前回は変な切り分けをしてしまいました。過去に読んだものの出典を探すのは、デジタルデータではない本探しになるため手間がかかります。
今回は(6) (8) [ 谷川俊太郎 ]と、(7) [ 鈴木志郎康 ]の言葉を取り上げてみたい。
前回の「現代詩人のことば」はググっても載っていない書籍からの出題でしたので、一応出典を解説しておくべきかと思います。
(1) 谷川俊太郎 (2) 大岡 信 (3)鈴木志郎康 (4)安東次男 (5) 長谷川龍生
(6)谷川俊太郎 (7) 鈴木志郎康 (8)谷川俊太郎 (9) 野村喜和夫 (10)谷川俊太郎
自分の日常的生活について詩作者はどういう態度をとっているのか?とチェックをしてみると、それが表現論と深く結びついていることがよく分かる。
谷川俊太郎の例を持ち出すまでもなく、詩で描写された日常生活がすなわち作者の私的生活であると考えることはありがちな誤解なのだといえる。
前回の記事は数日前に書いたのですが、ボツにするかどうか逡巡しながら、後進の人たちの参考にしていただくために公開することを決めました。
今回は「修辞的な現在」について、吉本隆明の『読書の方法』から遡って、検討しておきます。
自分はなぜ詩を書いているのだろうか、と時々思うことがある。
昨年度、一年間詩を書いていく中で、様々な疑問や問題意識を懐き、調べてみたいことや検証しておきたいこと、要するに知りたいことが次々と湧いてきて、主に古書であるが書籍を買い求めてきました。
先般の地震で、
3月の合評会に用意した詩をアップします。
震災と、それに続く計画停電のあおりで3月例会は中止となり、年度末を締めくくることとなる。
発表できなかった詩は一冊の詩集になるほどの詩篇になるかな、と想定しております。
ことは詩の話に尽きるのではなく、コミュニケーション一般の場合にも当てはまることなのですが、男性が女性の話や書き物を理解しにくい場合、論理的脈絡を辿りにくいからなのだろうと思います。
けれども、女性には女性性の道筋がしっかりとあるのだと思う。
前回に引き続き、女性3人の詩同人誌『ユタ』の各作者の詩の寸評を記しておきたい。
私は何事も理論から入っていく合理主義者という傾向が強いのか、感覚的・感情優先の女性詩はほとんど読むことがありません。
というより、日常生活においても男と女とは誤解の連続でかろうじてコミュニケーションをしているな、と思っております。そういう朴念仁の女性詩評ですから、分かってないというところが少なからずあることをお断りしておきます。
詩同人誌『ユタ』 No.21から、掲載順に田中智子さん、白井恵子さん、石井真也子さんの詩に寸評を加えておきましょう。
なお、白井恵子さんの詩『たちのぼるけむりのゆくえ』は、現代詩の会で発表されたものを是非取り上げたく思い転載させて頂きます。
(私に送られてきた書き物で、印刷物として発行されたものは公開されているものとして、取り扱わせて頂きます)
同人3人のこじんまりとした詩誌『ユタ』が、編集者の石井さんから送られてきましたので、感想を述べさせて頂きます。
その場で読んですぐ批評をするというサークルのスタイルは私には不本意なものに思われますので、じっくりと考える時間をもった後感想を記す方がはるかに意味があるのではないかと思います。
先ほど震災関連の特集をNHKテレビでやっていて、岩手県宮古市の巨大堤防が崩壊した様子を撮していました。世界にも例のない堅牢強固な巨大堤防として、国内はおろか世界各国から防災先進地区として知られていた田老(たろう)地区の惨状...
このたびの東日本大震災には、言葉も出ない。
古い我が家は瓦葺きの重い屋根をもち、激しい揺れに倒壊するのではないかと、家の外で揺れがおさまるのを待つほかすべがない。今も、車を家から離して駐車している状態...。
下手な言葉よりも支援の行動が求められるのだろうけれど、語るしか能のない者は、これをみずからの災害として深く受け止めるばかりだ。
先週の土曜日、銀座の中和ギャラリーで第22回、平田清隆 作品展を訪問させて頂きました。
私が平田さんの絵を見るのは昨年以来二度目ですので、ごく最近の絵しか知らないということをお断りしておきます。
「大きな野原が大好きだ」と書いた、田村隆一 『野原の中には』...
