立石大河亜:亀の女王/おんぶガエル

立石大河亜(タイガー立石、本名:立石紘一1941~1998)は五木寛之『青春の門』の舞台である筑豊炭田のあった福岡県田川市出身の画家・彫刻家・漫画家・童話作家。

 タイガー立石さんの造形作品(焼き物)を二点ほど、紹介しておきます。

 いかにも九州男児というがっしりとした体に厳つい顔、そして優しそうな目。
 そんな立石さんに、小学生と保育園児の二人の息子はじゃれついて肩に登ったり、背中に飛びついたりする。

 二人を見て、立石さんは自分が書いた『トトとポンチョ』の兄弟そのものだと、奥さんの市毛富美子さんに話しかけた。お子さんのいないご夫婦でしたが、立石さんはことのほか子ども好きのようだった。

toranoyume.jpg 子どもたちは立石さんの書いた漫画や童話を読んで、想像力を刺激されたようだ。

 空想の限りをつくした「たくさんの家」だったかな、家についての思い入れがあるわたしには大変印象深いものがあります。

 立石さんたちが自力で作った鉄筋コンクリートのアトリエは屋根がフラットになっており、ほんとうはこの屋上部分に奇抜な二階部分を造ろうかと考えていたのではないかと思います。

 増築用にアンカーボルトが伸びていて、二階に登るための外階段スペースも造ってありました。わたしは、ここにドームハウスでも付け足そうかなと考えたほどです。

 子どもたちだけでなく、わたしもまた立石大河亜の絵やオブジェに大変刺激を受けました。

 初めて出会った頃は、『大江戸複雑系』(「大河画四部作」)という大作を描き上げた頃だったと思う。
 伝統的なリアリズムとは全く違い、意図的に漫画チックな絵柄で描かれたこの絵は、現代の洛中洛外図屏風だなという印象を持った。
 登場するのは立石さんが生きた戦後からバブル期までの有名人であったりして、戦後絵巻と言い換えても間違いないだろうと思う。

 次の焼き物は立石さんの忘れ形見となったもので、後に展開する「デスマスクと都市」のレリーフ群にいたる試作品に位置づけられるものだろうか...
 堂々とした迫力があり、明るく健康的な作品です。

 それにしても、なぜ内部の空洞が見えるような、構成を選択したのだろうか?
 この辺の発想が、立石大河亜流なのだと思う。これを見ると、亀の甲羅と体はどうつながっているのだろうか?という、子どものような疑問をもって、亀をじっくりと観察したであろう立石さんの好奇心が感じられるような気がする。

 このような、現実にはあり得ない亀が妙に生き生きとして、存在を主張している。

  ここには、確かなデッサン力に裏打ちされ、五角形の亀甲文様に対する彫刻家としての並々ならぬ関心、頭部は立石漫画的デフォルメ、伸びきっていない首の皮 のたるみ部分をネックレスに見立てて頭にかぶる王冠のようなかぶり物と対応させているイメージ展開...立石大河亜的な要素のすべてが集約されているかの ようです。

 ネックレスをしていますので、王様ではなく女王様なのかもしれない。
亀の焼き物


kame02亀その3

 

 

  

 次は、不思議なカエルのオブジェ。アトリエの周囲にいるアカガエル(ウシガエル)ですけど、何かマウンティングしている繁殖期のような様子ですね。

カエル

 指が欠損してしまい、補修をしたところは白い部分です。着色はせず、もとの形を想像していただければ良いかとおもいます。(下左)
 このなんの変哲なく見える世界を「見る楽しみに変えていく」というそのオブジェを扱った例が、動物シリーズだったわけです。

カエルのオブジェ足先カエル(横)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亀の女王と同じように内部が見える構成ですが、印象的には建築物の透視図のような感じですね。骨格や筋肉を描いているわけではないようで、建築の力学的構造性のようなものをことさら印象付けしてるかのようだ。(上写真右)


kankougeijyutu.jpg

 左のチラシは、立石さんたちが唱えた「観光芸術」宣言です。

 <みえる>ことと<みる>ことの違いについて述べていますけれど、私が藤林叡三の絵のところで書いたことと同じことではないだろうか。

 だとすれば、

 立石大河亜的メタモルフォーゼと、
 藤林叡三の幻視的表現と、
 ...相通じるものがあるだろう。

  

  

  

  

  

  

  

  

  

 立石さんはイタリアで活躍された方ですから、西洋建築についても興味と知識が豊富なのだろうなと思う。

 立石さんが住んでいた母屋は日本の伝統的な茅葺き農家を、立石さんが西洋建築ふうにリフォームしたものです。
 といっても、イタリア建築のような総石造りの家ではなく、南フランスの農村で見られそうな木組みと石壁の組み合わせの家。

 昔の農家に見られた土間を板張りの居間にして、煉瓦積みの壁を配した造りが不思議と魅力的な仕上がりになっている。


isumi03.jpg 白セメントの壁に、石を模したコンクリートを貼り付けて、彩色を施したもの。

 玄関脇の煉瓦積みの隙間には、小さなアンモナイトの化石がさり気なく埋め込まれていました。

 このように建築にも強い関心を持っていたからこそ、「デスマスクと都市のレリーフ」のような作品(「巨匠」シリーズ)が生まれてきたのかと思います。

 養老渓谷にアトリエを移された立石さんに案内されてお邪魔させていただいたとき、展覧会出品前の作品群を見せていただきました。

 梱包用の木箱がたくさん用意されており、搬入の準備をされている時期だったのでしょう。

 「巨匠シリーズ」はピカソやマチスなどの巨匠の胸像・デスマスクであり、その像を回転していくと彼らの郷里あるいは活躍したパリなどの都市風景がレリーフ(先端部などは立体形)となっているものです。

 どちらが表というのでもないようでしたが、やはり巨匠の顔が表で、都市が裏ということになるのでしょう。
 大変おもしろく欲しくなりましたが、出展直前のものであり、またシリーズものですので、散逸を防ぐためにもどこかの美術館が一括して収蔵・展示すべきかなと考えました。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://mediaxross.net/xnt/xzx/mt-tb.cgi/67

コメントする

この記事について

このページは、小林由典が2009年11月26日 14:19に書いた記事です。

ひとつ前の記事は「個的な問題から普遍的課題への迷い道(4)」です。

次の記事は「みえる/みる?観光芸術の情景(俗物的無理解)」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

カテゴリ別記事一覧

アーカイブ

OpenID対応しています OpenIDについて