コラボ作品27 火柱立つ生命の海

伊藤画伯と私とのジュガルバンディー(絵と言葉の響き合い)の作品です。画伯の絵から、他の二人の画家の絵画を連想しました。少しばかり、解説をしておきましょう。

 

 

伊藤画伯から送られてきた絵は、タイトルも通し番号もなく、上下の指定もありません。
 自由に解釈してもらって結構というものでした。
 色のバリエーションも多彩ではありませんので、似たような印象を受けるものもあります。
 そこで、いくつか選んでみようと思う。

作品0027 この右下の青いのは、海と波間に見える青い山、と想像するならば、かの有名な葛飾北斎の『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』を思い浮かべるのではないだろうか。

 あまり知られていないが、北斎の絵のモチーフとなったのは房総の彫刻師であった波の伊八の作品です。

 わたしは妻の転地療養で、画家・彫刻家の故・立石大河亜さんの旧アトリエに住んでいたことがあり、同じ町内にある伊八美術館(行元寺)を立石さんに教えてもらい、よく知っております。
 (立石さん、ご一緒に酒が飲めなくなって、残念です。カエルとカメは補修をしました。ご安心ください。)

 伊八の波はすぐ近くの太東崎など、荒々しい房総の海では普段に見られる波ですね。
 水深のある神奈川の沖では、外房のような荒波はなかなか見られないのではないかと思う。

 立石大河亜さんは、この両方の作品のイメージを受ける形で、「壺富士」という、コマ割りの連続絵を描いています。
 (【ぶらり遊歩道:「立石大河亜」の世界】というページに、批評と絵が載ったパンフがあります)

 「壺富士」とは、この波の伊八の壺と北斎の富士を融合させたもので、
 世界的な傑作とされる北斎のイマジネーションが、
 実は伊八の作品に負うところが大きいことを示すとともに、
 立石流メタモルフォーゼともなっている、ということです。

 わたしは、鎌倉に近い鵠沼に住んでいる伊藤画伯の絵を見ながらこんな事を考えていて、
 立石さんは鎌倉の油壺(地名)という意味喩をこめて描いているのだな、
 というインスピレーションを得ました。
 立石さんがご健在で、この話をすればいたずらっぽく笑って、
 分かってくれた?と応えるかなと思う。

 さて、伊藤さんの絵は左右が逆になりますけれど、画像は反転はさせません。
 この青い山は文字通り、青山(=せいざん:人間到る処青山あり)を象徴していると、連想が広がります。
 視覚派でしたら、ひょっこりひょうたん島の形ですか...

 そして、上のオレンジ・イエローは、
 わたしのイメージでは琉球弧を船に乗って放浪していた時に見た夕日の海。
 海の彼方の理想郷ニライカナイと自分とが、一本の火柱で結ばれているような幻想的な光景です。

 わたしは若い頃から、生命というのは大海のようなものであり、
 私たち一人一人はその波頭の一つに過ぎず、
 一瞬の躍動を終えればもとの海の水のように解け合ってしまうものだ、
 ...というイメージを抱いていました。

 しかし、これらのイメージを言葉に定着させるには時間がかかりそうです。

 (追記)2013/09/03

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このページは、小林由典が2009年11月 2日 22:52に書いた記事です。

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