自分の感情を素直に吐露した詩として、受け止められるのだろうか?
「そのような直線的なリズムはぼくのこころにはなかった」と書いた田村隆一が!
ひとくちに感動といっても、五感から受け取る感覚に依拠するものから、哲学的世界定位のような識る歓びみたいな形而上学的な感動もある。前者は主として女性性の感動に多く見られ、後者は男性性の思考に多く見られるだろう。
詩の集まりで発表される詩というのは、いわゆる「楽しみで詠み・書き」する詩です。
そのような詩を批評する場合、いわゆる「プロフェッショナルな詩」とは、おのずと扱い方が異なるのかな、と思うようになりました。
追記といっても、元記事はありません。実は現代詩の会で取り上げた『交河故城』(こうがこじょう)という詩の論議の、追記ということなのですけれど...。
例によって、後になって不意に意味が解った、ということで記しておきたく思う。
伝統的詩歌および重層的な日本文化・日本語の分野で、意味のある仕事をしている藤井貞和の三十年間に及ぶ検証作業の一端を紹介しておきましょう。
詩の解釈をすることが本稿の目的ではありません。
現代詩の理解のために、ソシュール言語学に関連がある分かりにくい表現を取り上げて、若干の分析を試みてみたいと思います。
伝統的詩歌観と現代詩
ここで伝統的詩歌観について、その問題点に少し触れておきます。
言語天授という古代幻想
律令体制を敷いて、天皇を現人神(うつひとがみ)とする思想の成立・成熟・衰弱という過程。
言葉は神からでて人間にいたる直列した秩序をもっていたから、意味をたどれなくとも、いわば個を越えて溢れる部分の理解があった。つまり無意識を産みだしている言葉の部分が共有された。(吉本隆明)
...つまり、共通感覚のあり方が、ヒエラルキーの周辺にあったといってよい。
私とは何か?
戦後詩以降、大きな物語が消滅した後の詩は、「私詩」と総称されていることは皆さんご存じのことですけれど、本来私の表現でない言葉というものはありえないのだと思います。
たとえば科学論文であろうと、極端に言えば数学の公式であろうと私性が含まれている、という。コンピュータのプログラムでも、私的個性があるものです。
この場合、問題になるのは「私」というものをどう捉えるかということです。
現代詩の分かりにくさ
そもそも、分かるとは何か、どういうことなのでしょうか?
詩の合評会などで分かる分からないと言っているのを聞いていると、
「意味的に分かる」かどうかが共通意識としてあるように思います。
その意味も、デノテーションに比重がかかり、ウラの意味であるコノテーションの意図はあまり寸尺されないように思えます。あるいは行間を読むという伝統的方式がもはや成り立たず、分かりにくい場合もあります。
詩の言葉の特徴はコノテーションあるいは喩にあるとするならば、本末転倒ということになりますけれど、普段(散文)のことば使いはデノテーション中心ですから、それが自然だと錯覚しているところがありますね。
文化の日の講演は、導入部を終えたところで半分の時間がすぎてしまい、駆け足でかいつまんで話をしてタイムアップという、竜頭蛇尾みたいな45分となって終了しました。
ほとんど何も伝わらなかっただろうという思いが残りましたので、草稿をこの場にアップしておきたいと思います。
昨冬、ひっそりと一輪だけ咲きかけてしおれていったあのリンドウ、
今年は手厚く見守りましたので、刈り取られてひこばえにもならず、
満開になりました。(10月23日時点)
同音異義語が多い日本語では、ひらがなのことばは複数のことばのどれなのか、作者にしか分からないものがある。
それらのことば群も、語源を辿っていくと、元はひとつだったりする。
たとえ漢字で記してあっても、音韻の連想から別のことばの意味を表象することも少なくない。
世の中、「ざこ」と呼ぶほかない人間は、どうしてもいますからね、と合評会で評されました。
大人の世界の話ではありません。
ざこということばの意味も知らない子供たちをざこキャラと分類し、学園祭のシナリオに印刷することは、まったく意味が違うと思う。
ことばは存在を措定する。
措定することにより、物象化への過程をたどる。
浅薄な決めつけを旨とするレッテル主義を、私はラベルとかキルケ語と言っているが、これもそういう類のものなのだろう。
殿岡秀秋さんは、私がお世話になっている某出版社で、先月まで編集長を務めておられました。
文学とは畑違いでしたから、詩を書いていることはまったくご存じ上げていなかった。
退職されてから、現代詩の大先輩であることを知りました。本当に、人は分からない。
中国雲南省のトンパでは、納西族がトンパ文字を今でも祭祀などで使っています。
漢字系ではなく、東ビルマ言語系らしいですが、きちんと文法もあるし、読みもある。
不倫についての詩を書きたかったのですが、夫婦喧嘩はありますが不倫という表現はないようです。
ということは、現代はいざしらず、昔は不倫という概念も、その実態もなかったということでしょうか。
言語学者に尋ねてみたいものです。
いろいろな要素が錯綜していることが次第に見えてきましたね。
この詩は『おもろさうし』に視られるオボツカグラの垂直な形成過程をひっくり返して成立している。
では、按司時代に末分化であったニライカナイの水平的形成に対しては、どうなのか?
