戦後詩から、その意味(3)四季派への道

伝統的で日本的な感性からみると、「四季」派の詩は最も「詩」らしい芸術性の高い詩であり、今日でも女性を中心に大衆的な人気をもっているのだろう。ある意味では、伝統的正当派なのだけれど、...

 再び『抒情の論理』から、引用しておきたい。

社会的な考察を加えれば、『四季』派の叙情詩は、たんにこの派の詩人たちに固有な詩意識の所産だというよりも、衰退したモダニズム詩とプロレタリア詩が陥ちこんだ集中点と考える方がより適切である。
 それは、昭和10年代を前後する社会的な現実の構造に、過不足なく従属する感性秩序の所産であって、そこで示された純粋さの概念は、西欧の近代詩が示し得た意識の原型と、似ても似つかぬ孤立した情緒に外ならないものであった。
 だから、現代詩がコトバの芸術性と、意味の文学性を、適度に削り取られた後の、末分化の内部世界と現実世界が、消極的にあらわれたものだと理解することができる。

 吉本も断っているように、上の記述は「現代詩の三つの詩概念の典型として扱っているので、漏れてしまう部分が多いのだが、原理的であろうとするとこのようになる、と。

 それで、さらに四季派の特質を明らかにしていこうと思うが、その前に詩作をする初心者が踏まえておくべき問題を若干取り上げておきたい。

 「北村透谷と近代」(『敗北の構造』所収)から、要約

 「島崎藤村の『春』という作品の中で、透谷が描かれている。
 『文学界』に参加したとき、透谷はいちおう政治的関心はすてていた。
 藤村のような、まじめな文学青年からみると、どうしても理解のおよばない面が透谷にはあった。

 そのような透谷の側面というのは、そのきわめて鋭い時代意識です。
 彼は現実社会に対して先鋭的な問題意識を持ち
 そしてまた時代を嚮導(きょうどう=方向付けをして向かう)していく生き方をしていく。

 藤村は彼なりに、
 時代に対する不安とか、漠然たる懐疑とか、自分自身の悩みとか、
 そういうものを漠然とは抱いているが、
 そういうものの集中する点は、どこにあるのかということはよくつかめていないわけです。

 しかし、透谷にはそれがつかめている。
 その差が、透谷の分からなさとして、藤村には映るのだと

 ここまでは前口上として引用した。今回、取り上げたいのは、それに続く部分である。

文学創造というようなものが、あるひとりの個人を捉える捉えかたは、
 最初に若い時代に、まず自己慰安というかたちで、
 ひとりの個人を捉えていきます。

 そういう時期は、たれにとっても青年期の前半でしょう。
 書けばそれで自分で充たされている、そういうような時期はまたたく間にすぎてしまう。

 その過程で、
 自己慰安にすぎなかった文学の持つ意味が提示されて、そのまま消えていきます。

 その意味というものが、ふたたびよみがえってくることがありうるとすれば、
 それは自己慰安の時期が過ぎ去った後に、
 表現として自己完成した以後にあらわれてきます。

 自己慰安として書かれた文学作品は、
 そういう意味とか価値とかをもちますけれども、
 それが自分以外の人にとって、どういう意味をもつか、
 あるいは公共的に作品が具体的にどういう意味をもつか
 あるいはどういう位置づけをされるかということは、
 ...本人にとって無関心であるように存在します。

 文学の創造が、個人を最初にそういう意識として捉えた後で、
 次にやってくる(文学創造の)個人における意味は、
 生命力の表現となってでてくるということだ、と。

 つまり、
 自分自身が、生活的、現実的あるいは内面的に、様々な問題をかかえていても、
 はっきりとしたかたちで接近することは、まだできません。
 しかし、漠然と自分に生命の過剰感みたいなのがあって、それが、
 自分が突き当たっている問題に対して、漠然とした形で、あらゆる方向に突き刺さっていきます
 この場合、 その人個人の性格が強調されるわけでもないし、現実でも、また社会でもない...
 しかしながら、それらすべてに対して、漠然とながら生命力みたいなものがつっかかっていく、
 ...そういうかたちで、おとずれるわけです。

 文学の創造が、以上の段階を通過して、最後に到達する地点というものを考えてみると、
 そこではじめて、文学作品が、 個人の創造でありながら
 一定の公共的な意義あるいは社会的な意味となって提出されるかたちがやってくるわけです。
 思想的なかたちで社会になげだされた作品の公共性が、問われる段階で、
 日本の近代文学は「現代」に入っていったのです。

 以上の個人的発達の過程は、
 我が国の近代文学から現代文学への移行期のありようと
 ...重複していくだろう。

 そして吉本は、
文学というものがけっして自己慰安だけでなく、
 自分の生命力あるいは生命衝動というようなものが、
 どうしても現実の世界にたいしてたたかわざるを得ない、
 そういうものが文学そのものの表現なんだ
 ...という考え方が、はじめて北村透谷において(現代文学の問題として)出てきた、と。

