『相聞』を読んでから、にわかに短歌に興味をいだいてしまった。ほんとうに「柄にもなく」なのだけど。
学生時代、短歌をやっている後輩がいて岡井隆の本を貸してくれたことがありましたけれど、結局読まずに半年後に返してしまった記憶があるだけ。
絵画と詩のイメージによるストロークということをやってきていますけれど、サイト上では一方通行みたいな形になってしまいました。
画家の世界は高齢で元気に活躍されている人が多く、50歳くらいでは駆け出しという感じだそうで、PCやインターネットなど全く必要ないという人たちが大多数なのだという。
偶然目にした短歌集-自歌自注- 『相聞』(短歌新聞社)を取り寄せて読んで、いたく興味を持ちました。
一言で言えば、内面的な豊かさを持っている女性というのは結構いるのだな、と。
「キャー、かわいい」とか「カッコイイ」といった表面形容詞しか発しない今時の女の子とは全然別な人種の女性がいるようです。
最近ジャコメッティのDVD 『本質を見つめる芸術家』を買いPCで見て、本当に感動しました。
作品28の時代にジャコメッティをもっとよく知っていたら、と本当に残念だなと思う。
庭で、懐かしいリンドウの花が咲いているのを見かけました。真冬に咲きかけた一輪のリンドウ。
ここ数日の厳しい寒さで、花は咲かず、このままあだ花で終わるのか、春先まで一冬越すのか?
いろいろ述べてきたなかで、ジャコメッティの視覚表現はフォト・リーディングである、ということはよく知られていることだと思うのでそれを前提として、詳しくは記述をしてきませんでした。
藤林叡三の絵について考えをまとめるために、朝から書見台に画集を広げて、その画風の変遷を見てきました。
今朝、庭先で変なものを発見しました。羽毛のようなふわふわしたもの。上から見ると、カッパのカツラとでもいいたくなる綿毛。
作品(28)で、自分の視覚体験を表現しようとしていますが、未完のまま終了ということになりそうです。
その経緯を述べることはすなわち、藤林叡三の絵とジャコメッティの彫刻を比較することにつながりますので、さらにジャコメッティについて話を続けてみたい。
昨日、上野の森美術館で「聖地チベット」- ポタラ宮と天空の至宝 - 展をみてきました。
改めて「チベット的やり過ぎ」を感じましたが、そのやり過ぎの美の極致が表題にある観音像なのだろう。
一時期、本を読む根気がなくなっていたのですが、だんだん回復してきましたので、気合いを入れて大量購入した本を読むことにしました。何事も最初の気合いが大事なので、常々不便だと思っていた本を読む環境を整えることにしました。
ジャコメッティの視覚について取り上げたのは、藤林叡三の絵について書くための布石だったのですが、門外漢の甘さで、おいそれと通過していくことが許されない状態です。
自分の感覚で受け止めたものだけに限定して述べるのであれば、少しは荷が軽くなるのでしょうが、独善に陥らず共通認識を前提において話を進めたいと考えると、大変な作業となる。
未完成のまま放置してある詩や書きかけのまま非公開になっている記事が増えてしまった。
このサイトはブログのシステムを利用して構成してありますが、日記という意味合いはほとんどありません。それで日付とか時間とかを表示しないようにしてあるのですが、それでも投稿間隔とかがありますので気になって、どうも詩には向かないかなと感じています。
台所で洗いものをしていたときに、洗剤の容器の先にシャボン玉ができているのを見かけました。
ところが、このシャボン玉、頭の部分がないのです!?
こんなのありか?
