冬のリンドウを短歌に詠む

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 庭で、懐かしいリンドウの花が咲いているのを見かけました。真冬に咲きかけた一輪のリンドウ。
 ここ数日の厳しい寒さで、花は咲かず、このままあだ花で終わるのか、春先まで一冬越すのか?
 田舎の庭というのは、雑草が多いのですが、それだけ自然が残っているのだなという感じがありますね。
 街の中の人工的に作られた敷地内では、このような発見というのは全くありません。探索する楽しみというものが得られませんね。

 リンドウ(竜胆) 学名 Gentiana scabra 生薬の胃薬などの成分で「ゲンチアナ末」というのがありますが、根に健胃成分を含む薬草として昔から知られています。

rindou.gif これは野生種のリンドウだと思いますが、野生のリンドウを見たのは子供の頃、親の郷里の里山でのこと以来ですから、本当に懐かしいです。

 踏み荒らさなければもう少し増えてくれるかなと期待しています。

 花言葉は「悲しんでいるあなたを愛する」ということだそうですが...
 現在の私には「落胆しているあなたに言い訳したい」という女性しか思い浮かびません。

 少しもロマンチックではないな。
 短歌的叙情で色づけをしてみたくなった。歳をとればこそ、心にうるおいを、だね。

rindou_text560.gif  いかにして悲しむ君を愛すとや跡なき庭に冬のリンドウ

  吾をおきて見ゆる者なき冬の庭色あせ初めしひとひらの花

  君をこそ愛(かな)しむべきや冬の朝つぼみのままに色あせし花
 
  何ゆへに蕾とならむ時ならず一輪の花うす霜化粧

  ひとしれず君を抱きて温める朝日のぬくもりわが裡にあれ



 画家の伊藤さんは還暦を過ぎた今でも、女性に美しい幻想を抱いてしまうのだという。
 そして私は、幻想の破れ目から、女性性と男性性のせめぎ合う舞台裏を凝視している。

 「描く人」と「抉る(えぐる)人」との違いなのだろうか?

 現象を払拭して視る現代詩では花を愛でる気持ちを単純に書くことはできないので、今回は初めて短歌のようなものを詠ってみました。
 どうも、短歌という柄ではないですけども、小学生の頃に姉が好んだ小倉百人一首の札遊びに付き合わされて大半を暗記していった遠い想い出が消滅していないようだという縁があるからなのでしょう。

それだけのことで、無邪気に短歌を詠んでしまうところが老人力なのだといってよい。


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このページは、小林由典が2010年1月17日 17:27に書いたブログ記事です。

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