荒川洋治、詩のことば・技術・私 (2)

遅ればせながら読んでみた。入沢康夫といい、荒川洋治といい、先入観をもって遠ざけてはいけないな、と痛感する。同級生である荒川と出会うのに、ずいぶん回り道をしたように思う。

『娼婦論』は、荒川洋治の技術論に通底しているメタ詩集、という色合いが強い。
 けれども、そのような寓意を考慮しなくとも、言葉の芸術として優れている。
 荒川が宣言する技術とは何か、と知るには、この詩集を読めば実感できるだろう。

 巻頭を飾る「キルギス錐情」の第一行は次のように始まる。

      方法の午後、ひとは、視えるものを視ることはできない。

 お ゝ 、というどよめきが聞こえるようだ。
 このアイロニーは、何を言おうとしているのか?

 古代ギリシャ哲学以来、西洋的な知性は視覚的認識とロゴス中心主義のパロール文化であった。
 それが1950年代から60年代に、デカルト的コギト~現象学、という伝統から、
 構造主義へのパラダイムシフトが進行してきた。
 その結果、視覚優位の認識、話し言葉による弁証法論理の伝統がくずれてゆく。
 60年代の詩人から私たちの世代は、ミシェル・フーコーやジャック・デリダのテクストを読み育ち、
 そういう既存の思考体系を鮮やかに脱構築していく様を、現代詩を読むような感覚で受け止めた、
 ...ということだ。(わたしの『森羅の散策』所収「幻化」という詩は、この辺のことに係わっている)

 視覚依存の、硬直した、ロゴス優位の、パロール中心の方法では、視えるものも視えない、と。
 それを、荒川は

      見知らぬ樹を倒しても樵夫の口笛はきこえない。
      見知らぬ鳥を撃ち落としても狩人の帰路を視とどけることはできない。

 と、書きつける。
 フーコーも、ドゥルーズも、バタイユも、デリダも積ん読だけであった行動派の私では、理解もできなかっただろう。理解できるようになった今、荒川に出会ったということなのだね。

諸島
 上は「諸島論」の冒頭部です。
          みやびを不順にしずめ
          しぐれて 在る

           ...ととのえて在ることの
          さぶしさ

 ウーム!と唸るしかない。脱帽するよ。
 誰かね?「形容が変てこりん...」なんていうのは。これは、言葉使いがおかしいわけではないよ。

 Aという言葉の次に、Bという言葉がきた場合の窯変のしかたが絶妙なのだ。
 緩いところは少しもなく、張りつめた緊張感があるね。

 「.ととのえて在ることの/さぶしさ
 ...これは、入沢康夫の「さみなしにあはれ」と遜色なく拮抗する表現となり得ている。
 デビュー作が、これほど高度な表現を獲得していることに敬意を表するほかない。

 
 この詩の着地はどうなるのだ?

          わたしはにぎわしくかきくもり
          あざみのように
          経験を急ぐ

 「経験を急ぐ」言い得て妙というやつだね。
 荒川洋治は、この当時、戦後詩的な規範を拒否し自分の技術を磨き上げてきたけれど、
 それを詩論として明確に提示するまでにはもう少しの時間が必要だったのだろう。

 つまり、C難度の着地をすべき着地点を確立してはいなかったのかもしれない。

 「わが説諭は今日もかけらのまま、ひとり充填に渇く」というのは、
 未完成で十全ではないから、完成させようと焦るぜ!、ということだ。
 だから、ソバ屋の出前みたいに「今出るところです、とかいいながらまだ出ていない」という...。

 「キルギス錐情」の終わりは
          すべてがたしかめられるだけだ

 ...と、筆を置いている。
 自分の表現を「世に問う」という決然たる姿勢が見て取れる。

sophia01.gif
 上は、「ソフィア補填」の終わりの部分です。

 ジョングルール(仏 jongleur)というのは、一般的には大道芸人、少し上等になると吟遊詩人という意味も含む。ここでは、パロールを表象しているだろう。ロゴスとパロールの時代の風は枯れた(象徴的な言葉使いで、誤用ではない)が、ふりむいてホッとするそのことこそ、これからの時代の方向性なのだと。

そして、

      私は鎮めるものも、また鎮まるものももたない、ほとばしる問いも背景をもたない。

 明らかに入沢康夫の「わが出雲、わが鎮魂」を受けている。
 簡単に言ってしまえば、
 ゲニウス・ロキの幻想も持たないし、
 政治青年であった私のような「ほとばしる問いも背景も」
 ...持たない、と。

 何を、このやろう!と思う、いってみれば居直りなのだけれども、
 荒川技術論の出発点を宣言している、ということになろう。
 隠れて国家公務員試験勉強に邁進していた連中よりはマシだと許す。

 私は、いわば大きな物語に連なる状況的経験を経たことにより、
 戦後詩的な「荒地」に長い間留まりすぎたのだと思う。

 やはり、1969年には彼とは出会わない、行き違いになるものがあるのだな。

 「白い批評」とは、文字がないということで、無視あるいは無意味な批評ということなのだろう。
 そして、最後の二行が面白いね。

 これは第1連の「狼と鈴の疲れがつりあうゆうべ。」というのを受けていることばだ。
 これは、どういう寓意を持っているのか、考える必要もない。
 初めから、「意味の文学」をしているわけではないから。

 寓意を感じているのはわたしの感受性。
 この詩はどうとでも読まれていいように書いてあるのだ。

 

  それで、私が自分の世界に引きつけて寓意を与えてみる。
 「狼」というと、私にはトリスタン・ツァラの「狼が水を飲むところ」を連想する。

 サミュエル・ロゼンストックというルーマニア人が、
 トリスタン・ツァラ(故国にあって悲しき)というペンネームをもって母国エクソダスをして、
 フランスに渡り、「果てなき越境者」として生きる。

 ツァラのフランス語は、その異邦的異性体的響きを帯びて、
 A・ブルトンを初めとするフランスのシュルレアリストたちに啓示を与える。

 ツァラは、
われわれに必要なのは、強靱で、直截で、的確で、かつ永久に理解されることのない作品である
 ...とダダ宣言をする。

 これはまさに、軟弱であいまいな言語表現をかみ殺す狼だ。
 鈴をつけて放たなければ、既成秩序はパニックを起こすだろう......

 うっとうしい日曜日一週間の血の沸騰にかぶせられた蓋 とりもどされたかれ自身の内部に落とされた かれの筋肉のうえにうずくまる重み
 鐘は理由なく鳴りわれわれもまた
 理由なく鐘を鳴らせわれわれもまた
 われわれは われわれが鐘といっしょにわれわれのうちに鳴らすだろう鎖の音を楽しむ


                                    『近似的人間』より

 狼が獲物を狙って疾駆すれば、鈴は警鐘のごとく響き渡るだろう。
 そして、「狼と鈴の疲れがつりあうゆうべ。」が訪れる。

 不用意な批評をすれば、キバをむいて反撃をするのだ。
 と、取るに足りない白い批評に過ぎなかったのだが、
 間違えて、キバを剥き襲いかかってしまったぜ!

 ...とまあ、こんな情景を思い浮かべるのだ。

 若い詩人たちの多くが荒川の技術を継承していることが、理解される。

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このページは、小林由典が2012年4月 9日 12:42に書いた記事です。

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