アルベルト・ジャコメッティの視線(3) 外部性

藤林叡三の画風は内面に向かったと書いて、ジャコメッティの言葉を思い出した。「内側のことであれこれ考えることはなく、外側だけで問題は山積みだった」と。再びジャコメッティについて...

 絵と彫刻では表現方法が違いますので、単純に比較することはできないのですけれど、あえて藤林叡三の絵画とA.ジャコメッティの彫刻を、作者の視覚という面で比較してみたい。

 はじめに、メルセデス・マッターの『試論』から、ジャコメッティの言葉を引用します。


「 ひとは生きている人物を彫刻したいという欲望を抱いているが、
 しかし彼らのなかにある生命に関するかぎり、
 彼らを生きたものにしているのは"まなざし"であることに、疑いはない。
 それは非常に重要なことである。

 そしてもしもまなざし(すなわち生命)がいちばん主たる関心事になれば、
 まずなによりも重要なのは頭部なのである」

 しかし、このまなざしをとらえることがジャコメッティにはほとんど不可能におもわれた...

「 頭部をうんと離れたところから見ると、ある球体という印象をうける。
 うんと近づいてみると、球体であることをやめ、深みを持った極度に複雑なものになる。
 すべてが透明になり、なかの骨格がすけて見える。

 何がいちばん困難かといえば、全体を、そして諸処の細部と呼ぶことのできるものをとらえることである。
 だから、私は眼のことだけを(中略)、眼だけを考える。もしも、たとえおおよそでもいいから、
 片方の眼だけでも、ほんのわずかだけでも模写することに達しうるならば、
 そのあと頭全体をもとらえうるだろう、と感ずる。

 だがしかし、それは全く不可能らしいのである。
 すぐに外見のことを考えるわけではなくて、むしろ形態(中略)、形態の外観の方のことを考える。
 もし眼の形態をとらえることができたら、それが外見に似てくるだろう」


 この「生命」とはその人の形態の中にありながら、その人の存在を越えるものなのだ。
 私の視覚が突き当たったのも、これと同じ問題だったようだと思う。

 ジャコメッティはエジプトやギリシャの彫刻からセザンヌにいたるまでを、
 徹底的に鉛筆の先(模写)で検証するという膨大な営為を経ていますので、

「すべてのものは球か、円錐か円筒形である...それは事実だ。
 その観察を最初に(自分が)したのではないのは、なんともうまくない(残念だ)。
 セザンヌは正しかった」
...と、述懐している。

 ただし、セザンヌのこの認識からキュービズムが生まれたにしても、それはセザンヌの絵の本質的な部分だとは言えない。

 ジャコメッティがエジプトの胸像ややパドーヴァの路上で、目の前を歩いている二、三人の女の子に感じたのと同じものをセザンヌの絵に見いだす、というのは生命あるいは自然の表現そのものにあるのだろう。

「セザンヌは、頭部を物体のように描くことによって、
 ジオットー以来有効だった外界の再現ということに一種の爆弾を投げ込んだ。

 左耳と右耳の関係よりも、左耳と背景との間の関係をよりはっきりつくり出すことによって、
 頭髪の色と頭蓋の形の関係よりも、頭髪の色とセーターの色との関係をよりはっきりつくり出すことによって、
 頭部のまとまりということに関して、彼以前に存在していた概念を、彼は打破した」

 ...とジャコメッティは指摘する。

 この問題について、セザンヌ自身は、次のように述べている。

「自然は深みの中にある。
 画家と、彼が主題にした対象との間には、ひとつの面、空間が介在している。
 この空間が不変の基盤を形成し、そのスクリーン上であらゆる異なった色彩、光のあらゆる変容が、分解されるにいたる」

 上のそれぞれの発言に、セザンヌもジャコメッティも同じ結論を付け加えています。

 「それは、総合と全体の調和に貢献するなかで、絵の外側の殻を作り上げる」(セザンヌ)
 「私は内側のことであれこれ考えることはなく、外側だけで問題は山積みだった」(ジャコメッティ)

 メルロ・ポンティはセザンヌについて
「奥行きを追求しているとき、セザンヌは<存在の燃え拡がり>をこそ求めているのだ」と述べている。

 フランス文学・哲学者の小林康夫は『無の透視法』の中で、
「セザンヌの本質的な探求はジャコメッティのような画家が出現するまでは、誰にも継承されていない」という意味のことを書いている。

 いまの私にはある程度了解済みのことではあるけれども、
 絵を描いていた20歳の頃にはなぜ自画像すら描けないのかということについて、
 上に述べてきたようなことに自覚的ではなかったのだ。
 けれども、ジャコメッティが言っていることに合点がいく視覚体験をしていたのだと、
 ...あとから了解できるものがある。

 藤林叡三という人は、生活者としての自分を堅持しつつ(内面的には耐えながら)、絵を描いた。

 A.ジャコメッティは食事はカフェでとり、入浴は知り合いの娼婦のところで「もらい湯」をするという非生活者として生きた。

 そのような違いは、画家の世界観の違いとして、否応なしに<表面を描く芸術>にも、にじみ出てくるのだろう。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://mediaxross.net/xnt/xzx/mt-tb.cgi/77

コメントする

この記事について

このページは、小林由典が2010年1月 1日 16:13に書いた記事です。

ひとつ前の記事は「チベット 十一面千手千眼観音菩薩立像」です。

次の記事は「藤林叡三の視覚について」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

カテゴリ別記事一覧

アーカイブ

OpenID対応しています OpenIDについて