バニヤン樹(Banyan)

「スッタ・フリダーヤ」に出てくるBanyan  樹をご存じない方はイメージが湧きにくいかと思いますので、参考イメージをアップしておきます。

 気根というのは、枝から地面に向かって伸びる根で、地面に達すると根を張り広げ地上部は幹のように成長していく。
 ベンガルボダイジュ/ガジュマル(クワ科、イチジク属)
 ボダイジュ/セイヨウボダイジュ(シナノキ科、シナノキ属)

  もっとも有名なのはインドのコルコタ(カルカッタ)にあるBanyn樹で、気根がどんどん外に向かって広がっていき周囲400メートルにも達し、森のようになっている。

 漢訳の仏典では菩提樹となっていますが、これはベンガル菩提樹に葉っぱが似ているシナノキ科の別の木ですね。
 西洋菩提樹(セイヨウボダイジュ、Lindenbaum)はシナノキ科の交配種で、気根はありません。

 我が国の奄美・沖縄方面で見られるガジュマルはBanyan樹の仲間で、気根を多数枝から下ろしていきます。

 私が初めてガジュマルを見たのは諏訪之瀬島で、先輩たちが集うコンミューンの名称が「バンヤン・ヨガ・アシュラム」通称バンヤンと呼ばれています。

 ですから、バンヤンと記す場合はガジュマルをイメージしており、バニヤンという場合はベンガル菩提樹を意味しています。
 『スッタニパータ』や、その他の初期仏典である『阿含教典』などでは、サンスクリット語でピッパラ樹(pippala)と表記されており、私はこちらの方が昔からなじみがあります。

 私がこの木に関心を抱くのは、無憂樹、沙羅双樹と並び仏教の三大聖樹であり、仏陀がこの木の下で悟りを開いたということもありますが、この木が「絞め殺しの木」だということですね。

 リンク先の写真で、仏像を絞め殺しにしている姿は、仏教の行く末・来し方を表象しているように思われます。
 中心から外に向かって広がっていき、中心は枯れていくその暗示的な姿は、仏教がチベットや唐、スリランカへと伝播していくうちに次第に変容していき、本家では衰退していった歴史的経緯を連想させます。

 また、この木はヒンドゥー教でも聖木(ヒンディー語でピーパル)とされ、天地創造神ブラフマが根に宿り、破壊と創造を司るシバ神が幹に宿り、世界を維持するとされるビシュヌ神が枝に宿る、とされています。

 仏陀はこのビシュヌ神の化身の一人とされて、ヒンドゥー教に取り込まれていきます。
  (バニヤン樹下の青空教室)

outdoor_school.jpg このように樹下に木陰をもたらすことで、人が集う場所となります。
 この木陰があることによって仏陀の瞑想が生まれ、
 その瞑想から後世に連なる思想が生まれた。

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このページは、小林由典が2009年10月25日 19:35に書いた記事です。

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