野村喜和夫、日本語エクソダス(1)日本語の起源

日本語は複数の言語が融合して成立したものであり、更に漢語やサンスクリット語が政治・仏教界で用いられ、アイヌ語や琉球語などの方言が並行して使われていた。日本語の起源を想う。

 「荒地」派から出発したわたしは、これまで、ことばの意味性をめぐる詩の経験(=歴史)に偏って論じてきたといってよい。


 野村喜和夫は、その逆に音声や形象といった面(シニフィアン)にこだわりをもつ詩人である。

 彼は「音の誘惑に屈したことがないような詩の書き手を、私は詩人とは呼ばない」とまで書いう。

 詩作者は書きながら、あるいは読みながら、無意識のうちに口調をチェックしているものだ。
 程度の差こそあれ、言葉の音声的側面を無視している詩人というのはほとんどいないだろう。
 荒川洋治のように「字面を見るだけでも、よい詩にはリズムがある」という人もいる。
 問題は「誘惑に屈する」という程度、つまりどれだけ音の世界に踏み込んでいくかということだ。

 野村は、日本語について、ひらがなの持つ音声的側面と、
 象形文字である漢字が持つ図像的側面と、
 両者の二重性の間で揺れ動くのだという。

 そして、しばしば、意味を犠牲にしてまで音の誘惑に負けてしまうと。
 だがそれが厚みのある詩的言語のリアリティーを作るのである、と断言する。

 「伝統的詩歌の枠内にある意味」でもって詩を解釈をする人にとっては、
 「余計な言葉」としか思えないことばが、
 詩を豊かにする、とこれまでにも何度か私は述べてきた。

 私もまた、意味を犠牲にしてまで言葉の音韻的魅力に惹かれてしまうくちだね。...というのは、
 どうも育った環境が悪かったのか、言語脳がゆがんでいるのではないかという劣等感を感じる。

 中学生の時、山口県の岩国基地から海上自衛隊の部隊が、宇都宮に移動してきたことがある。
 航空自衛隊基地の近くに住んでいたので、学校で私たちのクラスにも何人か転校生が入ってきた。
 
 女生徒だったが、国語の音読の時、彼女のイントネーションとメリハリのある発音に魅了されたのだ。
 「そんなの、ごじゃっぺだっぺ!」などと叫んでいる環境なので、お箸と橋の区別もつかないし、親たちは「い」と「え」の発音の区別がない、という有様だった。

 そのうえ、前に書いたように英語は英語で考えるということを、遡ってみれば小学生の頃から経験的にやっていたのだね。それで、普通の日本人と違った言語音感覚を持っているのかもしれない。

 最近の言語音声学の見解を、多少なりとも整理しておこう。

 ◎音楽や機械的な音、雑音というのは左耳(右脳)がキャッチして処理するらしい。
 ◎言葉の音声的なものは、右耳(左脳)がキャッチして処理するらしい。

 ものの本によれば、電話の受話器を右耳に当てるのは、そのせいだとか。


 でも私は受話器を左耳に当てて会話をする。メモをとるから、右手で受話器を取ることがない。
 そして、電話に限らず、音声で聞いたことというのは、ちっとも頭に残らないのだね、これが。
 例えばどこかを訪問する時、電話で道を訊いて受話器を置くと、うろ覚えで思い出せない......。

 私の場合は、両耳で聴いたものでも、すぐに忘れるというたいへん困った偏り頭脳なのだ。
 
 ところで、日本人には特徴的なところがあって...

 母音、鳴き声や笑い声、虫の音(ね)、動物の鳴き声、波や風、雨、川のせせらぎ、邦楽器の音
 ...これらの音は、日本人は右の耳(左脳=言語脳)で聴く。
 ...西洋人は左耳(右脳)で聴く。

 ・この特質は、じつはポリネシア語と同じであり、その他には例を見ないという。

 ・ただしこの特質は人種的違いではなく、その言葉を母語として最初に覚えたかどうか、による

 ・日本語は、擬声語、擬音語が高度に発達している。

 
 それで、直観的に考えられるのは、日本語はクレオール言語だな、ということだ。

 クレオール言語とは:
 意思疎通ができない異なる言語の商人などの間で自然に作り上げられた言語(ピジン言語)が、
 その話者達の子供によって母語として話されるようになった言語、を指す。
 公用語や共通語として話されている地域・国もある。

 世界には、たとえばインドや中国など、少数民族が多数点在している地域では、
 異言語が同居しているが混じり合わない、という場合が少なくない。  

 たとえば、今日でも秘境であるインド山岳地帯で、未知の言語が発見された話。

 その言語はチベット・ビルマ語族に分類されるコロ語(Koro)というローカルな言葉だ。

 東アジアから南アジアにかけて分布するチベット・ビルマ語の系統には、400種類近い言語が属しており、インドでは150種類が使われていると調べ上げられている。

 ナショナル ジオグラフィック協会の絶滅言語救済プロジェクトに参加した調査チームによると、
 コロ語はそれらいずれの言語とも異なっていたという。

 コロ語の存在が明らかになったのは2008年というから、最近の話である。
 ある少数民族の間で話されているAka、およびMijiという言語を聞き取り調査していた学者チームが、
 音がまったく異なる別の言語に気がついたのが発見のきっかけになったのだ。

