2012年4月アーカイブ

現代思想は相対主義を追求する。その相対主義のあり方がリゾーム的なものであり、ツリー型の体系をもつ従来の哲学と決定的にたもとを分かつ。現代詩もまた、単一の声ではないことを模索する。

現在的な現代詩の世界に入るに際して、現代思想について俯瞰する時間をとりました。インテリジェンスの高い一流の詩を読むには、現在のエピステーメーへのシフトを知っておく必要がある。

遅ればせながら読んでみた。入沢康夫といい、荒川洋治といい、先入観をもって遠ざけてはいけないな、と痛感する。同級生である荒川と出会うのに、ずいぶん回り道をしたように思う。

私は荒川洋治の詩を、ほとんど読んでいない。文学青年ではなく行動者として1969年頃を生きていたから。荒川洋治は若い時分から詩を書いており、詩の世界で有名人になることを志していた。

入沢康夫「わが出雲・わが鎮魂」は1968年発表。「オシリス、石の神」はそれから16年後。入沢の「さみなしにあはれ」は、吉増剛造においてはどのような受け止め方がなされているのだろうか。

今日的な詩の世界に入ってゆくにあたり、戦後詩の大切なメッセージを再確認しておきたい。
 それが、今回のタイトルの意味である。

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