ジャコメッティがどのように対象を見ているのか、ということは学生の頃『ジャコメッティとともに』(矢内原伊作著)や『迷路の奥』(宇佐見英治)などを読んで多少は知っているつもりであったけれども、やはり本当のところはわかるはずがないと感じる。
時々、絵画鑑賞についての検索がありますので、このサイトが誤解を与えないように、若干の説明をしておくべきかと思います。
とくに、今やっている伊藤画伯とのジュガルバンディーは鑑賞的な態度ではなく、恣意的なイメージ想像(イルージョン)と詩的創造というものですので、遊びとしてはおもしろいのですが、鑑賞とはいえません。
「(アルベルト君、きみは)いつ面をつけて作ってゆくのかね?」教師は何度も(彼に)訊ねた。
「仲間の学生は大きなかたまりを積み上げて作っていたが、私にはモデルは一本の糸のように見えた」
「(面をつけて作ってゆく!)そんなことは不可能だった!」
波の伊八の話でタイガー立石さんについて少し触れましたので、立石さんの造形作品(焼き物)を二点ほど、紹介しておきます。
立石大河亜(タイガー立石、本名:立石紘一/1941~1998)は五木寛之が作詩した『織江の唄』の舞台である筑豊炭田のあった福岡県田川市出身の画家・彫刻家・漫画家・童話作家。
この詩はもともと、自分で書いた絵に詩を付け加えたものですが、絵の方が稚拙で狂気にあふれた幻想絵画ですのでこれを外して、伊藤さんの絵をつけて欲しいと考えて、こちらに転載します。
解釈のヒントを挙げれば、海と渚があり、巨大な金環食の一部をめくるようにして、この世界を見つめる目があり、渚の右半分は夢の領域となっていてぬり絵のような色彩の女が岩に背もたれて眠っている、というものです。
詩のほうも、シュルレアリスティックですので、すこし意味が通るように結語の前の意味不明な節を少し書き直そうと考えています。
20代の頃の自作を探し出して、いくつか掲載させていただきましたが、若い頃はやはりこころが躍動していたなという感じがします。
最初の詩集は若書きの恋愛詩が書き連ねてあって、恥ずかしくてとても読み返せません。
二番目の詩集は表現性も磨かれ、体験に根ざしたそれだけの意味性もあり、バランスがよい詩が多かったと思いますが、どこかに散逸してしまいました。
詩の立場から個と普遍の問題に触れてきましたが、言葉である以上どのように意味性を破壊したとしても日本語としての意味があると、いう事からは離れられない。
けれども、絵画などは色や形という表面を表現する芸術ですので、深い意味など考える必要がないという前提に立てば基本的に普遍性の芸術そのものだといって良いのではないかと思う。
この絵画と詩のコラボレーションは、いわゆる詩画集のような両者の調和を目指すものではありません。
お互い異なる世界で作品を作っている者として、相手の表現からどのようなインプレッションを受け、イメージが喚起され、自らの表現として定着し得るかというという試みだと受け取っていただければと思う。
ネパールのポカラから間近に見えるマチャプチャレは魚のしっぽ、という意味だ。
子どもの頃から一度は行ってみたいと思っていたスイスのマッターホルン(標高4478m)に似た独立峰で、標高は6993メートル。
ひときわ雄大な山ですね。
伊藤画伯から、まとめて22点の絵を手渡されました。想定外の量です。
上下が分からないので、訊ねてみると、どう見てもよろしいと。
縦糸横糸の項で、「表現自体が一人歩きする」という話に私は異議をとなえましたが、谷川俊太郎がこの問題を論じています。 「日本語共同体」という読者像...
酔っぱらい対談の中で、伊藤画伯は普遍というもののひとつの例として、世界宗教であるキリスト教とその文化をあげました。
わたしは日本で生まれ育っていますから、西洋世界の宗教であるキリスト教とその文化については、最後は自分の理解の向こうにある、ということを言いました。判断停止なのだ、と。
その後、二つほど花を見つけました。
趣味のブログのメンテナンスに時間をとられて、まだ名前を調べていません。
知られていない小さな花だけに、調べるのも難しい。
(追加)さらに、3つ、追加しました。)
10日ほど前に、伊藤雄人画伯が出品している展覧会に行き、その足で千駄木画廊まで足を運び、再会をしました。
例によって夕方から一杯やりながら話し込んで、はっと気づいたら終電車がない時刻!
