「Matsya」とマチャプチャレ

ネパールのポカラから間近に見えるマチャプチャレは<魚の尾っぽ>という意味だ。スイスのマッターホルン(4478m)に似た独立峰で標高6993m。ひときわ雄大な山です。

 ポカラとは湖の意味で、私はアンナプルナ・トレッキング時と、静養の時で2度ばかり長期滞在をしました。
 マチャプチャレは聖なる山とされています。名前の由来であるMatsya はヴィシュヌ神の権化であり、『マヌ法典』に描かれた「ノアの大洪水」に共通する神話の象徴的な山であるからです。

 人種のルツボであるインドでは一神教は成立せず、ヒンドゥーという多神教の社会を形成しています。
 多くの神が至るところで生きている世界であり、それらの神々は実に都合良く様々な化身あるいは権化として現れ、それぞれの神話を成立させています。
                                          【Macchapucchare】
macchapucchare 左側の方から見ると、確かに魚の尻尾に見えるようです。
 ヒンドゥー社会の人たちにとっては、まさにヴィシュヌ神の権化である聖なる山なのでしょう。

 私がアンナプルナトレッキングに行ったのは1979年初冬で、道路も宿も整備されておらず、巡礼そのものでした。

 ガイドはチベット人のカルマ・ドルジェという青年。

 カルマは日本語ですと業(ごう)などと訳しますが、本来は星をさしています。
 ドルジェというのは、チベット密教の仏具である三鈷杵(さん・とっこ)のことです。

 ホテルからすぐ歩き通しで、その日のうちに山の背を通る道筋のノーダラに到着。
 この一日だけで相当消耗して、夕食のご飯にダル豆スープをかけて、お箸でかき込んで食べた。
 外人トレッカーたちはアーミーナイフのスプーンを使ったり、それを持たない人は現地式に手で食べながら、私のチャパステイックの妙技に感心していたのを思い出す。

 カルマは至って元気で、お盆のような銀製大皿にご飯てんこ盛り、それにダルスープをかけて、小指ほどもない青唐辛子を少しずつかじりながら食べている。

 次の日も早朝から旅支度をして宿を出た。
 ガンドルンという部落の民家で昼食をとって、チャパティーを携行食用に焼いてもらい、熱いお茶をアルミの水筒に入れて、すでに重い腰をあげて出立する。

 谷筋の道を歩いていると日陰なのでかなり寒い。マイナス10度を下回っているかと思う。お茶を飲もうとしたら、凍っていて飲めない、という寒さなのだ。

 夕方、最後の人家があるドバンのヒンコというところにあるアンナプルナ・ホテルに到着する。

 <ホテル>といっても、想像がつかないだろうと思う。
 <巡礼宿>といっても、まだ想像を絶する。

 その宿は、割り竹を組んで四方の壁と天井をしつらえただけの、8畳くらいの鶏小屋のようなものなのだ。
 立つと頭が天井に当たるので、屈んで入り込む。
 床はムシロが敷いてあるだけで、風は壁を自由に通りすぎる。

 普通の人は驚くかもしれないが、諏訪之瀬島のバンヤン(バンヤン・ヨガ・アシュラム)の小屋群もみな竹を編んだ壁で、見慣れている。
 バンヤンの家は床は高床の板張りで、雨が多いので屋根はしっかり葺いてあるし、窓もある。
 けれど、このアンナプルナ「ホテル」は雨が降ったら傘でもさして眠らねばいけないだろう。

 夕食は粗末なチャパティーと岩塩のみ。
 凍ったお茶を温めてもらい、石臼の粉が混じるチャパテイーをかじってみるが、疲れて食欲が湧かない。
 カルマは相変わらず食欲旺盛で、私の残したチャパテイーも食べている。麦焦がしをチベット茶で練っただけのツァンパを食べたりしているのだから、焼いたチャパテイーは粗食ではないのだ。
 そして、彼はこの寒さの中で、毛布だけで平気で眠り、熟睡している。
 私は羽毛のジャケットに、羽毛の寝袋にくるまりながら寒さに震えて、連日眠れないというのに。ほとんど何も食べていないに等しいので、断食初期のようなだるさとエネルギー不足状態なのだ。

 標高の低いポカラのチベット難民キャンプで暮らしていても、さすがに高地民族だね。
 あの厳しい自然環境で育った彼らの肉体はもとより、その思想も、ひ弱な文明人とは違って当然という気がする。

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このページは、小林由典が2009年10月29日 19:42に書いた記事です。

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