自閉詩を越えて:エピステーメー・シフト(2)

デカルトよりもはるか昔の紀元前4~5世紀、仏陀は今日の仏教思想の基となる悟りを開いた。仏教もコギト哲学の系譜だといってよいのだけれど、なぜ独我論の罠に陥らなかったのか?

 それは、内的な領域でいえば、形而上学的思惟を排して実践に価値と意味を見いだしたからであり、
 外的な領域でいえば、「世界」というものが今日ほど複雑ではなくローカルで把握可能であったからだ、
 ...といえよう。

  内的な世界

 私たちの思考には、習い性となっている自己中心感覚が渦を巻いている。
 これは、思考の発達段階を考えればごく自然なことで...
 ・新生児期...母親との感覚器官を通じたふれあい意識
 ・幼児期...家族関係を中心としたコミュニケーション関係
 ・児童期...同じ年頃の児童たちとの集団生活経験
 ・学童期...学年の違う生徒とのクロスオーバー的交流
 ...というように、自我の拡大と表裏一体で、自己の世界観を拡大していくことによるからだ。

 このような世界観拡大の延長上に、世界の大思想的な哲学もまた打ち立てられているわけです。

 ハイデッガーの『存在と時間』やヤスパースの『哲学的世界定位』、ヘーゲルの『大論理学』とか、
 いわゆる大思想というロゴス中心主義の西洋哲学は、世界を丸ごと中心主義的に体系化してみせる人間知の営為なのだ。

 私たちの思考は、
 幼児的レベルから大思想までの階調のどこかに納まっている、といってよい。
 歴史的にみれば、素朴な自然観を基礎にした原始的世界観から、中世の宗教的世界観や近現代の認識論に基づく世界観を一定程度なぞって、今日に至っているわけである。

 私たちの認識レベルの違いはどこに由来するかといえば、
 世の中とはこんなものだと諦観することによるのだろう。

 割り切ることで、思考停止がおこり、習慣的思考となり、
 偏見と誤謬とにおおわれた色めがねの人になってゆく。


 その一方で、知はその本質として限りない拡大を志向していく。

 仏陀の時代にも、古代ギリシャと同様に、
 ...唯物論的思想や懐疑論的思想、あるいは東洋的運命論とか、伝統的道徳や宗教否定論など、
 百家争鳴の状態にあったという。

 仏陀は当時盛んに論じられた宇宙論、
 つまり「宇宙は永遠なのか、世界は常住ならざるものなのか」という論議は、
 人が生きていく上でのというものを解決するには役立たないとみなす。
              
 (生あり、老あり、死あり、苦痛、嘆き、悩み、悶え)

 そのような思考のありようを「無記」といい、
「いずれとも決定しがたい」あるいは「善でもなく、悪でもなく、どちらでもない」
...という意味で使われる。
 
 フッサール現象学のエポケー(判断停止)という思考手続きと似ている考えだといってよい。

 ただし、
 現象学は認識からドクサ(臆見)を排除する手続きであり、
 仏教の場合は
 「いまここに生きているというこの事実をふまえて、
  自分たちはいかに生きるべきかを明らかにし、
  そのように生きよう」
 ...という実践哲学を志向した、という違いがある。


 外部世界

 仏陀にとって、
 世界というのはマガダ国とその周辺であり、
 今日のような巨大文明も巨大社会もなく、
 都市が各地に出現しはじめていたが、
 大勢は自然の中に村落として共棲している小民族単位の社会だった。

 産業革命も未だなく、
 経済システムによる収奪や
 社会制度による人間疎外や抑圧という現象も顕著ではない。

 自己中心の独我論的認識であっても、
 周辺部あるいは辺境という外縁を過不足なく把握が可能であった、と。

 けれども、今日私たちが世界という表現をすれば、
 それはすなわち全世界を意味する、きわめて複雑な集合体という様相を呈するものとなっている。


 たとえばインターネットという世界を考えてみる。
 ストックとしての言語がネット上に分散して置かれ、かつグローバル・ブレイン(頭脳)として機能し、
 フローとしての言語がネット上を縦横に流通して、グローバル・コミュニケーションとして機能し、
 
 ネット社会という瞬時に情報が行き来するボーダーレスな世界を形成して、
 実社会に対する影響力をますます強固なものにしていきつつある。

 いかなる大思想をもってしても、
 このように拡大し全地球的となった世界を中心主義的に体系化することは不可能だといってよい。

 ヘーゲルからハイデッガー、ヤスパース、サルトルに至る認識論は、基本的には意識によって、人間の経験を体系化することにあった。
 けれども、その対象となる経験は世界の拡大と多様性によって、許容量をはるかに超えて、有効性を失い続けている。

 視点を変えてみれば、西欧世界中心主義的な思想は、今日ではローカル思想としての位置づけに甘んずるほかない情況が出現している。

  このような「知の脱中心化、反全体化」のうねりこそ、構造主義と称される知のあり方なのだといってよい。

 けれども、構造主義的考え方といえども反省的に思惟をするに当たっては、 基本的に意識の立場に立たざるを得ない部分がある。
 
 構造主義派のミシェル・フーコーにせよレヴィ=ストロースにせよ、彼らの知的営為はフッサール現象学を根底にしたサルトルやメルロ=ポンティの哲学の多大な影響を受けて、その眼界を突破しようとしたものであったことを見落としてはならない。

 デカルト的コギト(意識)の立場に立って、
 ロゴス中心の明証性を根拠に、中心主義的に措定される世界観というものは究極的には閉ざされた知の世界で足踏みせざるを得ないわけです。

 「自分探し」もいいけれど、南氷洋で氷の中に閉じ込められた南極観測船宗谷のごとく、行くも能(あた)わず還るも能わずということにならないように...。


 構造主義的考え方は、
 意識による認識論の枠組みを打破して、
 デカルト以前の経験主義的・実証主義的な思想に着目をする。

 それは、人間存在を個人的で意識的な存在として捉えるよりも、
 集団であったり社会制度における存在としての面に注目し、捉えること
 ...であった。

 
 語り出したら止まらなくなってしまう。ので、エピステーメー・シフト(3) へつづく

 初稿2011/12/05 公開12/08

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このページは、小林由典が2011年12月 8日 00:22に書いた記事です。

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