引用した「おもろさうし」は岩波書店、日本思想体系(外間守善 西郷信綱)ですが、編集方針として元々はほとんどかな文であったものを、漢字仮名交じりに変え、もとの仮名をルビとして振っています。
したがって、ティダはウチナーぐちの発音表記であり、『おもろ』では「てだ」と書いて、発音は「ティダ」ということになります。
今回は首里王府の編纂した神歌集『おもろさうし』をもう少し解説しておきます。
なぜ『おもろさうし』なのかといえば、飽浦さんの詩が『おもろさうし』を基底において、詩的営為が為されている、と推察されるからです。
あわせて、私の興味のひとつである日本語の重層性の基底にある南方言語とその文化を追求する、という意味あいもあります。
『日本現代詩選』第34号 (日本詩人クラブ)から、飽浦(あくら)敏さんの「ユネンティダ」について、少し触れておきたく思う。
なんでも鑑定団の中島誠之助さんふうにいえば、いい仕事をしていますね、と。
30年前に書いた詩を、現在的に解体し終えて、ようやく新たなスタート時点に立てたかなという気がする。
といっても、35年の空白は埋めようもない。ゼロからのスタートを切ろうということで、言葉の発生から詩をスタートさせていこう。もっとも古い、世界的にも最古の言葉のひとつである※印を取り上げて、私の詩的出発を表現してみたい。
日本文化は重層的で、けっして単一の日本的なものや単一民族などというものは想定できない、という話を聞く。
けれども、世界中どこを探しても、重層的でない文化や民族、そして言葉などあり得ないのではないかと思う。
昨日の大雨の後、今朝窓の外を見上げると、合歓の枝が垂れ下がって、花が見えました。
面倒がらずに写真を撮ろうと、早朝起き出して屋根に登り、数年越しの懸案事項を解消...
が、残念...
雨上がりの草むらで、淡い桃色の、糸房みたいな花を見つけました。
小さな花ではなく、拾い上げてみるとアレレと...
去年の秋、野の道を歩いていて、印象的な筋雲風景に遭遇しました。まさに「未知との遭遇」。
大気圏外あたりから、この地球を視ているような空の風景でした。
空を見上げ、後ろ向きに歩いたりして、平衡感覚が乱れたせいか、宇宙遊泳から地表に落下するかのようなイメージにとらわれ、高いところから落ちる映像を見たときに感じる落下感を覚えたのです。
例の、尾てい骨から背筋に突き上げてくるヒヤリ!感ですね。
先日、家の表側だけ草を刈りましたが、横の方は途中でストップしたまま、かなりうっそうとしています。
というのも、草花に占拠されているからです。
本格的に詩を再開しましたが、本が読めなくなりました。
読んでいるうちに自分のイメージ世界に移っていって、急いで下書きみたいなメモを書き散らすことになる。
それでも、一息ついたときに庭先の草花写真を撮ることがあります。時間がなくて、アップできずに時期を逸してしまいますので、まとめて掲載しておきます。
現在、わたしには詩や散文といった分類が意味をなさない野生の言語世界が見えてきたように思う。
それらは一見バラバラに、野放図にフローしていたり、無意識世界に沈殿したりしているように感じられるのだけれど、新しいパラダイムを設定するならば、新しい言語世界が出現するだろうという予感がする。
私は学生時代、文学ことに詩を読むということはあまりなかったといってよい。
読書にかけた時間で言えば、思想・哲学のジャンルが80%、小説その他の散文・雑文が15%、詩は5%に満たないでしょう。
詩を書いてみるとどうしても思想的・観念的なものになってしまうことを痛感していましたので、生活者の感覚を身につけて地に足のついた感覚を得たい、と。
詩人とか画家さんにはインターネットを頭から否定的に見る人が少なくない。
谷川俊太郎がフローの言葉とストックの言葉として、詩はストックの言葉だと書いた功罪なのかと思う。
けれどもこの人は頭が固くはないので、全てがフローの言葉と化する中で、詩の言葉が影響を受けないはずはないということを言っているのかと読むべきだろう。
