田村隆一 ぼくの鎌倉百景 「野原の中には」

「大きな野原が大好きだ」と書いた田村隆一...これを自分の感情を素直に吐露した詩と解釈できるだろうか? 「そのような直線的なリズムはぼくのこころにはなかった」と書いた詩人の詩を...

 ぼくの鎌倉百景 『夜の江ノ電』から 第一景


野原の中には           田村隆一


花屋の花は気に入らない
小鳥屋の小鳥も気にいらない
詩人の詩だって気にいらない

大きな野原が大好きだ
小さな花が咲いていて
野草の色は緑の炎

夜ひらく烏瓜の花
ガラス細工の白い花
そのくせまっ赤な実がなって

一世代は三十年
一世紀は三世代
野原の中には大きな木があって

烏瓜の赤い実は黙ってゆらゆらゆれている


 大きな野原とは何か?

 田村隆一は、実際に野原を見て「大きな野原が好きだ」と、言葉にしたのではないといってよい。この本は編集者の意図によって「ぼくの鎌倉百景」らしい写真とのコラボに仕立て上げられている、ということだ、と。

 あえて、ごく素直に読んでみたところで、風景に対する抒情という要素はこの詩にはみられない。

 荒地派の、いや戦後詩の出発を告げた鮎川信夫の『死んだ男』の印象的な一行は次のように書かれている。
       「さよなら、太陽も海も信ずるに足りない」

 これは、戦前の四季派にみられた自然詠唱的抒情に決別を告げているわけです。
 その荒地派の詩人田村隆一が、四季派的抒情で大きな野原が大好きだ、と述べていると考えるのは、戦後詩の世界を通過していない不勉強者のとんでもない誤読だと言うほかないでしょう。

 田村隆一の詩でいえば、

        一羽の小鳥でさえ
        暗黒の巣にかえってゆくためには
        われわれのにがい心をとおらねばならない
 (幻をみる人)

        一篇の詩を生むためには、
        われわれはいとしいものを殺さなければならない
        これは死者を甦らせるただひとつの道であり、
        われわれはその道を行かねばならない
   (四千の日と夜)
 
...ということになる。

 大きな野原について考えるにあたり、その糸口としてそれに先立つ〈小鳥〉と〈死者〉がなにを意味しているかを、明らかにしておかねばならないだろう。

 戦前、モダニズム系の詩を書いていた田村隆一は、戦争体験を機に荒地派としての道を歩み始めた。戦後の世界を荒地とみた彼らからすると、その言葉は戦前的な言葉の反措定として立ち現れてくるのはごく当たり前なことであったろう。

 田村の詩は反語的語法の執拗な積み重ねによって、強固な観念世界を構築していく方法に特徴がある。第一連がその形を踏襲しているが、「写真と詩」のコラボレーションという出版形態・意図からだろうか、執拗ではない程度の連打にとどめている。参考にあげた『緑の思想』と比較すれば一目瞭然だろう。

 田村隆一はそれに代わるものとして、弁証法のアウフヘーベン的に「大きな原野が好きだ」という対置語を持ってきた。いってみれば「反・反語的語法」による止揚をはかったのだろう。

 (正) 「花屋の花」や「小鳥屋の小鳥」はそれを愛でるという都会人の行為を表すテーゼとなっている。
 (反) それらを「気に入らない」というのが田村隆一的なアンチテーゼとなる。

・花屋の花...観賞用に品種改良され、温室栽培された不自然な花、店頭の商品としての切り花 
・小鳥屋の小鳥...野生ではない、飼い慣らされた、狭いカゴの鳥。愛玩物として
・詩人の詩...「言葉なんて知るんじゃなかった」と書く(自分の詩の)自己否定
 あるいは、花屋の花や小鳥屋の小鳥をうたう類の桂冠詩人または四季派的抒情と考えてもよい。
 はたまた、アイロニーをアイロニーとして(ロマン的アイロニー)提示していると考えてもよい。

...この冒頭の三行は、各行にテーゼとアンチテーゼを内包したものとして、提示されている。

 ここまで来て、初めて、
(合) 大きな野原が大好きだ という表現が意味を持ってくるわけです。
 つまり、冒頭の「反語的三行」を「アウフヘーベンした言葉」として提示されているわけで、けっして見かけ通りの素朴な四季派的抒情表現ではあり得ない。
 乾いたロゴスと意志を感じこそすれ、対象への抒情というものは少しも読み取れないはずだ。

 時代の漂流物でいっぱいな時に、破壊された想像力を回復するためには「われわれのにがい心」を通過させねばいけない。
 押し殺された言葉を甦らせるためには、戦前的な抒情への愛惜を射殺し、暗殺し、毒殺しなければならない、と戦後の田村隆一は『四千の日と夜』を切り開いてきたわけである。

 田村隆一は、現実の事象から詩を書くのではなく、言葉から詩を書く詩作家であり、誰よりも言葉に執着を持っている。詩集『四千の日と夜』所収の「立棺」の成立事情はその辺の田村隆一の詩歌観をよく現している。
 田村隆一が「立棺」という言葉を知り想像力を喚起されたのは鮎川信夫の「裏町にて」という詩の一行だったという。鮎川信夫のメタファーは男と女の関係を象徴する意味で使われたものだが、田村隆一は自分の心に入り込んだこの言葉を温め続けることになる。

