含んで使う「文芸」という言葉と同じであるようなのだ。
 おおやってくれてるな、と喜びつつ、いつから文学否定が正当になったのか、と考えざるを得ない。
瀬尾育生は、(詩は感動の表出である、というテーゼさえ)もはや誰も詩に感動なんかしないのだ、と切り捨てているのだね。

 それはこの次の話題として、オシリスに戻って、
 「死後ニ行ク処ガナクトモ、モオ、イイノデス」というのはどういう意味かというと、
 「再生するから、もう、いいのです」ということになるだろう。

 どのように再生していくのか?
 現代詩の世界に戻るに際して、私は谷川俊太郎や吉増剛造を買い求めて読んでみたので、
 割り注だらけの吉増詩のスタイルや、谷川の言うアノニマスな詩というものに注目したけれど、
 人それぞれの再生があるはずだと思う。

 吉田文憲は「オシリス」をどのように了解したのだろう。

 吉増剛造が、大和から、その影の国ともいうべき熊野を舞台に詩を書き始め、その歩行をはじめようとしていることは、むろん偶然のことではない。
 あきらかに詩人は、われわれの「詩の端緒の地」、原(ウル)・トポスともいうべき場所へむけて遡行しようとしているのであり、その途上でふと「オシリス神話」を幻想し、

     死後ニ行ク処ガナクトモ、モオ、イイノデス


 と、呟いてしまうのだ。

 (ゲニウス・ロキの幻想からの覚醒、そして詩作者自身のオリジナリティ幻想からの覚醒)はもはや自明の前提となっており、

 『オシリス、石の神』という詩集を読んでわれわれが強く励まされるのは、そこでは...

 詩人自身にもはやいかなる特権的な場所もなく
 詩人もまた風俗や風景と共揺れを起こすことによって、
 自らもその一断片と化しながら、
 そのエクリチュールは日本語の「意味と音」の両方から、
 その両義的な場所の可能性を精一杯揺さぶり開こうとつとめていることである。

 ゆれ動く意味と音のテキスト...このことは、この詩集に関してはどんなに強調しても、
 強調しすぎることはない。

 
 それで、現代詩は、私たちのエクリチュールの可能性は、どの辺に見いだせばよいのだろうか?

 われわれはもはや、土地や地名の喚起力、つまりゲニウス・ロキの破壊された場所に、
 自らも破壊された一断片としてそこに佇んでいるらしい。吉田文憲は次のように、述べる。

 (詩作者の)根拠自体のさまよいを生きる...それがわれわれの詩を書く場所だ、といってもよい。
 浮遊する空箱、浮遊するスクリーン、浮遊する磁場、浮遊する結界、と名づけてもいい。
 ようするに、われわれのエクリチュールは「さみなし」という空虚な場所それ自体を、
 われわれの詩意識の生成し明滅する場所としながら、
 詩人主体に就くことの幻想からも、
 作品それ自体に就くことの幻想からも、
 ともに追放(解放?)されて、
 なお「端緒なき端緒の地」をさまよい続けなければならない。
 われわれの詩はいまそういう未知の領域まで、きてしまったのだ。

 ...ということらしい。
 どうも、吉田文憲も、「新選・入沢康夫詩集」で優れた解説をしている清水徹も、ドゥルーズからジャックデリダに至るフランス思想を批評の武器として、解説しているようだね。

 両義的、共揺れ、端緒なき端緒、などという捉えかたがまさにそうなのだけれど、
 私に言わせれば、

 端緒なき端緒などではなく、それこそが詩の本質的な端緒なのだ、ということになるね。
 私は以前に、ジャン・パゼーヌの現代絵画論を引き合いに出して、現代詩を語ったけれど、
 そもそもの出発点は、「私とは何か」から始まっており、
 超越論的自我は深般若波羅蜜多であり、
 端緒は五蘊皆空なのであり、端緒なき端緒などと気取る必要はない。
 両義的なのではなく両極の階調であり、陰極まって陽となる、メビウスの輪なのだ、

 ...ということになる。

 詩というのは、一作ごとに未知の領域に遊撃してゆく行為となる。
 したがって、突撃していく領域により、表現形式も言葉も変わるし、
 私という主体は、ときに成巫し、時に現代的感性を帯び、東北を舞台にイタコの口寄せをしたり、
 と変化(へんげ)する。

 それではまさにカメレオンじゃないか、ということなのだけれど、
 80年代の詩的状況は、まさにそういうことだった、と。
 順を追って、取り上げていこうと思う。

 それで、「オシリス、石の神」で、私がよくわからないけど、
 何となく分かったような気になってしまうところがある。

 死後ニ行ク処ガナクトモ、モオ、イイノデス ソシテ
 ワタシノナカノミチヲ岩盤ニソッテ、歩イテ行ッタノダッタ。

 この部分の表現はもはや古代エジプト人夫婦の声ではなく、作者である吉増剛造がオシリスを口寄せした発話として、記されているということだ。

 そこに注目してみると、

 薄イムラサキノブラウスダッタ。
 美しい山。

 私は語り手なのだろうか。座席ニ座ッテ、(二上山駅ノ木製ベンチに、腰掛けていた) 私? (あるいは誰かが) 座っている姿は誰?

 この部分だけれど、私が先日書いた『AGAPE 無上の愛』の、主体遷移に似ている気がする。

 私という発話者は、最初に口上を述べ、次にウグイス嬢にのり移り、つぎにイタコの口寄せをして、最後に作者たる発話者に戻る、というふうに変化しているのだけど、それを理解していただくために「口寄せる この大乗譜」というキーワードを示して、エンディングをむかえている。

 上の、吉増の表現は、ピンクの部分が作者たる発話者であり、グリーンのカタカナ文部分はシャーマン剛造の発語として共揺れを表していよう。

 さすがに、吉増剛造はカタカナ文とひらがな文とに分けて、明確に意図を示しているね。
 私は、イタコ的に乗り移るままに書いてしまって、最後にキーワードを置いて覚醒している。

 なんと、またしても目の上のタンコブである60年代詩人の先達にしてやられているのだなァ。
 40年も文学そのものから離れていたギャップは大きすぎるね。
 ガッカリのカリ(って、志郎康さんの詩にあったな)。

 あ、忘れていました。
 ワタシノナカノミチヲ岩盤ニソッテ、歩イテ行ッタ

 もうすこし、「オシリス、石の神」を読み込まないといけない。斜め読みしただけなので...。

 この部分の続きに当たる記事は「織リ詩ス......切石山の神」で解説している。

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この記事について

このページは、小林由典が2012年4月 6日 22:59に書いた記事です。

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