40年間のことばの空白を埋めるべく、40年間のうちに発行された詩誌から『現代詩手帖』を52冊と『ユリイカ』を10冊ほど買い集め、斜め読みをしています。
また、万葉、古今、新古今など古典から、近代詩全集なども買い集め、日本の詩歌のパースペクティブにあたりをつけるべく、拾い読みなども行っていて、ブログを更新する時間がありません。
『相聞』を読んでから、にわかに短歌に興味をいだいてしまった。ほんとうに「柄にもなく」なのだけど。
学生時代、短歌をやっている後輩がいて岡井隆の本を貸してくれたことがありましたけれど、結局読まずに半年後に返してしまった記憶があるだけ。
絵画と詩のイメージによるストロークということをやってきていますけれど、サイト上では一方通行みたいな形になってしまいました。
画家の世界は高齢で元気に活躍されている人が多く、50歳くらいでは駆け出しという感じだそうで、PCやインターネットなど全く必要ないという人たちが大多数なのだという。
偶然目にした短歌集-自歌自注- 『相聞』(短歌新聞社)を取り寄せて読んで、いたく興味を持ちました。
一言で言えば、内面的な豊かさを持っている女性というのは結構いるのだな、と。
「キャー、かわいい」とか「カッコイイ」といった表面形容詞しか発しない今時の女の子とは全然別な人種の女性がいるようです。
最近ジャコメッティのDVD 『本質を見つめる芸術家』を買いPCで見て、本当に感動しました。
作品28の時代にジャコメッティをもっとよく知っていたら、と本当に残念だなと思う。
庭で、懐かしいリンドウの花が咲いているのを見かけました。真冬に咲きかけた一輪のリンドウ。
ここ数日の厳しい寒さで、花は咲かず、このままあだ花で終わるのか、春先まで一冬越すのか?
いろいろ述べてきたなかで、ジャコメッティの視覚表現はフォト・リーディングである、ということはよく知られていることだと思うのでそれを前提として、詳しくは記述をしてきませんでした。
藤林叡三の絵について考えをまとめるために、朝から書見台に画集を広げて、その画風の変遷を見てきました。
今朝、庭先で変なものを発見しました。羽毛のようなふわふわしたもの。上から見ると、カッパのカツラとでもいいたくなる綿毛。
作品(28)で、自分の視覚体験を表現しようとしていますが、未完のまま終了ということになりそうです。
その経緯を述べることはすなわち、藤林叡三の絵とジャコメッティの彫刻を比較することにつながりますので、さらにジャコメッティについて話を続けてみたい。
昨日、上野の森美術館で「聖地チベット」- ポタラ宮と天空の至宝 - 展をみてきました。
改めて「チベット的やり過ぎ」を感じましたが、そのやり過ぎの美の極致が表題にある観音像なのだろう。
一時期、本を読む根気がなくなっていたのですが、だんだん回復してきましたので、気合いを入れて大量購入した本を読むことにしました。何事も最初の気合いが大事なので、常々不便だと思っていた本を読む環境を整えることにしました。
ジャコメッティの視覚について取り上げたのは、藤林叡三の絵について書くための布石だったのですが、門外漢の甘さで、おいそれと通過していくことが許されない状態です。
自分の感覚で受け止めたものだけに限定して述べるのであれば、少しは荷が軽くなるのでしょうが、独善に陥らず共通認識を前提において話を進めたいと考えると、大変な作業となる。
未完成のまま放置してある詩や書きかけのまま非公開になっている記事が増えてしまった。
このサイトはブログのシステムを利用して構成してありますが、日記という意味合いはほとんどありません。それでも投稿間隔とかがありますので気になって、どうも詩には向かないかなと感じています。
台所で洗いものをしていたときに、洗剤の容器の先にシャボン玉ができているのを見かけました。
ところが、このシャボン玉、頭の部分がないのです!?
