偶然目にした短歌集-自歌自注- 『相聞』(短歌新聞社)を取り寄せて読んで、いたく興味を持ちました。
一言で言えば、内面的な豊かさを持っている女性というのは結構いるのだな、と。
「キャー、かわいい」とか「カッコイイ」といった表面形容詞しか発しない今時の女の子とは全然別な人種の女性がいるようです。
一言で言えば、内面的な豊かさを持っている女性というのは結構いるのだな、と。
「キャー、かわいい」とか「カッコイイ」といった表面形容詞しか発しない今時の女の子とは全然別な人種の女性がいるようです。
読んでみると、年配の女性ばかりのようですので、年の功かなとふと思いましたが、やはり時代が違うのだと分かってきます。
戦争期に青春を通過した世代のひとが多いようです。本は平成7年発行ですから、それほど古いわけではありませんが、短歌を詠うような女性は、それ相応の年配なのですね。
相聞とうたってはいるのですが、内容的には片恋歌あるいは挽歌的という方がふさわしい歌の方が圧倒的に多い。現代の女性たちと比べてしまうのもなんですが、隔世の感があります。
ページをめくりながら、印象に残ったものを、若干ご紹介してみたい。
唇をよせて言葉を放てどもわたしとあなたはわたしとあなた
自注によると、(初出の『牙』)誌上では(「唇を寄せて」ではなく)「いくつ」になっているはず、と。
五句三十一音を踏み破って昂然としていたが、再録に当たってオーソドックスにした、ということのようです。
けれども、この改変はイメージ的には鮮明なものになりましたけれど、元の意味が不鮮明になってしまったかと思う。原義は「いくら言葉のコミュニケーション・ストロークをかさねても、いつまでもあなたと私の距離は縮まらないわね」という、女性の皮膚感覚なのでしょう。
ここの部分が、唇をよせてとなると、言葉の数ではなく「男女の親密さ」の表現となる。
深読みすれば、ひそひそ話ではなく男女の睦言というイメージが喚起されるだろう。
この、言葉の推移の中に、私はこの作者が大人の女性として成熟していった年輪を感じる。にもかかわらず、下の句が変わっていないところに、表現者として冷めた目を維持している資質あるいは意志を見いだす。
うつしみのいま滅ぶともあきらかにこの地の上に愛(かな)しみあひし
恋愛の感情は、人をして社会規範や道徳・常識といったものを踏み外し「駆け落ちあるいは逃避行」のようなものに象徴される「逸脱行為」に走らせるエネルギーを秘めている。
「逸脱」とカッコ付きで書いたのは社会規範の側から表現したということ以上の意味はなく、当人たちにとっては自分の気持ちに素直なまことの行為だと思っているはずだ。
たとえそれが滅びへの道であろうとも、私とあなたが心から愛し合ったことは紛れもない真実なのだと。
何を悔いることがあろうか。
周囲の目を恐れ、世間体を気にして一生後悔を抱いて生きていくくらいなら...というだけの覚悟を持つならば、それも良いでしょう。
永遠の愛とは何ぞ風紋とならぬか砂丘にわが足跡も
自注:「駆け落ちや心中も辞さない情熱を持ち合わせていなかったわけではないのに、決定的な出遭いというものに恵まれなかった。いたずらに月日を重ねることになっても、やはり恋の行脚を続けていくほかはないのかもしれない。」
「心中も辞さない情熱」...その覚悟はよろしいと思うけれど、歌人としては自分の言葉の表現と心中しなければいけないのだろう。
湾岸地帯(ベイエリア)乳白の霧にねむる朝ねがへれば深き胸に抱かれぬ
自注:「本当にひとを、他者を愛したことがあるかという自問に揺すられるとき、男たちの面影は私の中で重なり合って複数ではなくなる。
私はかくありたかった自分、かく生きたかった自分の面影を追い続けているのではないのか。
夢と現実の境の無防備な心のまま寝返るとそこに他者の胸があり、新たな混沌の気配がある。
薄明の中でたった一瞬だけ、自分と他者の間に放り出されたような気分になる。」
言葉足らずで表現し切れていないようです。上の句を捨てて、下の句を上の句に充て、自注に記した思いを下の句として結晶させたらと思うのだけれど...。
抱かれてなほやりどなきかなしみは汝れの眸(ひとみ)の中に樹が暮れてゆく
自注:「身も魂も全くきひとつを望み、それを信じたのは青春のはじめの頃であった。
いつか私たちは互いの心を見つめ合いながら、透明な昼の硝子に影さすように何かが翳り始めているのに気づいていた。それは、相手の為にすべてを投げ捨てても悔いない熱い確かなこころのありようの中にあって、なおしかし別な次元での孤の寂しさであったのかもしれない。
