「蒼ざめた馬」と「デラシネの旗」、そのはざまで

タイトルは『古典力学』の「広場を横切る三人の影」から。「蒼ざめた馬」はロープシンの著作、「デラシネの旗」は五木寛之の小説からきている。1969年当時、怒れる若者のキーワードであろう。

 デラシネの意匠

 私は、自らをデラシネと僭称しているのだけれど、それは精神的な「背景」を表しているように思えるからだけれど...、根無し草と言い換えてしまうと、どうも違うと感じる。

 「デラシネの旗」は五木寛之の小説だが、大隈講堂で野坂昭如と五木の講演があり、そのような契機がなければ買わなかった本だった。五木が意図したデラシネの意匠は、組織というものには属さない全共闘参加者あるいはそのシンパということかと思う。当時は八派連合などと呼ばれていた。

 ラディカリズム(急進主義)、あるいはラディカルな意志というものは、本質的にフリーなのだね。組織的なものがもっている教条主義的硬直性を嫌うからだ。
  また、ラディカルという言葉は根源的という意味をもっており、根源的な相対主義という相貌を秘めているといえよう。漢字では「根源」的ではあるが、根という固定的なイメージではなく、ひたすら徹底的なものと考えるべきではないだろうか。

 蒼ざめた馬の意匠

 「蒼ざめた馬」という表現は、私たちにはなじみがないかもしれないが、元々は「ヨハネ黙示録」第6章第8節にあらわれる、死を象徴する馬をさす。ここでは帝政ロシア末期のテロリスト・ロープシンの著作から拝借させていただいた。

 ロープシンをひとことで評するならば「祖国を失ったテロリスト」、つまりアナーキズムに限りなく近づいたテロルの思考回路をもった詩人といえるだろう。

 彼は、神という共同規範性と自己を合一させようと試み、神を前にした単独者としての不安を言葉にした。(「三韻句」に続く『闇の公爵』を紹介していないので、若干話が飛んでしまう。)
 遺稿詩集の最後は、「くにを喪った」という詩で終わっている。
 ロシア正教を排除したソ連では、「国」とは、神に代わる絶対的な共同規範の世界であるはずだ。

 この詩はもっと長い詩であったが、内村剛介がばっさりと詰めたのだという。読んでみよう。

  くにを喪った ......故に、いずこもみな信をおけぬ、
  くにを喪った ......故に、いずこもみな卑小、
  くにを喪った ......故に、信もかなわぬ、
  くにを喪った ......故に、言葉は思わせぶりの欺瞞、
  くにを喪った ......故に、喜びにも微笑をうかべず、
  くにを喪った ......故に、悲しみとて名付けようなく、
  くにを喪った ......故に、生は、揺れ動く幻影に似て、
  くにを喪った ......故に、死は、凋落の花に似て...
             故に、ものすべて無用、さもなくば虚偽...

 内村剛介は満州開拓団の家族とともにハルピンに渡り、軍に招集され、後にシベリア抑留されるという経験を持つ。
 関東軍は、ソ連侵攻に際して、内地に引き上げる開拓団の人々を守ることなく、
 逆に彼ら(ではない。我ら、であるはずなのだ!)を盾にして残し、我先に逃げ帰ってしまった。

 この経験から、内村は「国家は棄民をする」と、個と共同規範の世界の矛盾構造を鋭く指摘した。
 満州開拓も、中南米移住も、そして沖縄(米軍基地占有)も、はっきり言って一種の「棄民」であろう。


 ロープシンのこの詩は、内村のその思いを通過して、屈折して出てきた表現なのだといってよい。

 「蒼ざめた馬」と「デラシネの旗」のはざまで

 わたしはこの二つのメタファーの狭間を歩んでいるのだな、と常日頃に感じている、危ない人かもしれないな。

 何故なのかは、わたし自身の中ではケリがついていることで、故郷喪失者のアイデンティティー確立への欲求といってよい。
  わたしのデラシネ性は二代目つまり、好むと好まざるとに係わらず歴史情況に運命を与えられたものなのだ。

 国鉄職員だった父は、野心があって、満鉄に転じた。
 しかし...、
 太平洋戦争の戦況が敗色濃くなると、ソヴィエト連邦は突如、「大日本帝國及「ソヴイエト」社會主義共和國聯邦間中立條約」の自動延長を破棄して、満州に侵攻を開始したのだ。

 私の母は平仮名もろくに書けない津軽の田舎娘だった。
 けれども生活のために父の田舎で闇米を買い出しして、それを背負って帰り、
 ご近所相手に売るヤミ米販売をして糊口をしのいだ。生きるためには、罪などないといえる時代だ。

 けれども当然の帰結として、しばしば警察のやっかいになることが多く、顔見知りとなっている。
 その世間話の中で時局の悪化を警察から知らされて、はるばる満州まで父を連れ戻しに行った。

 なかば文盲の田舎女だけれど、言葉の通じない満州で、長女を背負いながらの人捜し。

 読めはしない漢字の筆談で父を捜し当てたという。
 漢字の形を覚えて、それを筆写するコミュニケーション。
 勿論、多くの日本人、とりわけ現地の警察のお世話になったはず。

 親父は......、母の想像どおり現地の愛人と一緒の生活を送っていた。
 厳しい現実を生きているレアリストの母は、その女を運河に突き落とし、大至急引き上げを始める。
 嫉妬などしている場合などではない。

 ソ連軍が、乱暴狼藉をはたらき略奪をしながら、満州国境をはるか越えて、すぐそこに迫っている。
 男は銃殺か、シベリア行きの列車行き。女は...!
 子供は、現地の中国人に預けていく他ない。逆人身売買だね。母は長女を背負って逃げた。闇米かつぎ屋のたまものだね。ながい帰国逃避行の途中、南京で次女が生まれている。Oh my!