こんなのありか?
ジャコメッティがどのように対象を見ているのか、ということは学生の頃『ジャコメッティとともに』(矢内原伊作著)や『迷路の奥』(宇佐見英治)などを読んで多少は知っているつもりであったけれども、やはり本当のところはわかるはずがないと感じる。
時々、絵画鑑賞についての検索がありますので、このサイトが誤解を与えないように、若干の説明をしておくべきかと思います。
とくに、今やっている伊藤画伯とのジュガルバンディーは鑑賞的な態度ではなく、恣意的なイメージ想像(イルージョン)と詩的創造というものですので、遊びとしてはおもしろいのですが、鑑賞とはいえません。
「(アルベルト君、きみは)いつ面をつけて作ってゆくのかね?」教師は何度も(彼に)訊ねた。
「仲間の学生は大きなかたまりを積み上げて作っていたが、私にはモデルは一本の糸のように見えた」
「(面をつけて作ってゆく!)そんなことは不可能だった!」
波の伊八の話でタイガー立石さんについて少し触れましたので、立石さんの造形作品(焼き物)を二点ほど、紹介しておきます。
立石大河亜(タイガー立石、本名:立石紘一/1941~1998)は五木寛之が作詩した『織江の唄』の舞台である筑豊炭田のあった福岡県田川市出身の画家・彫刻家・漫画家・童話作家。
この詩はもともと、自分で書いた絵に詩を付け加えたものですが、絵の方が稚拙で狂気にあふれた幻想絵画ですのでこれを外して、伊藤さんの絵をつけて欲しいと考えて、こちらに転載します。
解釈のヒントを挙げれば、海と渚があり、巨大な金環食の一部をめくるようにして、この世界を見つめる目があり、渚の右半分は夢の領域となっていてぬり絵のような色彩の女が岩に背もたれて眠っている、というものです。
詩のほうも、シュルレアリスティックですので、すこし意味が通るように結語の前の意味不明な節を少し書き直そうと考えています。
20代の頃の自作を探し出して、いくつか掲載させていただきましたが、若い頃はやはりこころが躍動していたなという感じがします。
最初の詩集は若書きの恋愛詩が書き連ねてあって、恥ずかしくてとても読み返せません。
二番目の詩集は表現性も磨かれ、体験に根ざしたそれだけの意味性もあり、バランスがよい詩が多かったと思いますが、どこかに散逸してしまいました。
詩の立場から個と普遍の問題に触れてきましたが、言葉である以上どのように意味性を破壊したとしても日本語としての意味があると、いう事からは離れられない。
けれども、絵画などは色や形という表面を表現する芸術ですので、深い意味など考える必要がないという前提に立てば基本的に普遍性の芸術そのものだといって良いのではないかと思う。
この絵画と詩のコラボレーションは、いわゆる詩画集のような両者の調和を目指すものではありません。
お互い異なる世界で作品を作っている者として、相手の表現からどのようなインプレッションを受け、イメージが喚起され、自らの表現として定着し得るかというという試みだと受け取っていただければと思う。
タルチョー とはチベットでみられる吹き流しのような五色の旗のこと。
風雪厳しい地理気候ゆえか、あるいは素朴な汎神論からなのか、チベット人は様々な儀式を自動化して、徹底的にやってしまうかのようだ。
ネパールのポカラから間近に見えるマチャプチャレは魚のしっぽ、という意味だ。
子どもの頃から一度は行ってみたいと思っていたスイスのマッターホルン(標高4478m)に似た独立峰で、標高は6993メートル。
ひときわ雄大な山ですね。
伊藤画伯から、まとめて22点の絵を手渡されました。想定外の量です。
上下が分からないので、訊ねてみると、どう見てもよろしいと。
縦糸横糸の項で、「表現自体が一人歩きする」という話に私は異議をとなえましたが、谷川俊太郎がこの問題を論じています。 「日本語共同体」という読者像...