私の裡の何を見ようとしてか見開いた(彼の)眸の奥に、しんと一本の樹がとおく昏れてゆくのを見たのはそんな頃であった。」
歌そのものは相聞歌であり、自注では挽歌になりつつある雰囲気が感じられる歌ですけれど、象徴的な結びでその余白の期間を乗り越えて余情を曳いている。大人の女の歌です。
あやまてる愛などありや冬の夜に白く濁れるオリーブの油
女受刑者たちと作歌を通して交わってきて、生まれた歌だという。
自注:「彼女らの夫や恋人は、やはり受刑者というのが多い。ともに法を犯したのだが、大方は男に従ったのである。男のしようとしていることを、懸命に阻止するのが愛であろうか。そんな道理は考えなかったであろう。ただ愛する者と一緒に生きたかったのだ。」
感情がらみの行為と、それを全的に肯定する感情がらみの思考。
何も言えません、と言って通り過ぎてもいいのですが、愛という言葉のもとにすべてを許して良いのか?とひと言コメントしておきたい。
最近目につく子供の虐待死...
...できちゃった婚のあげく、男と別れ、経済的な苦労もあっていともたやすくほかの男と同棲生活を始める。
男は、女性に対して母親であることよりも女であることを求め、連れ子を厭わしく思い「しつけ」という名の虐待をする。
その時、女の大多数が男の行為を阻止するのではなく、その虐待に荷担している...。
「ただ愛する者と一緒に生きたかったのだ」という言い分は、なんの免罪符にもならないけどね。
これは、歌だけあった方が良いかと思う。
傷つけあふ互いの言葉・別れし後愛憎一重のこころ痩せたり
自注:「恋患い、とはよくぞ言ったもの...
しかし、ひとに愛されていることは楽しいし、ひとを愛することはより以上に楽しいと思う。たとえ、その愛情の極みの果て憎しみに傾いてゆく結末を迎えようとも...。」
他の女性たちが愛憎の「憎」をおそれ、それ以前に自分の素の姿を見透かされることをおそれ、相聞ではなく片恋いの世界に身を引いてしまう歌人が多い中で、この方はそれでも男を愛するという。
そして、愛憎一枚分のこころが痩せたと。また、男を肥やしにして心を豊かにすればいいのよ、という自立した女性のようです。
相聞歌とうたいながらも、おおらかな万葉的な相聞歌はほとんど見られず、昭和初期という時代に青春時代を過ごした内省的な片恋いを顧みて、自注では挽歌的な感想に終始するという形が色濃く表れています。
そんな中から、てらいのない大らかな相聞歌と言えるものをひとつ。
靡(なび)く髪に吾が匂ふかもしれぬふはりと君の傍を通る
資生堂花椿のCMの世界ですね。長い黒髪をなびかせて、君の心をくすぐってみる、という若々しい女の子の感覚です。
かつて、中野重治は有名な『歌』という詩の中で、「女の髪の毛の匂いを、歌ふな」と戒めた。
近代詩が短歌的叙情と決別した象徴的な詩ですけれど、分かっちゃいるけどやめられないという感じもするね。花ではなく、実をとる、と。
そして、最後に大人の相聞歌だなと思える歌をすくい上げておきたい。
指(および)もて人のまなこを閉ざしけり花の明かりに溺るるものを
ずいぶん難しい言葉を使うね。この歌は自注を読まないと、意味が通じない。
自注:「...つと立ったとき私たちは一つの思いに凝視(みつめ)あってゐた。それはほんの瞬時であり、永遠とも呼びたい時間であった。
われに返った私は彼の目が眩しく、差し伸べた手の指で、彼のまなこを閉ざした。
私の微かな意識下には、堤上の桜花のしたで、時よとどまれ...と嘆いた少女と学徒兵の決別が重なってゐた。
...歳月は過ぎた。(もはや)若くない私を凝視る人との遭遇は敗戦時とまた異なる決別を常に用意しながらも、この愛恋の今という時を、私は永遠に堰きとめたい。」
自注で述べる感情が、言葉のうえで十分に表現されているとは言えない歌集という印象を受けるけれども、昭和初期の女性の偽らざる気持ちがかいま見えて、大変参考になりました。
戦争期に青春を通過した世代のひとが多いようです。本は平成7年発行ですから、それほど古いわけではありませんが、短歌を詠うような女性は、それ相応の年配なのですね。
相聞とうたってはいるのですが、内容的には片恋歌あるいは挽歌的という方がふさわしい歌の方が圧倒的に多い。現代の女性たちと比べてしまうのもなんですが、隔世の感があります。