 父母たち家族の乗った引き揚げ船は、日本政府の引き上げ事業で帰還できた最後の船になった...
 後の船に乗った人たちは、ついに博多港にたどり着くことはなかった。
 後の人たちは東シナ海で、魚雷や機雷、砲撃の餌食となって、海中に消えていったのだった。

 父がゼロから築き挙げてきた家も想い出も財産もすべてを失い、それでも幸い、生きて帰れた。

 シベリアに抑留された香月泰男や内村剛介その他無数の抑留者の方々から比べれば幸運だった。

 私もまた、いわば棄民の子であろう。
 父親は農家の末っ子であり、長男が引き継ぐ本家に対する分家として水呑百姓に甘んじなければならない宿命を負っていた。
 それを否として、国策にのって満州に飛翔しようとしたのだった。
 命からがら帰国したといっても、もはや還るべき故郷はなかった。

 その戦後の状態から、私の幼年時代が始まった。

 満州浪人という経緯もあったのだろうが、大正ロマン時代に青春を送り、教育があり野心を持った父は諸般の事情から引っ越しを繰り返した。<br /> 私は同じような夢を何度も見るのだけれど、家に帰ろうとして、その家は誰も住んで居らず「あっ、引っ越してきた昔の家に帰ってしまった!」という途方に暮れる夢なのだね。
 私は故郷と呼ぶべき場をついに得ることができず、わたしもまた転居の多い人生を送ることになる。それで、今でも繰り返し見る夢は、家に帰ろうとするのだけれど、はるか遠くの異境まで来てしまっているので、道に迷ったりしてついに帰り着けない、というもの。

 そして現実ではどこに居を構えても、つねにどこかかりそめの宿」という感覚しかもちえないせいか、地域共同体の成員としてふさわしい生活倫理観というものを私は持たない。というよりも、生活というものそれ自体を根底のところではどうでもよいと捨てているところがあるのだね。

 自分が依って立つべきものは生活の中にはなく、心の中のラディカルな意志といった実体のないものにしか精神の安定あるいは安寧を求められない。永遠の流刑に処されている、という感じだ。

 生活倫理観を持たないから、アナーキズム的ラデイカルナ意志が生まれてくるのか、あるいはその逆過程が本質的なものなのか......。

 それで、デラシネという僭称だけれども......、

 つい先頃、「ユリイカ」1971年9月号を入手したのだが......。
 かつて好きだった60年代詩人渡辺武信が「感受性の覚醒」という文を書いていて、(ユリイカの名が「われ発見せり」という意味であることを発見した、と)、ちょっと読んでみよう、と思ったからだ。
 それと、同時に天沢退二郎の未刊詩集一挙掲載、というのにも引かれ、取り寄せた。

   根なし草

  私は信じたい、じぶんが根なし草でないと。
  
  歯ぎしりするほど つめたい伏流は
  たえまなく 私の髭根を洗いさらしているのです。


 天沢退二郎、格好良すぎるね。
 自分は根なし草だと断念している私とは違う。

 でも、根なし草の実体、実物は何か、と考える。

 比喩的表現なので、この草ですというものは分からないではないか!
 近くの池から採取してきて、水槽に浮かんでいる、この草だろうか?と観察してみるが......、

 冗談だろう。この草は、どんどん増えて、群れをなして緑の絨毯を水面に演出する。
 そのうえ、水中根をどんどん30センチ下の砂礫層まで伸ばし、定着しようとするのだ。
 私には、そんな群れをなす同類はいないし、群れをなすこと自体を拒否したい。
 土地定着者である農村共同体の横並び安定意識というのが大嫌いなのだ。
 東日本大震災の悲劇の大半は、土地に定着するものの悲劇なのだ。
 定着という執着...。

 まして相手かまわず、からみあうなどということも、ありえない。
 根なし草、という呼称は、じつに私を少しも表していないのではないか、と疑念が湧いてきた。

 これは、
 悪い比喩なのだ、と聞いたような台詞を言っておく。

 とりあえず、浮き草とでも...。
 
 だが、浮き雲では、いくら何でも軽すぎるだろう...。
 とかんがえて、越境者という言葉に若干の共感を覚えるのだった

 越境者にとって、最大のプロブレムはゲニウス・ロキとの摩擦、あるいは戦いということになっていくだろう。

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このページは、小林由典が2012年1月15日 23:31に書いた記事です。

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