2010年8月アーカイブ

 最後は、言葉そのものの性格と、発語者の意識の問題の関連へと掘り下げています。
 「意識の下で/未だ音声にならない発語のすさみに/ハッとする」自己を対象化することだ。

世の中、「ざこ」と呼ぶほかない人間は、どうしてもいますからね、と合評会で評されました。大人の世界の話ではない。ざこということばの意味も知らない子供たちをざこキャラと分類する小学校...

ことばは存在を措定する。措定することにより、物象化への過程をたどる。とくに他者に対して浅薄なレッテルを貼ることは、単に偏見の目で見るだけでなく、ひとを苦しめることにもなる。

この詩の背景となっている<オボツカグラ>と、<ニライカナイ>......それは垂直の権力構造と水平の楽土。それを見る視線こそ、詩の意味性を左右するのではないか。

この詩は、神権から王権へという形の『おもろさうし』を、庶民主体に脱構築していると見ることができる。ただし、表現としては両者の対照をクェーナ形式で表しているだけであるが。

「ユネンティダ」の本歌となっている、首里王府の編纂した神歌集『おもろさうし』。これについて、解説をしたい。南方言語とその文化について、状況コンテクストをみてゆく。

『日本現代詩選』第34号 (日本詩人クラブ)所収、「ユネンティダ」(飽浦(あくら)敏)。この詩人が背負っている豊かなカオスに、たいへん興味をひかれるものがある。

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