 作家の観念の世界(内部世界のリアリティ)が現実の具体的な世界というものと鋭く矛盾するものであり、
 またその鋭く矛盾する矛盾の仕方というものを生き通すことが近代(以降)における文学にたずさわるものの、宿命的な道なんだ、
 ...ということをはっきりとしたかたちで提出していった

 [ 北村透谷 1868年12月29日(明治元年11月16日) - 1894年(明治27年)5月16日)]

 明治20年頃に、すでに透谷のような作家が切り開いた地平があるということを、私たちは知っておく必要があろう。

 その上で、四季派の問題を『戦後詩史論』から、取り上げたいと思う。

四季派の詩人たちを、モダニズム詩人たちやプロレタリア詩人あるいはそれ以外の現代詩人たちと泰然と区別するケンツァイヒェン(しるし、マーク)があるとすれば、実に「自然」詩人であった点にある。
 近代的生活様式や社会様式が詩的想像の構成を決定する、
 ...というモダニストの見解からも、

 生活意識が一つ内的世界として守られるためには、まず物質的基礎の問題をめぐって精神上の格闘を強いられねばならなかったその日暮らしの不定職インテリゲンチャの生活実体とも、
 ...四季派の詩人たちは遠く隔たっている。

 かれらはじつに中世の詩人たちと同じように、
 詩的想像の世界を「自然」と自己の内的世界とのかかわりあい
においた。

 これは、高度に機能化された現代社会では、逃避を意味したといえようか。
 たしかに逃避を意味したのである。

 しかし、これらの詩人たちは、
 主として自然物と対話することによって、
 日本社会の伝統的な感性を、意識化することに成功した。

 『四季』派の詩人たちの詩は、当時も現在も最も多数の詩の愛好者にむかえられてきている。
 これは、
 高度化した現実社会から逃避したときの詩的大衆の感性に共感をもたらすだけでなく、
 高度化した生活様式と生活意識のために、
 潜在化された形を強いられることになった優勢遺伝的大衆感覚に共鳴するからである。

 現在でもわたしたちの詩的想像の世界のなかで、
 もっとも強固なものは自然に対する感性的な秩序であり、
 これは、中世詩人が花鳥風月詠として詩的想像の世界に意識化したときから
 ...潜在的に持続されている。

 わたしの臆測では『四季』派の詩人たちは、
 近代的社会生活者としては、いずれも強靱な生活者であったに違いない。
 かれらは社会からの逃亡意識からではなく、
 詩的想像の世界をもっとも強固な基盤の上にたてようと模索したとき、
 はじめて「自然物」との対話を思いついたのではないかと考えられる。

 そこでは、「自然」は恒久的に奉職しうる基盤であり、
 生活意識は虚像の形をとって強靱さを保証された。

 かれらは「自然」を通して、逆行することにより歴史的感性の問題につきあたった。
 リルケもヘルダーリンもボードレールも、
 これらの詩人たちによって一個の風物と化して、
 はじめて受け入れられた。

 抽象化や即物化や人間悪の純化のはてに描かれた(近現代)ヨーロッパ詩の世界は、
 (伝統的感性の)一木一草のように詩的想像にはめ込まれる。

 「四季」派の詩人たちが、人間と人間との葛藤を、
 人間と社会との葛藤の詩のなかに導きえなかったのは、
 かれらが善良なセンチメンタリストだからではなく、
 その詩的想像の世界を強固にするために人間臭を導入しないこと
 ...が必要だったからである。

 「四季」派の叙情詩の世界は、
 幾分かは私小説の世界に似ているし、
 紀行文の世界にも似ているし、
 青年前期で発育をとめてしまった虚弱児の世界にもにている。

 しかしもっとも重大だと指摘しなければいけないことは
 かれらが「自然」に対する自己の内的な世界に
 古代人(記紀歌謡)や中世人(新古今など)の同じ状態を感受し、
 それゆえに恒久的な(詩的)感性の姿勢でありうると、考えた(誤認した)点にあった。

 ()内の言い換えは、私が追加したものである。

 以前に、詩における「不易と流行」という問題をとりあげて論じたが、
 不易というのはこの伝統的な自然感性であり、
 流行というのは、鋭い時代感覚の産物だ、と大別できるだろう。
 単なる、風俗的な意味ではない。

 この二つはメビウスの輪のような、あるいは弁証法的対立項のように、
 立ち現れ、消長していくものではないだろうか。

 「戦後詩から、その意味(4) 戦後詩の状況」に続く

 

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://mediaxross.net/xnt/xzx/mt-tb.cgi/130

コメントする

この記事について

このページは、小林由典が2012年1月 2日 13:13に書いた記事です。

ひとつ前の記事は「戦後詩、その意味(2)モダニズム&プロレタリア詩」です。

次の記事は「戦後詩から、その意味(4) 戦後詩の状況」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

カテゴリ別記事一覧

アーカイブ

OpenID対応しています OpenIDについて