 この「立棺」が詩人の意識に再登場するのは、中桐雅夫の文字通り『立棺』という詩を読んだ時だったという。中桐の書いた「二〇行たらずの詩」の第一行は、

  わたしの屍体を地に寝かすな

 ...だった。この一行を見た瞬間に、田村隆一の九〇行の詩『立棺』はできあがってしまった、と。

 ここで注目しておきたいのは、田村の次の述懐である。

「わたくしの想像力を刺戟したのは「立棺」という言葉であって物ではないのです。物としての「立棺」をわたくしは見たこともないし、調べてみたこともないのです。また知る必要もないのです。つまりわたくしの心にとって「立棺」はある世界を意味する言葉なのです。」

 ここで、田村隆一の面目躍如というエピソードを紹介しておきます。かれは早川書房から刊行された「早川ミステリー」の翻訳者をしていたことがあります。
 有名な話ですが、翻訳者・田村隆一は原典を読まない翻訳者として仕事をしたそうです。そこには当然「下訳者」がいるわけですが、夕暮れ近くなって出版社に現れた田村隆一は、いきなり下訳原稿を手早く読み、日本語の文脈と言葉使いを手直しして、それが終わると、さっさと神田のネオン街に繰り出していったとか。

 もちろん下訳者の仕事を信頼していたということもあるでしょうが、それ以前に日本語としてきっちりと意味が通ればよい、という「言葉の問題としての意識」があったかと思います。ですから、原典という現実の対象にあたる必要性はないという態度だったのでしょう。
 「立棺」とは何かを調べる必要もない、と言いきる田村隆一ならではの伝説的な話です。

 さて、この「立棺」について触れた文章の中で、田村はこの言葉が彼の「無自覚的意識」のなかに忍び込んだ、と言っています。

 「わたくしたち個人の持っている大部分のものは「無自覚的意識」という広大な土地なのです。ここは共同にして無名の土地です。ある固有の文化が生まれ、そして死んでゆくのも、こういう土地においてです。近代の人は「自覚的意識」というあまりにも狭小な土地に文化を造りたがる傾向があるようです。」

 
 なにやら、見えてきたものがあるのではないだろうか。彼はユング的無意識を重視しているのだ。第三連は烏瓜の比喩が出てくる。これは、現実の烏瓜である必要はない。
 
 烏瓜は夏の夜に人知れず開花し、朝にはしぼんでいる。観賞用の花ではない。
 その白い花は、大自然の神秘を見るような趣があるが、ここではガラス細工の花だと。
 それなのに、真っ赤な瓜がなる。田村隆一ふうにいうと〈イメジ〉の烏瓜なのだろう。

 そして第四連、一世代、一世紀というのは人生および人間の生の時間の尺度であり、数千年も生き続ける木にとっては一炊の夢にしかず、というメタファーが表象されているだろう。
 田村隆一にとって「木」とは、特別な意味がある。彼の言い方を踏襲するなら、現実の木そのものではなく、ある世界を意味するということになるだろう。

     空から小鳥が墜ちてくる
     誰もいない場所で射殺された一羽の小鳥のために
     野はある

 戦争でもっとも激しく破壊されたのは「言葉と想像力」なのだ、と考えている田村隆一にとって、
射殺された一羽の小鳥」 とは、想像力を意味している、といってよいだろう。  

 『四千の日と夜』の頃の往相(上昇過程)にあった詩人の観念あるいは思想においては、
 ・落ちてくる「鳥」や、
 ・叫び声が聞こえる誰もいない部屋の「窓」、
 ・時には驟雨もあった「雨」、
 ・触れることのできない「死」

 ...が基本的な言葉であった。それが、一九七〇年代の『新年の手紙』以降、鬱蒼とした言葉の森といった趣の還相(下降過程)の詩に変わっていく。


 吉本隆明は、田村のアメリカ旅行やインドなどの訪問によって、「見聞の空間を拡げ、人間の営み差異と同一性の体験を拡張したこと」をひとつの理由としてあげている。

 私自身の経験からみると、田村隆一は東洋的無私の精神に傾いたのではないかという気がするのだが...。エゴがぶつかり合う個人主義の国アメリカと、エゴを捨てて無私から始まるインドの精神風土。この対極的なものを経験してみて、動的なものから静的なものへ加齢が始まったと思う。

   

   木は黙っているから好きだ
   木は歩いたり走ったりしないから好きだ
   木は愛とか正義とかわめかないから好きだ

   ほんとうにそうか
   ほんとうにそうなのか

   見る人が見たら
   木は囁いているのだ ゆったりと静かな声で
   木は歩いているのだ 空にむかって
   木は稲妻のごとく走っているのだ 地の下ヘ
   木はたしかにわめかないが
   木は
   愛そのものだ それでなかったら小鳥が飛んできて
   枝にとまるはずがない
   正義そのものだ それでなかったら地下水を根から吸いあげて
   空にかえすはずがない