ページをめくりながら、印象に残ったものを、若干ご紹介してみたい。
唇をよせて言葉を放てどもわたしとあなたはわたしとあなた
自注によると、(初出の『牙』)誌上では(「唇を寄せて」ではなく)「いくつ」になっているはず、と。
五句三十一音を踏み破って昂然としていたが、再録に当たってオーソドックスにした、ということのようです。
けれども、この改変はイメージ的には鮮明なものになりましたけれど、元の意味が不鮮明になってしまったかと思う。原義は「いくら言葉のコミュニケーション・ストロークをかさねても、いつまでもあなたと私の距離は縮まらないわね」という、女性の皮膚感覚なのでしょう。
ここの部分が、唇をよせてとなると、言葉の数ではなく「男女の親密さ」の表現となる。
深読みすれば、ひそひそ話ではなく男女の睦言というイメージが喚起されるだろう。
この、言葉の推移の中に、私はこの作者が大人の女性として成熟していった年輪を感じる。にもかかわらず、下の句が変わっていないところに、表現者として冷めた目を維持している資質あるいは意志を見いだす。
うつしみのいま滅ぶともあきらかにこの地の上に愛(かな)しみあひし
恋愛の感情は、人をして社会規範や道徳・常識といったものを踏み外し「駆け落ちあるいは逃避行」のようなものに象徴される「逸脱行為」に走らせるエネルギーを秘めている。
「逸脱」とカッコ付きで書いたのは社会規範の側から表現したということ以上の意味はなく、当人たちにとっては自分の気持ちに素直なまことの行為だと思っているはずだ。
たとえそれが滅びへの道であろうとも、私とあなたが心から愛し合ったことは紛れもない真実なのだと。
何を悔いることがあろうか。
周囲の目を恐れ、世間体を気にして一生後悔を抱いて生きていくくらいなら...というだけの覚悟を持つならば、それも良いでしょう。
永遠の愛とは何ぞ風紋とならぬか砂丘にわが足跡も
自注:「駆け落ちや心中も辞さない情熱を持ち合わせていなかったわけではないのに、決定的な出遭いというものに恵まれなかった。いたずらに月日を重ねることになっても、やはり恋の行脚を続けていくほかはないのかもしれない。」
「心中も辞さない情熱」...その覚悟はよろしいと思うけれど、歌人としては自分の言葉の表現と心中しなければいけないのだろう。
湾岸地帯(ベイエリア)乳白の霧にねむる朝ねがへれば深き胸に抱かれぬ
自注:「本当にひとを、他者を愛したことがあるかという自問に揺すられるとき、男たちの面影は私の中で重なり合って複数ではなくなる。
私はかくありたかった自分、かく生きたかった自分の面影を追い続けているのではないのか。
夢と現実の境の無防備な心のまま寝返るとそこに他者の胸があり、新たな混沌の気配がある。
薄明の中でたった一瞬だけ、自分と他者の間に放り出されたような気分になる。」
言葉足らずで表現し切れていないようです。上の句を捨てて、下の句を上の句に充て、自注に記した思いを下の句として結晶させたらと思うのだけれど...。
抱かれてなほやりどなきかなしみは汝れの眸(ひとみ)の中に樹が暮れてゆく
自注:「身も魂も全くきひとつを望み、それを信じたのは青春のはじめの頃であった。
いつか私たちは互いの心を見つめ合いながら、透明な昼の硝子に影さすように何かが翳り始めているのに気づいていた。それは、相手の為にすべてを投げ捨てても悔いない熱い確かなこころのありようの中にあって、なおしかし別な次元での孤の寂しさであったのかもしれない。
私の裡の何を見ようとしてか見開いた(彼の)眸の奥に、しんと一本の樹がとおく昏れてゆくのを見たのはそんな頃であった。」
歌そのものは相聞歌であり、自注では挽歌になりつつある雰囲気が感じられる歌ですけれど、象徴的な結びでその余白の期間を乗り越えて余情を曳いている。大人の女の歌です。
あやまてる愛などありや冬の夜に白く濁れるオリーブの油
女受刑者たちと作歌を通して交わってきて、生まれた歌だという。
自注:「彼女らの夫や恋人は、やはり受刑者というのが多い。ともに法を犯したのだが、大方は男に従ったのである。男のしようとしていることを、懸命に阻止するのが愛であろうか。そんな道理は考えなかったであろう。ただ愛する者と一緒に生きたかったのだ。」
感情がらみの行為と、それを全的に肯定する感情がらみの思考。
何も言えません、と言って通り過ぎてもいいのですが、愛という言葉のもとにすべてを許して良いのか?とひと言コメントしておきたい。
最近目につく子供の虐待死...