携帯電話も腕時計も、精神的な束縛を受けるものは持ち歩かない私ですが、毎度終電に遅れるのは後が大変です。
オオイヌノフグリの言葉遊び詩を書いてから、改めて庭を歩き回ってみますと、けっこう小さな花が見つかります。
ただし、残念なことに花には詳しくありませんので、名前が分かりません。いずれ調べて、正式名を記しておきいと思いますが、とりあえずは勝手なニックネームをつけてみましょう。
これは言葉遊びというか、連想を書き留めただけのメモに過ぎません。
昔、高尾山で見かけて感動した草花が、我が家の庭に生えているのを発見して、思わず写真を撮りました。風の強い日で、息吹が弱まる瞬間を待ちながら、何枚かキャッチしたものです。
草刈をサボっていたら、なんと玄関脇の自転車置き場の脇に群生していました。
我が家の庭は雑草だらけなのですが、小さな花を咲かせる草たちがたくさんあって、草刈の手が鈍ります。ぼくはこの小さな花を、しゃがみ込んでじっと見入るのが好きです。
なぜかというと...
スッタという言葉群は意味的なつながりであると同時に、時間的な推移を表象するものとなっている。
原初の言葉を継承しつつ、時代と共に多くの横糸が織り込まれていった。
この縦糸があるからこそ、横糸を理解する共通認識が成り立つのだと解れば、あらゆる表現行為にそれが適用できることもまた、了解できると思う。
人生は、布を織ることに似ている...
晩年のガンディーが、日々糸を紡ぐ映像を見て、そう思わずにはいられなかった。
北インドのバラナシ、ガンディー・アシュラムで手にした綿布は手紡ぎの不揃いな糸によってざっくりとした風合いを醸しだし、時間という縦糸に人の営為が横糸として編み込まれた人生そのものなのだと感じた。
これは詩ではなく、ジュガルバンディーで表現する詩という「言葉の綾織り」の縦糸の一つを記したものです。
前書きのようなものとお考えいただければと思います。
この縦糸に、それぞれ横糸としての詩が織り込まれていく事になるかと思う。
「いま一つ奥行きというか、深みが感じられず 試行錯誤の状態」なのだ、というご連絡を伊藤画伯から頂きました。手直しというより、全然別な絵を「こっちが完成作です!」と送られてきそうな予感が...
その前に、私は即座に浮かんだインプレッションを記しておきます。
この絵のタイトルは、というより私が書こうとしている詩のタイトルかもしれませんが、
「スッタ・フリダーヤ」あるいは「スッタ・フリダーヤ・ニパータ」ということで。
伊藤画伯と二度目の打ち合わせをしたあと、最初の画像がメールで送られてきました。
打ち合わせの時、「ドアというイメージで一つ描いてみる」ということで、私がそれなら「扉なんかのイメージも包含されますか?」という話になりました。
私は、ドアあるいは扉なる言葉から喚起される自分のイメージを得ようと準備をしていましたが...
伊藤雄人画伯と、東京新橋で打ち合わせをしてきました。
初めに画伯から頂いた小品の絵を紹介しておきます。画題 『記憶』
このようなタイプの絵に慣れていない方はどう解釈したものか、とまどうかもしれません。
私は伊藤さんの絵のディテールが具象画のように描かれていることに注目して、細部を細かく描写するブリューゲルの絵を連想しました。それで、ブリューゲルが抽象画を描いたなら、このような絵を描くのではないかな?と寸評しました。
画家の友人で、伊藤雄人という非具象作家がいます。
この十数年、美術展の招待状をいただき、不義理をすることも多かったのですが、出かけた時には美術館の休憩場で印象をメモし、再度確認してはメモを書き足し、送らせて頂いておりました。
その伊藤画伯から、画集を出そうと思うのでジュガルバンディーをやりませんかという申し出を受けました。ジュガルバンディーとはインド音楽の掛け合いのことです。