個的な問題から普遍的課題への迷い道(4)

詩は言葉を使う以上どのように意味性を破壊したとしてもデノテーションをはらむ事からは離れられない。絵画の場合は感受性の制限はあるけれどより普遍性を持ちうるのだろう。

 たとえば、私たちは
 西洋世界の宗教や文化など全然知らなくとも、キリスト教絵画の静謐な精神性は読み取れる。
 中世・近世のキリシタンたちは、そういう世界を垣間見て、日本画にはない美を感じ取っていたはずだ。
 その上澄みのような部分こそが、普遍性なのだと考えられようか。しかし、

 絵画は表面を見る芸術だとはいえ、画家の感受性や感情などの内面が必然的に現れてくるものだろう。
 たとえ、それがフロッタージュであろうとも、何故その表現を選択したのかというところに画家の思想と感情が見えるのだと思う。

 それで、メールのやりとりで伊藤画伯が藤林叡三の絵を話題に取り上げたのですが、藤林叡三という画家はまさに、この問題を逆手に取ったような絵を描いているなとわたしは感じたのです。それでメールに、

「 あの人は戦争あるいは海軍に行って人間の心に潜む魔性を痛感したのではないでしょうか。
 それが、戦後の平和になって、そういう人たちが何事もなかったように日常生活を送っている。

 そこから敷衍して、身近な人々の心の奥にも潜んでいるはずの魔性を秘めた、一見平凡そうなありふれた光景、
 ...その不気味さを幻視する自分を意識し続けた、とか。

 画風が三つの時期で変化する意味を考えると、おもしろいと思いますね。」

 ...と書きました。

 伊藤画伯は、

「確かに藤林はあの戦争をはさんで生きた画家でした。
 その両面がたとえ幻想絵画とは言え、ある明確な形となって出ているようにも思います。

 絵の表現から受ける印象とは逆に、静寂の世界 いわば他天体 月または火星の世界でのことのように見えます。
 見えるものの色彩があれほど豊富なのに、音がまったく聞こえてこない世界。

 藤林は、自分の耳をふさいでしまったのでしょうか。」

 ...と、投げかけてきます。

 わたしは、酒の席でジャコメッテイーの表現について話し合ったことを受けて、

「あの静寂はわたし的な印象では、やはり見たとおりに描いていると。(ジャコメッテイーの表現)

 絵の人物が、生き生きとして生活の猥雑な音が聞こえているように描けば、まさに猥雑な人間の有り様を表現することになるわけですけれど、彼が見ているものはそのように生きている人間の背後に隠れている人間性の闇ですよね。

 対象の人間あるいは現実の風景の表面・表皮あるいは表層に焦点を当てれば猥雑な音も表現しなければいけないし、その背後にじっと声も立てず潜んでいるものを表現しようとしたら、表層にではなく深層の物言わぬ実体を描かねばならない。

 そういう、人間に対する見方と表現方法の選択として、表面的な付属物は全て捨象して、その背後のものを浮かび上がらせる手法だ、と思います。
 
 いってみれば、ジャコメッテイーのように見えるように描くという見方ではなく、自分が見ようとするものを描くという方法論があるのではないでしょうか。焦点距離が違うのだ、と。

 この焦点距離はどこららくるのかといえば、人間性の奥深くを見せつけられた体験の深さが、意味的に被さってくるからではないか。
 藤林叡三の体験の深さだけ、人を見る焦点距離が深くなっているのではないかな。」

 ...と返信をさしあげたのですが、この論考を書いていて、藤林叡三は普遍(形と色)を描いて、個(意味性)を表現したのではないか、という事に思い至りました。

 絵画はものの表面を見、表現していく芸術だ、というテーゼをある意味で逆手にとって、表面的で一般的な意味性も音も意図的に捨象して表面描写を徹底することで、逆にその背後にあるものを際立たせてみせた、と。

 そういう見方からすると、伊藤画伯が描く顕微鏡で見た細胞群のような世界は、形と色だけであり、しかし強い情念を感じさせる絵であり、やはり普遍を描いて個を表現している、といってよいのではないかと思う。

 藤林叡三と違うのは、具象画と抽象画(非具象)ということであり、非具象画はやはり意味性が分かりにくい。
 絵の要素である形と色は毎度同じパターンを採用しているので、その構成だけで変化させるというスタイルですから、マンネリズムのような行き詰まりを感じてしまうのかもしれません。

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このページは、小林由典が2009年11月 7日 01:42に書いた記事です。

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