...できちゃった婚のあげく、男と別れ、経済的な苦労もあっていともたやすくほかの男と同棲生活を始める。
男は、女性に対して母親であることよりも女であることを求め、連れ子を厭わしく思い「しつけ」という名の虐待をする。
その時、女の大多数が男の行為を阻止するのではなく、その虐待に荷担している...。
「ただ愛する者と一緒に生きたかったのだ」という言い分は、なんの免罪符にもならないけどね。
これは、歌だけあった方が良いかと思う。
傷つけあふ互いの言葉・別れし後愛憎一重のこころ痩せたり
自注:「恋患い、とはよくぞ言ったもの...
しかし、ひとに愛されていることは楽しいし、ひとを愛することはより以上に楽しいと思う。たとえ、その愛情の極みの果て憎しみに傾いてゆく結末を迎えようとも...。」
他の女性たちが愛憎の「憎」をおそれ、それ以前に自分の素の姿を見透かされることをおそれ、相聞ではなく片恋いの世界に身を引いてしまう歌人が多い中で、この方はそれでも男を愛するという。
そして、愛憎一枚分のこころが痩せたと。また、男を肥やしにして心を豊かにすればいいのよ、という自立した女性のようです。
相聞歌とうたいながらも、おおらかな万葉的な相聞歌はほとんど見られず、昭和初期という時代に青春時代を過ごした内省的な片恋いを顧みて、自注では挽歌的な感想に終始するという形が色濃く表れています。
そんな中から、てらいのない大らかな相聞歌と言えるものをひとつ。
靡(なび)く髪に吾が匂ふかもしれぬふはりと君の傍を通る
資生堂花椿のCMの世界ですね。長い黒髪をなびかせて、君の心をくすぐってみる、という若々しい女の子の感覚です。
かつて、中野重治は有名な『歌』という詩の中で、「女の髪の毛の匂いを、歌ふな」と戒めた。
近代詩が短歌的叙情と決別した象徴的な詩ですけれど、分かっちゃいるけどやめられないという感じもするね。花ではなく、実をとる、と。そして、最後に大人の相聞歌だなと思える歌をすくい上げておきたい。
指(および)もて人のまなこを閉ざしけり花の明かりに溺るるものを
ずいぶん難しい言葉を使うね。この歌は自注を読まないと、意味が通じない。
自注:「...つと立ったとき私たちは一つの思いに凝視(みつめ)あってゐた。それはほんの瞬時であり、永遠とも呼びたい時間であった。
われに返った私は彼の目が眩しく、差し伸べた手の指で、彼のまなこを閉ざした。
私の微かな意識下には、堤上の桜花のしたで、時よとどまれ...と嘆いた少女と学徒兵の決別が重なってゐた。
...歳月は過ぎた。(もはや)若くない私を凝視る人との遭遇は敗戦時とまた異なる決別を常に用意しながらも、この愛恋の今という時を、私は永遠に堰きとめたい。」
自注で述べる感情が、言葉のうえで十分に表現されているとは言えない歌集という印象を受けるけれども、昭和初期の女性の偽らざる気持ちがかいま見えて、大変参考になりました。
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