対談の中で、伊藤画伯は普遍というもののひとつの例として、世界宗教であるキリスト教とその文化をあげました。
わたしは日本で生まれ育っていますから、西洋世界の宗教であるキリスト教とその文化については、最後は自分の理解の向こうにある、ということを言いました。判断停止なのだ、と。
その後、二つほど花を見つけました。
趣味のブログのメンテナンスに時間をとられて、まだ名前を調べていません。
知られていない小さな花だけに、調べるのも難しい。
(追加)さらに、3つ、追加しました。)
詩でも絵画でも、強いモチベーションを感じるもの、感じないものというのがあります。
モチベーションが薄れて、ほとんど惰性でかいているのではないかと思えるものが少なくない。
要するに絵を描き続けるモチベーションがどこから来るかということがまず出発点ですね。
オオイヌノフグリの言葉遊び詩を書いてから、改めて庭を歩き回ってみますと、けっこう小さな花が見つかります。
ただし、残念なことに花には詳しくありませんので、名前が分かりません。いずれ調べて、正式名を記しておきいと思いますが、とりあえずは勝手なニックネームをつけてみましょう。
これは言葉遊びというか、連想を書き留めただけのメモに過ぎません。
昔、高尾山で見かけて感動した草花が、我が家の庭に生えているのを発見して、思わず写真を撮りました。風の強い日で、息吹が弱まる瞬間を待ちながら、何枚かキャッチしたものです。
草刈をサボっていたら、なんと玄関脇の自転車置き場の脇に群生していました。
我が家の庭は雑草だらけなのですが、小さな花を咲かせる草たちがたくさんあって、草刈の手が鈍ります。ぼくはこの小さな花を、しゃがみ込んでじっと見入るのが好きです。
なぜかというと...
スッタという言葉群は意味的なつながりであると同時に、時間的な推移を表象するものとなっている。
原初の言葉を継承しつつ、時代と共に多くの横糸が織り込まれていった。
この縦糸があるからこそ、横糸を理解する共通認識が成り立つのだと解れば、あらゆる表現行為にそれが適用できることもまた、了解できると思う。
人生は、布を織ることに似ている...
晩年のガンディーが、日々糸を紡ぐ映像を見て、そう思わずにはいられなかった。
北インドのバラナシ、ガンディー・アシュラムで手にした綿布は手紡ぎの不揃いな糸によってざっくりとした風合いを醸しだし、時間という縦糸に人の営為が横糸として編み込まれた人生そのものなのだと感じた。
これは詩ではなく、ジュガルバンディーで表現する詩という「言葉の綾織り」の縦糸の一つを記したものです。
前書きのようなものとお考えいただければと思います。
この縦糸に、それぞれ横糸としての詩が織り込まれていく事になるかと思う。
「いま一つ奥行きというか、深みが感じられず 試行錯誤の状態」なのだ、というご連絡を伊藤画伯から頂きました。手直しというより、全然別な絵を「こっちが完成作です!」と送られてきそうな予感が...
その前に、私は即座に浮かんだインプレッションを記しておきます。
この絵のタイトルは、というより私が書こうとしている詩のタイトルかもしれませんが、
「スッタ・フリダーヤ」あるいは「スッタ・フリダーヤ・ニパータ」ということで。
伊藤画伯と二度目の打ち合わせをしたあと、最初の画像がメールで送られてきました。
打ち合わせの時、「ドアというイメージで一つ描いてみる」ということで、私がそれなら「扉なんかのイメージも包含されますか?」という話になりました。
私は、ドアあるいは扉なる言葉から喚起される自分のイメージを得ようと準備をしていましたが...
伊藤雄人画伯と、東京新橋で打ち合わせをしてきました。
初めに画伯から頂いた小品の絵を紹介しておきます。画題 『記憶』
このようなタイプの絵に慣れていない方はどう解釈したものか、とまどうかもしれません。
私は伊藤さんの絵のディテールが具象画のように描かれていることに注目して、細部を細かく描写するブリューゲルの絵を連想しました。それで、ブリューゲルが抽象画を描いたなら、このような絵を描くのではないかな?と寸評しました。
画家の友人で、伊藤雄人という非具象作家がいます。
この十数年、美術展の招待状をいただき、不義理をすることも多かったのですが、出かけた時には美術館の休憩場で印象をメモし、再度確認してはメモを書き足し、送らせて頂いておりました。
その伊藤画伯から、画集を出そうと思うのでジュガルバンディーをやりませんかという申し出を受けました。ジュガルバンディーとはインド音楽の掛け合いのことです。