 コロ語とアカ語のどちらの話者も、両者の共通言語を持たない
 にも関わらず、互いの言葉に違いがあるとは考えていないという。

 民族的な差異を認識しないほど同化した2つの種族の中に、
 別々の言語が共存していることは非常に珍しいことのようだ。

 現地の人々は言語上の差異にあまり関心がないようだ。

 たしかに、そういうことがあるだろう。私は、ネパールのポカラに滞在していたとき、
 湖を意味するPokhara の名前が、地図によってPewa Taal とFewa Taal とあり、どっちが正しいのか現地の人間に尋ねてみたけれど、どっちも同じだというのだね。

 ある時は、バラナシでネパールのことを尋ねてみると、ネパールとは言わずヴィレッジ(田舎)と称していることに気づいた。現地人は国境を意識せず行き来しているので、そういうことなのかと思う。

 さて、日本語なのだけれど、
 日本はその昔は日本海を湖として、
 北はアリューシャン列島、南は琉球弧でユーラシア大陸と地続き(氷河期)だったようだ。

 この時期に、民族移動の圧力が大陸の東端では日本に集中しただろう。
 同じ北端ではグリーンランドや北極圏、北東では北米大陸へと民族移動が進行した。
 東南アジアでは、ポリネシアやミクロネシア方面へ海洋民族が移動した。

 しかし、氷河期が終わると日本は島国となり、
 今度は東南アジアやポリネシア・ミクロネシア方面から海洋民族が日本各地にやってきた。
 インド山岳部のような秘境では、人口移動ルートは限られており、局地的な接触に限られている。
 島国の日本では、黒潮に乗ってポリネシア人たちは琉球・本州各地から東北まで広範にやってきて、
 先住民たちと接触することになる。

 言語的接触は一対一ではなく、
 ポリネシア語対東南アジア各言語、東アジア各言語、北アジア各言語、ということになるだろう。

 つまり、行動範囲がはるかに広い海洋民族ポリネシア人は数十から百数十種もの言葉の勘合帳みたいなものを必要とした。
 最初はそれを経験則でやっていたけれども、その中から法則性みたいなものを見いだし、整理が進む。
 つまり、同類項をまとめてしまうことにより、単純化していく過程が進行しただろうと推察される。

 その過程で、分からない言葉を聞き取る時に、互いにゆっくりと発音する必要性に迫られる。
 この「ゆっくりと発音する」ためには、言葉を1音1音に区切るようにしなければならない。

 エッ?何だって、Twist and Shout? もっとゆっくり、ゆ・つ・く・り...
 ツ・イ・ス・ト・ア・ン・ド・シ・ヤ・ウ・ト だな?うんうん、やーやー、だーだー、イエイエ
 ってな具合に、子音+母音(開音節)という言語体系が、ポリネシア語を母胎として形成されたのが
 大和言葉の始まりなのではないだろうか?

 いや、日本語の音声表記はサンスクリット言語学に倣ったものだというのが、有力なのだけど。

 鈴木武樹氏の研究によると、上古音から中古音に変わる三世紀頃までは、閉音節(子音終わりの音節)も存在したであろう、という。これを追求してみると、朝鮮系の言語と深い関係があるようだ。
 朝鮮語系では、現代語に至るまで閉音節が保持されているのに対し、大和言葉では三世紀頃から開音節に変わっていく。

 この原日本語とも言うべきことばは、最初はピジン語として使われていたが、
 定住していったポリネシア系住民の子孫たちによってクレオール言語となっていったのではないか。
 日本語は自然発生的言語というよりは、作られた混合語であると、いうのが正しいだろうと思う。

 ひとつの事象を表すのに、いくつもの表現があるという日本語の多様性は、
 じつに多くの言語の混成チームであるという起源に由来することは確かなのだね。

 この時期に、文字はあるにはあったけれど、岩刻文字であったために、一般的に流通するには至っていない。
 ・北方系岩刻文字=ヒッタイト、匈奴の文字
 ・南方系岩刻文字=古代シュメール文字
 
 文字が我が国に入って定着するのは、はるか後になって、
 中国から漢字と共に紙などの媒体が持ち込まれてからのことだ。

 [ 注 ] エクソダス
     exodus ...旧約聖書、「出エジプト記」より、(民族などの)国外脱出

     「野村喜和夫、日本語エクソダス雑感(2)」につづく

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このページは、小林由典が2012年1月16日 23:28に書いた記事です。

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