   若木
   老樹

   ひとつとして同じ木がない
   ひとつとして同じ星の光りのなかで
   目ざめている木はない
   木
   ぼくはきみのことが大好きだ

 最初の三行が、自然を前にして素直に吐露された言葉でないことは明瞭だろう。
 続く二行のルフランで、すぐさまひっくり返しを宣言するのだ。

 みる人が見れば以下のように見える、と。『緑の思想』を参照下さい

 植物の根は、動物の腸絨毛突起に相当するのだという。
 植物は、大地という固定された環境から栄養分を吸収する方向に進化してきたものであり、
 動物は、根の機能を腸絨毛組織に変えて、口から栄養を送り込むという不便な方式を獲得したかわりに、土地に縛られず移動が可能となった。

 そのように考えていくと、木がなにやら動物と同じ精神世界を、原初的なものにせよ持っているという気がしてくる。木は人間や動物のように発音器官を持たない代わりに、気孔をつかってフィトンチッドを発散させ、樹木どうし花どうしで情報のやりとりをするのだという。

 そこで、
 木は愛であり、正義である
 という。

 地下水を根から吸いあげて 空にかえす、とはどういう営為を表しているのだろうか?

 吉本隆明は批評の中で、次のように記している。

「この詩人のなかから、上昇し、また落下する「鳥」の動的な比喩は消えて、そこにいつまでも佇立しているように見えて、じつは地下から吸いあげて空に上昇させている何ものかを秘めた「木」の像的な比喩があらわれる。この詩人の感性の共同体は戦争の「死」をくぐり抜けたものの経験の共同体(「荒地」を意味する)の暗い姿から、日常の平穏な生活のなかに、生きているものだけでなく、死者の時間が含まれていて、一緒に食べたり、遊んだりしているような親しい者たちの共同体や街区の共同体の静かな姿へ変貌していく。」

 詩人は、ひたすら吸いあげた水(言葉)を空にかえすことを反復している「木」のように、営々と詩を書いている。この後に続く、長広舌あるいは超饒舌な詩の数々を読むと、田村隆一が死に向かってありとあらゆる言葉を注ぎ込み、無意識世界から紡ぎ出している姿が立ち現れてくる。

 言葉という語は、「事の端」という意味性と、「木の葉」というイメジを持っている。そして、

 木とは詩人田村隆一であり、田村隆一の「わたくし」ではない。言い換えれば、この詩人は「言葉によって選ばれている」人であり、田村隆一という個人である必要はない存在だと。

 田村隆一にとっての「木」とは、詩的営為(あるいは詩人の生)そのものを表象している、といってよい。

     
     ぼくはきみのことが大好きだ

 以上のような背景があって、大好きだという言葉が初めて出てくるのが、田村隆一なのだ。
 けっして素直なジイサンじゃないよ。

 その事が理解できれば、「野原」とは何か、が自ずから見えてこよう。

 「大きな野原」とは、野生の言語が息づいている「無自覚的意識」という広大な世界の像的な喩にほかならない。かつて
     誰もいない場所で射殺された一羽の小鳥のために
     野はある

...とうたった若き田村隆一にとって、「野」とは、言葉世界の像的な喩であった。
 その「野」は年輪とともに深みをまして、「無自覚的意識」を秘めた、大きな野原という表現になったのだ、と。

 そして、大きな木とは、詩人の詩的営為の(観念的)世界を表している比喩になっているとみてよいだろう。
 その世界では、生きている自分たちも、死んでいった戦友や荒地同人たちも息づいているのである。

 つまり、烏瓜の赤い実はだまってゆらゆらゆれている、のだ。



     緑の思想  ( 一九六七年 )

     (前半略)

     水平に眠っているものはだれひとりいない
     球状の寝台はまがり
     球状の運河を流れていく死はまがり

     妊婦の子宮はまがり
     胎児はまがり
     「時」はまがり

     球体の中にとじこめられている球体
     たえまなく増殖したえまなく死滅する
     緑色の球体

     部分的にはそう見えるだけだ
     部分的にはそう感じるだけだ
     部分的には部分を知るだけだ

     目をつむればそれがよく分かる
     目でものを見るということはものを殺戮することだ
     ものを破壊することだ

     一度でいいから
     人間以外の眼でものを見てみたい
     ものを感じてみたい

     「時」という盲目の彫刻家の手をかりずに
     ものがみたい
     空が見たい

     感情移入はもうたくさんだ
     傷ついた鳩への
     頭を砕かれた蛇への

     同時代の美しい死者への感情移入よりは
     やわらかい胸毛におおわれた鳩になることだ
     夏草の上をなめらかに這う蛇になることだ

     土から生まれ土にかえる死者になることだ


     (後半略)          〈全九三行〉



目でものを見るということはものを殺戮することだ
 ものを破壊することだ

 ......

 感情移入はもうたくさんだ

 このように書く詩人が、他愛もなく目の前の野原を見て、

 「大きな野原が大好きだ

 などと四季派のごとく書いたわけではないことは、ご理解頂けるのではないだろうか?

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この記事について

このページは、小林由典が2011年2月28日 10:53に書いた記事です。

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